知られざるしかし重要な建築家
c.j. lim, realms of impossibility:ground , Wiley Academy, 2002.
c.j. lim, realms of impossibility:air, Wiley Academy, 2002.
Raoul Bunschoten, Urban Flotsam, 010 Publisher, 2001.
Alberto Ferlenge, Paola Verde, Dom Hans van der Laan, Architecture & Nature Press, 2001.
今月よりこの場で洋書の紹介を担当することになった★。海外の出版物の内容を伝えるとともに、関連して海外の建築事情のようなことにも触れられればいいと考えている。外国に行く機会の少ない、私を含めて大部分の人にとって、海外からの書物とはその本の内容もさることながら、その本の出版される背景を知る手立てであり、結果外国の建築界の動向をうかがうことが出来るわけである。そのため毎回ごとにテーマを決め、まとめて何冊か紹介することで、単にカタログ的に羅列するのではなく、もう少し広い視野を提供するように努めたいと思う。
また、常々建築洋書を扱う書店に行くと不満に思うのは、どこでもレム、ゲーリー、シザなどなどといったビッグ・ネームが中心で、品揃えが同じだということである。商売上やむをえないこととは思うが、この場ではそうした放っておいても目に付く書物はさけ、もう少し知られる機会が少ないが、よい内容を持つというものを取り上げたいと思う(当然、ビッグ・ネームのものでも、取り上げるべきものは紹介しますが)。
初回なので前ふりが長くなったが、今回は日本ではあまりもしくはほとんどまったく知られていないが、海外では一部で非常に強く支持され、評価されている建築家の書物を紹介したいと思う。
まずは、ロンドン大学バートレット校のシー・ジェイ・リム。マレーシア生まれの彼は、AAスクールを卒業し、以来ロンドン大学でクリスティーヌ・ホーレイとともにユニットを持っている。彼の存在はロンドン・アバンギャルドの健在を示すもので、卓抜な表現力とファニーともいえる想像力と新しいテクノロジーの結合を目指す彼のプロジェクトは、正しくアーキグラムの末裔のものであるといえよう。その彼の作品集としては、2年前にまとめられた「Sins(罪)」がありそれも是非一度手に取って彼の世界に浸って欲しいものだが、この度シージェイの編集により『realms of impossibility(不可能性の王国)』という本が出版された。この本は実際には3冊からなり、それぞれ「Air(空気)」、「Ground(大地)」、「Water(水)」とのサブタイトルが付けられている。ここでは、世界中の建築家、アーティストの実現したプロジェクト、計画案が多数集められ、この3のカテゴリーに分類されているのだが、個々のプロジェクトもユニークながら、それらをまとめて差し出す編集の手つきがシージェイ独特のもので、この本自身が彼のプロジェクトとなっていることがよくわかる。
c.j. lim, realms of impossibility:ground,
Wiley Academy, 2002.
この夏は広島現代美術館での展覧会、新建築社のコンペの審査員と、久しぶりにダニエル・リベスキンド再発見というムーブメントが日本で起きるだろう。当然彼自身重要であるが、リベスキンおよび故ジョン・ヘイダックに直接教わったアヴァンギャルド建築家のグループというものが建築界にはある(リベスキン自身、ヘイダックの教え子である)。その中では、ディラー・アンド・スコッフィディオ、ライザー・アンド・ウメモトなどの名前は日本でもなじみがあるかと思われるが、ここでは80年代にともにAAスクールで教え、カリスマ的人気と影響力を持っていたラウール・ブンショーテンとドナルド・ベイトの二人を取り上げる。そもそも彼らがAAで教えるきっかけとなったのは、AAの当時の校長アルビン・ボヤスキーにユニットで教えることを請われたリベスキンドが、それを辞退する代わりに、ラウールとドナルドを自分の代理として推薦したからだという、かなり信憑性の高い噂を聞いたことがある。そのラウールのここ10年間の活動の集大成とも言える本が『Urban Flotsam(都市の漂流物)』であり、日本を含む世界各地で行われたワークショップ等を通じて彼の都市へのアプローチ、より広くには世界認識のまなざしというものが開示されている。ドナルドのほうには残念ながら作品集といえるものはまだないが、『エル・クロッキー』その他でのリベスキンドとの対談を読むことが出来るし、今年末にオーストラリア、メルボルンに完成するラディカルな大型プロジェクト「フェデレーション・スクエア」については、上記の彼のHPにて確認されることを強くお願いする。ついでながら、最近AAから帰ってきた学生に「今AAでアクティブなユニットは?」と聞くと、星野拓郎(「Urban Floatsam」の共著者)と江頭慎のそれぞれのユニットを挙げていた。(星野さんはジャン・ミッシェル・クレタッツとの共同ユニット)。私が10年ほど前にAAにいたころには卒業したばかりであった日本人のお二人が、現在AAの中心的役割を担っているというのはなかなか感慨深いものがある。
最後に紹介するのは『Dom Hans van der Laan』。ベネディクト派の修道士ハンス・ファン・デル・ラーンは、1904年オランダのライデンに生まれる。デルフト大学で建築を学ぶが、23歳のときに建築の道に進むのをやめ修道士となり、1991年にヴァールの修道院でなくなるまでの一生を信仰に捧げた。しかし、修道士であるとともにいつしか修道院、教会等の設計、建設にたずさわるようになり、特に彼がその生の大半を過ごしたヴァール修道院の工事は30年の長きに渡った。それは、彼にとって日々の信仰の実践と建物の建設とが一致するものであったからであり、彼の清潔で簡素な建築のスタイルは20世紀のル・トロネといっても許されると思う。このような背景を持つため、彼の名前がいわゆる建築界ではあまり聞こえずにきたのは仕方がなかった。しかし昨今ヨーロッパでは彼の展覧会が開かれ、このように作品集も出されるなど、彼の業績への関心が高まっている。そもそも私が彼の名前を覚えるようになったのは、海外から来た哲学者やアーティストから「ハンス・ファン・デル・ラーンって知ってる?すごくいいよ。」と何度か言われたからであって、決して建築ルートからではない。日本にも一度きちんと紹介されてしかるべき建築家(修道士)とその作品だと思う。
★──昨年8月より本コーナーの執筆を担当していただいておりました大島哲蔵氏が6月、急逝されました。『10+1』No.29(9月20日刊行)で、大島氏の未発表テキストおよびレクチャー採録を予定しております。大島哲蔵氏のご冥福をお祈りいたします。[編集部]
[いまむら そうへい・建築家]