グローバル・ネットワーク時代の建築教育
Brett Steele, Corporate Fields, AA publications, 2005.
Projects Review 04/05, AA Publications, 2005.
Summer Show Catalogue 2005, Bartlett School of Architecture, UCL, 2005.
Tokyo from Vancouver, British Columbia University, School of Architecture
──何十年にも渡って、建築はそのプロフェッショナルな活動、言説、そして野心において、疑いもなくグローバルになり続けている。しかし、グローバリゼーションの教育への関与という点では、系統的な検討というものはほとんどなされてこなかった。つまり、実際デザイン・スクールにおいて、いかに学生たちが学び作業をするのかというストラクチャーについてである(今日のほとんどのスタジオや指導方式は、ミースの時代からほとんど変わっていないのである)★1。
ロンドンのAAスクールにおいて、AA DRL(Design Research Laboratory)がはじまったのが、1995年。名校長アルヴィン・ボヤスキーが1990年に亡くなった後、AAスクールの地盤沈下を伝える噂はよく耳にしたが、このAA DRLの成果をまとめた『コーポレート・フィールド』を一瞥すれば、AAが建築教育においてトップレベルであり続けていることに対して、疑問を持つものはいないだろう★2。
AA DRLは、16カ月のプログラムであり、コンピューターによるネットワークと形態生成の可能性を最大限に追求している。本のタイトルに「コーポレート(法人)・フィールド」とあるように、事務所建築をリサーチおよびデザインの対象としているのだが、通常凡庸で無個性と考えられがちなオフィスのデザインに、先端の可能性を見ていることは新鮮である(前AA校長である、モーセン・モスタファヴィは1860年代から始まるオフィスビル・デザインの課題について同書に「The Enormous File (膨大なファイル)」を寄稿している。ちなみに、モーセンが校長の時代にAA DRLは始められた)。人々がいかに協働し、またそのためのネットワーク化された空間とはどうあるべきかを考えることは、すなわちオフィス空間こそが、今日のグローバリゼーションの世界のあり方の縮図になっているということだろう。実際、ここでなされているプロジェクトは、オヴ・アラップ&パートナーズやマイクロソフトUKなど、ロンドンをベースとする世界企業を仮想クライアントとして、それらの本社ビルを計画するという風になっている。
もうひとつネットワークといえば、AA DRLの特徴である、プロジェクトを2-4人のチームで行なうというものである。これは、きわめて個性的な建築家を次々と排出してきたAAとしては少し、意外な感じもするが、本の編者であるブレット・スティールが巻頭論考でも述べているように、今日のネットワーク時代の建築教育はいかにあるべきかについて、とても意識的であり戦略的なことの表われである。「コーポレート・フィールド」のページをめくれば、見事なプレゼンテーションの〈カーブリニア・ダイアグラム〉や〈スムーズ・サーフェス〉のプロジェクト群に目を奪われ、この本が世界中の先端志向の建築学生たちにバイブルのように扱われるのは間違いないだろうが、一方で建築教育にたずさわるすべての人たちにも必読のものであり、もしこうした潮流を無視しようとするならば、それはあまりにもイノセントであるか、もしくは怠慢だと言われても仕方がないだろう。
さて、肝心の学生のプロジェクトであるが、このような先端の作業を限られた情報から判断するのには限界があるし、印象的に語ることから誤読を広めてしまうのも忍びない。紹介者の責を放棄するようで申し訳ないが、しかしネットワーク時代を標榜するAA DRLのこと、実は彼らのサイトにて、なんと15000以上のイメージを見ることが可能である。URLは末尾の注に記してあるので、実際に訪れて確認していただければ幸いである。
ついでに、編者である、ブレッド・スティールについても書いておこう。ブレッドは、AA DRLのディレクターを務め、この夏よりAAスクールの新しい校長に就任した(若くして才能に溢れる彼が校長となってことでAAスクールがどのような進化を遂げるのかもまた楽しみである)。これまでもハーヴァード大学とベルラーヘ・インスティチュートの客員教授やザハ・ハディッド・アーキテクツにおいてプロジェクト・アーキテクトを務めた。またロンドンベースの建築設計事務所desArchiLABのパートナーであり、世界中の建築雑誌等に寄稿もしている。
さて、DRLに限らずAAの最近の動向を知るには、AAのサイトと、『プロジェクト・レヴュー』を見るのがいいだろう。プロジェクト・レヴューについては以前この連載でも紹介しているので、どのようなものかはそちらを参考にしていただきたい★3。毎回、校長が変わるたびにフォーマットが変わってきたが、今年のものは表紙は新しくなったものの、本の作りは前回までと基本的に同じである。内容、装丁とも、新しいブレッド・スティール体制のもと、今後どのように変わるのか楽しみだ。
ロンドン大学バートレット校も、去年に引き続き今年も作品集『サマー・ショー・カタログ』を出している。昨年は、あくまでもためしにということで続ける目処は立っていないということであったが、好評であったのだろう、今年も発刊それも約二倍のヴォリュームとなっている。
このように、大学が学生の作品集などを出すのは国際的な傾向とも言えそうだ★4。国内においても、以前紹介した長岡造形大学の山下研究室はコンスタントに彼らの成果を本にまとめ続け、すでに4冊目『ユート・プリフィケーション』が刊行されている。それ以外にも、今年は横浜国大の『アーバン・ヴォイド・プログラム』などいくつかの注目すべき出版があったし、知っている限りとなってしまうが明治大学では学生有志が自分たちの活動をまとめた本を手作りで作ったりもしている。プロジェクトではないが、藝大の松山巌さんの論文を書かせる授業も、毎年小さな冊子としてまとめられている(『建築批評』シリーズ)。藝大や東京工業大学の機関紙は一部書店でも取り扱われるようになったし、このように、大学での成果が広く外に出ることはとてもいいことだと思う。AAスクールやバートレットといった先端の学校の活動は、プロの建築家にも大きな影響を与えている(DRLのプロジェクトのディヴェロップと、ザハ・ハディッドのこのところの作品のシンクロを見て取ることはとても容易だ)。学生はスター建築家の模倣につとめるのではなく、自分たちの発想や表現が、プロの社会にも影響を与えうるという意気込みでいて欲しいものだ。大学での研究がその分野をリードするというのは、ほかの多くのジャンルではごく普通のことなのだから。
★1──ブレット・スティール「デザイニング・ザ・DRL」(『コーポレート・フィールズ』所収)。
★2──AAスクールのウェブサイト=http://www.aaschool.ac.uk/。AA DRLのウェブサイト=http://www.aadrl.net/。左手Menuの中にあるARCHIVEに進むと、これまでのAA DRLでのプロジェクトを大量に見ることができる。
★3──今村創平「ハード・コアな探求者によるパブリックな場の生成https://www.10plus1.jp/archives/2004/11/10151811.html」(「10+1 web site」2004年11月号)参照。
★4──手前味噌なので、控えめに注釈に書こう。昨年、カナダのブリティッシュ・コロンビア大学の大学院生が日本に4カ月滞在し、その成果をまとめた本が『Tokyo from Vancouver』。参加した学生達のプロジェクトのみならず、このスタジオに関わった槇文彦、東孝光、梅沢良三、隈研吾、鈴木明、吉村靖孝といった日本の建築家や評論家がプロジェクトや論考を寄せている点もユニークだ。筆者も「Little House in a Big City」を寄稿している。
[いまむら そうへい・建築家]