[中国]MAD Architects
1. 沿革
MAD Architectsは2004年に中国出身の建築家、マ・ヤンソンによって設立され、ダン・チュン(中国人)と早野洋介(日本人)の3名にて運営される建築事務所。北京とロサンゼルスに事務所を構える。東洋的自然観を基に現代社会における新しい建築の在り方の発展に取組み、人々の感情を中心に据えた未来都市「山水都市」のコンセプトを核とし、人と都市と環境との新たな関係性の創出に専心している。- MAD Architects オフィス(提供=MAD Architects)
2. 国・都市の建築状況
国家的戦略に基づく主要経済圏への集中的資本の投下と、民間主導により行なわれるさまざまな開発計画は、歴史都市を世界都市へと変貌させるとともに、中国国内の各地域に経済のハブとなる中核都市を数多く生み出し、この国のネットワークの在り方を変貌させた。- ハルビン市内の高層住宅の建設模様(著者撮影)
2008年の北京オリンピックや2010年の上海万博と広州アジア大会といった世界的イベントを誘致することにより、膨大な国家予算を投下する大義名分を獲得し、北から南へと沿岸部を縦に繋ぐ強力な経済圏の中心地を一気に世界的経済都市へと押し上げた。それらの拠点を中心とした経済発展は、北から瀋陽、天津、青島、南京、杭州、泉州、厦門、深圳、香港と途切れのない経済ベルトを形成し、沿岸部から内陸部へと葉脈のように伸びる先には、蘇州、重慶、成都、無錫、武漢、長沙、鄭州という、世界各都市へと接続する航空路線を持ち、世界都市として域内総生産順位リストの上位にランクする多くの都市が、広大な国土に分散して配置されている。
「農村から都市へ」という人の流れが留まることはないが、それでも一極集中する日本とは異なり、北京、上海、広州というメガロポリスが唯一の目的地となるのではなく、各地域で人口の受け皿となり労働の機会を提供する地方都市がそのまま世界各国と繋がる可能性を拡大させており、開発の流れもメガロポリスから中核都市、そして地方都市へと広がりを見せているのが現状である。
過剰な投機目的の不動産開発によって生み出された地方のゴーストタウンや、下落する株式市場など、スピードを重視しすぎてきた経済発展の翳りが見え始めた2015年に勝ち取った2020年の北京冬季オリンピックの招致。十分に都市インフラが整った北京にではなく、その北京市を取り巻くようにして広がり、工場や電力施設などを多く抱え、北京の発展を支える役目を果たす河北省へとインフラ整備を広げるための政策の一部であるこの招致活動は、経済活動の地盤を強固なものとする国家戦略的視線の開発である。しかし、それと同時に、その視点では解決できない身体スケールの視線による、都市が成熟した住まいやすい場所となり、人々の生活の基点として家庭、仕事、娯楽を受容する場となるための整備も急務であり、それがすでに発展を果たした大都市・北京から世界に向けて示される機会となることを願うばかりである。
北京市内の古い長屋が立ち並ぶ「胡同(フートン)」と呼ばれるエリア。周囲で、グローバル化した世界の投影図のように立ち並ぶ数々の高層ビルが建設されていくにもかかわらず、ここでは中庭を囲うようにして高密度で広がる身体スケールをもった平屋に、さまざまな生活レベルの人々が住まい、朝、昼、晩と違った賑わいを見せ、「人が集って住まう」という都市の魅力を見せている。地価や家賃で住まう人の種類が色分けされてしまう資本主義に先導された都市開発と、多種多様の人が雑多に集い住まう賑わいの並列。その強烈なコントラストが現在の北京、そして中国の風景を代表する。
- 北京市内の胡同の賑わい(著者撮影)
都市の一部が資本主義に飲み込まれながらも、こうして歴史都市の表情が消えることのない風景が残る。この都市の魅力を失うことなく、現代の都市のなかで新たな都市空間の在り方をどう活かし、再生していくのか。そしてその先にどのような成熟した都市としての風景が広がっているのか。その経済発展と歴史都市の在り方のバランスを模索しはじめる動きもまた出始めてきており、弊社も参加する、天安門広場前に広がる歴史的地域である「鮮魚口胡同の再開発計画」は、歴史的胡同エリアに行政がイニシアティヴを取り、演劇や建築などさまざまな業種と手を組みながら、若者から高齢者までが住まい、働き、生活の感じられる地域に再生するにはどのような計画が必要であるかを議論しながら、再開発が進行している。
- 鲜鱼口胡同。各番号は住所表記で、③がプロジェクト敷地となる(©MAD Architects)
経済発展のスピードはやや弱まろうとも、それでも世界を引っ張るだけの大国であることは間違いなく、と同時に国内では数多くの地域がまだまだ開発を必要としている。そのなかで短期的な結果を求めることより、長期的スパンを見据えた開発と、成長から成熟へとシフトし、質の高い都市生活を送ることができる都市が各地に増えていくことを期待する。
3. 「コンセプト」や「リサーチ活動」
「山水都市」MAD Architectsは「山水都市」というコンセプトを軸に個々のプロジェクトに取り組んでいる。グローバル化が進行し、新たな「都市の時代」に突入した現代社会においては、利便性や快適性と東洋的な自然観が共存し調和のとれた新たな理想都市が必要である。そのひとつのヴィジョンとして、長い歴史のなかで、時代を超えて発展してきた自然との密接な繋がりを持つ「山水都市」の概念を通し、都市を自然の生態系の一部として捉え、人々の日常生活と自然を求める精神性を統合した新たな都市の在り方を追い求める。
- 左:拙政园(上は平面図[引用出典=http://arthistory.uoregon.edu/node/297])、右:豫园(上は平面図[引用出典=http://xiazai.dichan.com/show-830903.html])(クリックで拡大)
都市化に対抗する自然環境の保護や、産業革命後に描かれた田園都市のイメージを踏襲するのではなく、また自然界の形態の模倣や隠喩に拠るのではなく、現代都市だからこそ可能となる、人と自然との新たな関係性の創出を目指す。東洋的思想のなかで育まれ、人々のなかに潜む、外部世界との関わりかた、その世界観を体現する建築空間をつくりだすことを目的とする。
- 《南京大拇指広場》プロジェクト模型(提供=MAD Architects)
西洋の庭園とは異なり、中国の庭園には全体を俯瞰する視点は存在しない。人々は都市のなかにつくりだされた外部世界の象徴としての空間を彷徨いながら、借景や水景によって視線や動線を制御されつつ、さまざまな風景との出会いを繰り返す。それぞれの風景のなかには「近・中・遠」の距離と自然と建築の要素を組み合わせることにより、奥行きを持った多様な世界をつくりだす。そのなかで人々は、絶対的な意味を読み取るのではなく、自らの心理状態の鏡として、その度ごとに異なる意味をその風景に投影し、その場を後にする。
「写意」
中国画の「写意」と呼ばれる技法のように、人々の感情へと働きかけ、より豊かな外部環境との関わり方を可能にする空間の在り方を探索すべく、歴史のなかで生み出されたさまざまな中国庭園における、要素、視線、動線などの分析とその借景の効果などのリサーチや、古代から中国文化圏において祭祀などの文化を表象する特殊空間において、自然とのどのような関係性が培われてきたかなどのリサーチを行なう。その結果を踏まえ、東洋に流れる悠久の自然と人々の関わりかたの発展を見出し、現代という時の流れの一点において、どのような空間が新たなる東洋の空間性を表現できるかを実践する。
- - Grasshopperにおける確率モデル生成のアルゴリズム (提供=MAD Architects)
- Perlin Noise(出典=http://www.algorithmic-worlds.net/info/info.php?page=pg-perlin)
- Cracking(提供=MAD Architects)
- Voronoi(出典=http://files.righto.com/fractals/vor.html)
- Wave Form(提供=MAD Architects)
- Wind Simulation(提供=MAD Architects)
(クリックで拡大)
「リサーチ」
上記のような概念的なリサーチと並行しながら、形態を実現するためではなく、力学的、工法的な合理性を確保し、空間の可能性を探求する大きな力へと成長したアルゴリズムを用いた設計方法に対し、オフィス内にてグループを形成し独自のリサーチを行ないながら、その成果を各プロジェクトに反映させている。
また、社会的存在である建築の現代的な可能性を探るため、多国籍なスタッフの利点を活かし、第一次大戦後世界の各国における社会的要求に対しどのようなソーシャル・ハウスが計画され、集合住宅がどのように発展してきたのかを辿るリサーチを続け、居住ユニットの組み合わせや動線計画、採光方式やレイアウトなど、その成果を実際に北京で進行中のプロジェクトに反映させている。
このように、インターンも含め常に15カ国以上の異なる背景を持ったスタッフの多様性の利点を活かしつつ、概念、テクノロジー、歴史性、社会性などのリサーチと、個別のプロジェクトを流動的に繋げながら、日々の設計活動を進めている。
- MAD Research(提供=MAD Architects)
4. 実践と作品
現在、中国国内以外にもアメリカ、日本、フランス、イタリア、ブラジルとさまざまな場所おいて、住宅から幼稚園、美術館からマスタープランなど多様なスケールのプロジェクトが同時進行している。オフィス内の人材を流動的に活用しつつ、プロジェクトの地域性、規模、段階に適したチームを構成しデザインを進行する。《アブソリュート・タワー》
- 《アブソリュート・タワー》(提供=MAD Architects)
2006年、国際コンペを勝ち取った、カナダのトロント郊外に建つ高層マンションのプロジェクト。MAD Architectsにとって初めての中国国外でのプロジェクトとなった。高層ビルという高密な都市のコンテクストで生まれたビルディング・タイプに対し、比較的密度に余裕があり周囲に空間の開けた郊外での敷地において、効率を高めるために生み出された「標準階平面」に対してどのようなアプローチを生み出せるかを考え、楕円形の同一平面を階の上昇とともに回転させることにより、内部に多様性をつくりつつも上下階が有機的にずれることで、各層を独立した要素として存在させるのではなく、全体の一部として空間の繋がりをもたらした。ツインタワーとして都市に新たな表情を与えたプロジェクトは、CTBUH(Council on Tall Buildings and Urban Habitat)によって「Best Tall Building Americas in 2012」に選出された。
《ハルビン・オペラハウス》
- 《ハルビン・オペラハウス》(提供=MAD Architects)
中国東北部に位置するハルビン市では、都市に新たな文化地域を形成するために、市中心を東西に流れる松花江のすぐ北に、湿地公園に囲まれた広大な敷地を擁する文化センタープロジェクトが発足した。2009年にコンペによって勝ち取られたこのプロジェクトは2015年の夏に竣工を迎えようとしている。その中心施設となるのがこの《ハルビン・オペラハウス》であり、総延床面積7万m2のなかには1600席のオペラ専用のホールと、400席の多目的ホールを持つ。豪雪地帯であるハルビンの長い冬の風景のなかで舞う雪のように、ランドスケープの一部となるゆったりとした曲線を描き出す。
《朝陽公園》
- 《朝陽公園》プロジェクト模型(提供=MAD Architects)
北京市最大の都市公園である朝陽公園。その南門の正面に位置するこのプロジェクトは、高層のオフィスと中層マンション、そして低層のオフィスおよび商業施設を併せ持つ。広大な水面と豊かな緑地を持つ朝陽公園の自然環境を敷地内部に取り込みつつ、「山水都市」の概念を体現すべく、建築に対して自然を配置するのではなくランドスケープを中心とし、その周辺環境として建築が機能するよう計画。山の上から水が流れ落ち敷地の中に谷を形成するように、多様なスケール感を持つ新たな都市空間を作り出す。
《クローバーハウス》
- 《クローバーハウス》(提供=MAD Architects)
愛知県岡崎市にて施工中である《クローバーハウス》は、クライアントが自ら育った家で始めた幼稚園を、業務の拡大に伴い、現在の家屋を解体し新たな住宅兼園舎で展開する。世代、国籍、役割の異なる人々が共に住まう「大きな家」としての幼稚園というコンセプトを共有し、既存の家屋の解体時に主構造を保存し、それを新たにつくる建物内部で再利用しつつ、あたかも切妻屋根が有機的に溶け出したような、スケールを感じさせない新しい屋根で覆うことによって、世代を渡るさまざまな記憶を紡ぐ場所として空間を再生していく。
ほかにもアメリカ・シカゴ市のミシガン湖畔に計画される美術館《ルーカス・ナラティブ・アート美術館》や、中国・南京市の南駅周辺の《南京大拇指広場》、世界自然遺産にも登録されている黄山市の風光明媚な太平湖畔の住宅郡など、さまざまな規模で「山水都市」の実践を行なっている。