住宅の平面は自由か?
Maarten Kloos and Dave Wendt, Formats for Living, Arcam/Architectura & Natura Press, 2000
Floor Plan Atlas-Housing, Birkhauser Verlag AG, 1997.
Jaime Salazar and Manuel Gausa(Editor), Housing + Single Family House, Birkhauser, 1999.
Crimson, Profession Architect, de Architekten Cie., 010 Publishers, 2002.
Approximations: The Architecture of Peter Markli, MIT Press, 2001.
ル・コルビュジエが、近代建築の五原則のひとつとして「自由な平面」を挙げたのは今から80年ほど前だが、言い方を変えればそれまでの建築はずうっと平面が自由ではなかったということだ。ル・コルビュジエの宣言以降は、構造的制約がなくなり自由に構成できるようになったという工法的な側面と同時に、理念的にも平面が慣習的に持っていた制度から解き放たれたことを意味する。そしてわれわれは現在、白紙の状態から好きに平面を構想することが出来ると同時に、毎回新たに平面を考えなくてはならなくなっている。決まりきった形式を採用しなくていい反面、あまりにも多くの可能性の中から、どれを選べばよいのか戸惑っている。形式が価値をもちえず、新しさが価値だという風潮の中で、前例がない変わった平面をでっち上げて、とにかく目を引けばいいという傾向にも、歯止めがかかる気配がない。我々は、自由になったのか。それとも不幸になったのか。
今回はまず、住宅の事例を多く集めた本を3冊取り上げる。『Forms for Living』は、アムステルダムに1992年から99年の間に建てられた95の住宅のプランを紹介するという興味深いものだ。建物の写真、立面、データなどは一切なく、ただひたすら平面のみが、同じ200分の1のスケールと、同じ書式で掲載されている。また、巻頭には「慣習と革新の狭間にある住戸平面」と「アムステルダムにおける住戸平面の新たな方向性」という2つのテキストもつけられている。
『Floor Plan Atlas, Housing』は、少し前に出版されたものだが(改訂第2版が1997年)、今でも手に入るし、面白いものだから取り上げたい。この本も、集合住宅(実際には戸建て住宅も含まれている)のプランを紹介するもので、世界中から約130の事例が集められている。ル・コルビュジエの《マルセイユのユニテ・ダビデシオン》やアトリエ5の《ハーレン》といったすでに古典とも言える集合住宅から始まって、近年ではヘルツォーク・アンド・ド・ムーロンやアルバロ・シザのものまで、戦後の代表的な集合住宅を広く収集している。日本のものでは、安藤忠雄の《六甲の集合住宅II》や宮本佳明の《愛田荘》など最近のものまで含まれているが、黒川紀章の《軽井沢のカプセル・ハウスまで入っているのはちょっとすごい。こちらの本も、集合住宅の基本的な平面を全て200分の1で統一して掲載しているが、その他にも建物の写真や、断面、その他の図面やデータ、作品解説も掲載されている。
『Housing + Single Family Housing』は、以前『Housing (集合住宅)』と『Single Family House (戸建て住宅)』の2冊でそれぞれベストセラーであったものが、一冊にまとめられ値段も一冊分になったお買い得なものである。世界中の最近の実験的な住宅約60件と集合住宅約30件が、多くの写真とプレゼンテーションとでフルカラーで紹介されている(図面は少ない)。昨今のトレンドを知り、ヴィジュアルのイメージ・ソースとしても便利だ。
僕がこの連載で取り上げる本にオランダ関連のものが多いわけは、ひとつは僕自身の個人的な理由であり、それによる偏りがあることは申し訳なく思う。しかし、実際オランダは昨今建築関連の出版が盛んだ。その背景としては、国や公的機関による建築にまつわる活動への補助制度が充実していることがあり、展覧会、ワークショップ、出版などの活動をサポートする社会的システムがあるためである。日本の状況と比較してみればまったく羨ましい限りであるが、いずれにせよこのような制度が、意欲的な建築図書の出版を後押ししている。ここで紹介する『Profession Architect/ de Architekten Cie.』も、そのような状況の中から生まれたのだが、この本にはまた別の大きな特徴がある。基本的には、設計事務所Architekten Cieの活動を紹介するものであるが、まずはこの事務所が一人のスター建築家にではなく、複数の代表により率いられ、かつその代表メンバーが20年余りの活動の中で入れ替わっている。そしてこの本のテキストは、4人の建築史家からなるCrimsonというグループによって書かれていて、タイトルにもあるようにプロフェッション、つまり建築家の職能という視点から考察されている。この本の後半には、この設計グループの作品も収められているものの、本の主題はこの複雑な社会の中で、どのように設計事務所がその職能を果たす事ができるかということにあり、その視点は非常にユニークであり、また重要だ。日本においても、景気が悪いから仕事がないなどと嘆いているばかりではなくて、大きく変動する社会状況の中で建築家に何が求められ、しかし決して世間に媚びるのではなく、如何にポジティブに振舞いかつ具体的に社会にコミットできるかといった議論が必要ではないだろうか。そのためには参考になる本である。
最後になったが、ピーター・メルクリの本、『Approximations』を紹介できるのは、非常に喜ばしいことだ。建築の本は、あれもこれも皆好きだが、このような本を手にすると、しみじみと「建築っていいな」、「本っていいな」などと感慨にふけってしまう。では、どのような本か。ピーター・マークリは、ヘルツォーク・アンド・ド・ムーロンやギゴン・アンド・ゴヤーなどとともに、スイス・ボックス派というくくりで呼ばれる、ドイツ語圏スイスの建築家だ。このグループの建築家の作品は、シンプルな形状や素材を採用することにより、表現が抑えられ寡黙に見える傾向があるのだが、メルクリの作品はそれらの中でもとりわけ深く思弁的な風貌を持つ。この印象は、彼の代表作であるジョルニコに建つ《彫刻の家》から来ていることは確かで、そのイメージで彼の作品全てを語ろうとすると間違ってしまうかもしれないが、いずれにせよ、メルクリが彼のキャリアを慎重に進めてきたことは確かである。独立してから20年の間に作られた10数点のプロジェクトが集められているこの大判の初めての作品集は、そうした彼の姿勢に敬意を表するように丁寧に作られたことが明らかだ。編著はAAスクールの現校長のモフセン・モスタファヴィであり、いくつかのテキストと各プロジェクトの写真が納められ、そして40ページあまりに渡って建築家のドローイングが1ページ1枚で紹介されているのも見ものだ。ピーター・マークリの建築の魅力、それを述べるにはここにはスペースが足りないし、そもそも今の僕にはそれを言葉にする力がない。今後の宿題とさせていただきたい。
[いまむら そうへい・建築家]