奔放な形態言語の開発に見る戸惑いと希望
El croquis Frank Gehry 1996-2003, Elcroquis editorial, 2003.
Foreign Office Architects(Farshid Moussavi, Alejandro Zaera-Polo), Foreign Office Architects: Phylogenesis: foa's ark, Foreign Office Architects, Actar, 2004.
ArchiLab's Earth Buildings, Thames & Hudson, 2003.
Marie-Ange Brayer and Beatrices Simon, Contextes: pavillon francais, HYX(www.editions-hyx.com), 2002.
The Architectural Detail: Dutch architects visualize their concepts, NAi Publishers, 2002.
フランク・O・ゲーリーの《ビルバオ・グッゲンハイム美術館》の大成功と、FOA(フォーリン・オフィス・アーキテクツ、アレハンドロ・ザエラ・ポロとファッシド・ムサビによるユニット)による《横浜港国際客船ターミナル》の完成は、建築の形態を巡る試みを新しい段階へと推し進め、そして今日におけるこういう傾向が決してマイナーな試みではなく、広く受容されうるものだということを証明して見せた。今回は、建築形態のヴォキャブラリー(語彙)を更新する試みを紹介する。
『EL croquis 117』は1996年から2003年の間の、フランク・O・ゲーリーのプロジェクトをまとめたものである。基本的には《ビルバオ・グッゲンハイム美術館》以降のものを集めたと言っていいだろうが、《ビルバオ》そのものは同誌88/89号に収録されたため、この号には入っていない。昨今、ぐにょぐにょした形態の建築は数多く試みられているものの、ゲーリーはどこか別格として扱われる傾向があり、また作品にしても毎度同じといった印象を持たれがちである。しかし、この建築家は《ビルバオ》以降も引き続き、自己の持つ形態言語の開発を着実に進めていることがこの本からは見て取れる。その語彙は多岐に渡り、プロジェクトごとに明確な輪郭を描きながらも、それでいて一見してゲーリーのものだとわかるところが面白い。《ビルバオ》の際には、形態と技術が一致しない張りぼてだとさんざん揶揄されたものだが、その点に関しても明らかに改良が進み、自由な形態が単に外観に現われるだけではなくそのまま内部空間ともなっているプロジェクト群は、完成が待たれると言っていいだろう。巻頭には、論客で知られる建築評論家ビアトリス・コロミーナによるインタヴューが掲載されているが、小難しい議論などなしに奔放に大作をばんばん実現するゲーリーと、きわめて分析的で理知的なコロミーナという、ミスマッチの組み合わせが面白い。コロミーナは、ART(芸術)、BUDGET(予算)、CLIENT(施主)......と、アルファベット順のキーワードによるインタヴューも試みていて、その遊戯的で即興的な方法により、ゲーリーからさまざまな無防備な回答を引き出すことに成功している。また、アーヴィング・レイヴィン(Irving Lavin)は、ゲーリー建築のもつ曲線を、バロック芸術の彫刻作品に見られるドレープ表現と関連づけて考察しているが、フランスの哲学者ジル・ドゥルーズの著作『襞──ライプニッツとバロック』がフォールディング派と呼ばれる建築家たちのバイブルとなっていることからも興味が持てる。
『Phylogenesis: foa's ark』 には、FOA創設以来、最初の10年(1993-2003年)の37のプロジェクトが集められている。その編集の方法は、昨年TNプローブにて開催された彼らの展覧会で用いられた、樹形図のような図式に各プロジェクトを位置付けるもので、この本ではその手法をさらに発展させたと言える。彼らも流れるような曲線を多用したプロジェクトが多いわけだが、それらは皆ある一定の幾何学に基づいているのであり、決して恣意的な形態ではないとの姿勢を見せる。また、すべてのプロジェクトをある図式のなかに位置付けることにより、さまざまなバリエーションが自動生成されているかのような印象を与える。上記のゲーリーが、建築家のブランドを売り物とし、彼の署名を強く刻み込むのに比べ、FOAは建築家個人の好みや意思によって、カタチが決められているのではないと、まったく対照的なアプローチを採っていることは、後続の参考となるであろう。また、サンフォード・クウィンター、マーク・ウィグリー、デトレフ・マーティン、ベルナール・カッシュ、ジェフニー・キプニスら、錚々たるメンバーの論客が寄稿している。
『ArchiLab's Earth Buildings』は、2002年フランス、オルレアンで開かれた同名のコンファレンスに合わせて出版された本である。編集はフラック・サントル(オルリアンにある世界で有数の現代建築の模型、ドローイング等のコレクションを持つ機関で、数多くの展覧会、コンファレンス、出版等の企画を行なっている/URL: http://www.frac-centre.asso.fr/)ディレクターのマリー・アンジュ・ブレイヤーとビアトリース・シモーネ。世界の若手建築家30組による、実験的なプロジェクトを集めているが、実際この企画を行なっているフラック・センターが現在世界で最も積極的かつ包括的に、若い世代の試みをバックアップしているのではないか。特にこの本では、Radical Experiments in Land Architecture とサブタイトルにあるように、ランドスケープと一体となったものなど、ダイナミックな曲線からなるプロジェクトを多く集めている。
『Contextes』は、同じくマリー・アンジュ・ブレイヤーがキュレーションを務めた、2002年のヴェネツィア建築ビエンナーレ、フランス・パヴィリオンのカタログである。フランスという国は、建築界にあってはル・コルビュジエという革新者を輩出したにもかかわらず、年長者が幅を利かせるきわめて権威主義的な土壌が今でもあり、長らく現代建築不毛の地であった(ジャン・ヌーヴェルやドミニク・ペローは、そうしたなかで非常に特別な存在である)。しかし、ようやく最近になって若手の新しい試みが目に付くようになり、この本ではそうした若手9組(デコイ、ペリフェリック、ドミニク・リオンといったすでに日本に紹介されている建築家も含む)の作品を集めているが、ここでも建築の形態の冒険が、主要な傾向として見て取れる。
『The architectural Detail: Dutch architects visualize their concepts』は、ここ暫く注目を浴び続けているオランダ現代建築のディテールを、建築家(レム・コールハース、ヴィール・アレッツ、MVRDVなど12組)ごとに紹介するものだ。こうしたディテールの本というのは、2つの楽しみ方があり、ひとつには実際に自身の実務の参考にしようというものと、もうひとつは話題の建築の裏を知ろうというものである。正直、技術的側面から見れば、斬新なものが次々実現するといっても、オランダのレベルというのはまだまだ低い。それは、一般的な認識でもあるが、この本の内容からもそう言えるし、この本の存在を知ったときも、企画として無理があると思ったものだ。日本は、建築技術的にはトップレベルにあるので、実務の参考にするのであれば、この本は使えない。役に立つとすれば、醒めた言い方であるが、例えば建築雑誌を賑わしたプロジェクトであっても、この本に掲載されたディテールを見る限り、それはせいぜい日本の若手が設計する住宅レベルであることを知ることにより、安易に彼らを真似することに歯止めがかかることか。しかし、こうした状況にあっても、さすがレムは違う。それは、装飾をはじめとした、ディテールにのめり込まず、ディテール・フェティシュ(日本によくある傾向ですね)にならないということに極めて意識的であり、「NO-DETAIL」というスタンスを宣言していることからも見てとれる。
以上、紹介した本からはさまざまな形態の実験を見ることができ、それは今までの形式から離れることにより、身体のより自由な振舞いや、精神の開放を促すものなのであろう。今はまだ計画段階のこれらのプロジェクトが実現した際に、どのような新しい建築シーンが広がるのか、期待は大きい。一方、これらはまだ過渡期のものであることから、一見華やかに見えながらも、実際に魅力的な実体を伴っているものか、眉唾のものも多数見受けられる。見慣れないものは、驚きは誘発するものの、価値を伴われなければ、見捨てられるのも早い。実際にこれらのなかから、後日も語るに足りうるプロジェクトは、ごくわずかであろう。しかし、そうであっても勇気をもって提案を行ない、それらへの批評をシビアに継続すること、その中にしか新しい建築の萌芽はない。
[いまむら そうへい・建築家]