新しい形を「支える」ための理論

Cecil Balmond, Jannuzzi Smith, Christian Brensing, Charles Jencks, Rem Koolhaas, informal, Prestel, 2002.

Cecil Balmond, Number 9: The Search for the Sigma Code, Prestel, 1998.

Wilfried Wang (Editor), Cecil Balmond, Kenneth Frampton, Jenny Holzer, Jesse Reiser, SOM Journal: Recent Projects, Hatje Cantz Publishers, 2002.

Bernard Cache (Author), Michael Speaks (Editor), Anne Boyman (Translator), Earth Moves: The Furnishing of Territories, MIT Press, 1995.

Ignasi De Sola-Morales, Graham Thompson, Sarah Whiting, Differences: Topographies of Contemporary Architecture, MIT Press, 1997.
ポスト・モダン、デコンストラクションといったムーブメントの後、建築の今のトレンドを表す言葉というものは生まれていないが、最近の建築の傾向のひとつとして大胆な造形の採用ということが挙げられると思う。レム・コールハースやMVRDVといったオランダ勢の仕掛けはますます先鋭化しているし、フランク・ゲーリーは膨大な数のプロジェクトを抱え、以前はペーパー・アーキテクトと認識されていたダニエル・リベスキンドは次々とコンペに勝ち、かつてはミニマルと思われていたヘルツォーク・アンド・ド・ムロンも最近ではすっかり表現過剰だ。そこには、そうした造形に対する共通した思想というものがあるわけではなく、どちらかというと感覚的に実験が試みられているようである。こうした傾向の背景には、やはりゲーリーのビルバオ・グッゲンハイム美術館の大成功があり、破天荒な造形によって人目を引く建築というものが社会からも積極的に肯定されているのであろう。
ここで2冊の著作を紹介するセシル・バルモンドは、いま世界で最も注目を浴びている構造家であるといって問題ないだろう。昨年の夏、伊東豊雄のサーペンタイン・ギャラリーの構造を手がけたといえばピンと来る人も多いだろうし、この作品の構造設計で今年の松井源吾賞を受賞した。昨年発売された2作目の著作『informal』では、コールハースの《ボルドーの家》《クンストハル》《コングレスポ》、クルカ&ケーニッヒの《ケムニッツ・スタジアム》、リベスキンドの《ヴィクトリア&アルバート・ミュージアム》、アルバロ・シザの《エキスポ'98・ポルトガル館》など建築としても話題の事例について、構造の解説が行われている。また、彼の構造に関する哲学が、簡単なスケッチを交えわかりやすく説明されてもいる。構造の本というとどうしても無味乾燥なものをイメージしてしまうが、ここではミステリーの種明かしをされているように思わずぐいぐいと話に引きずり込まれてしまう。バルモンドの魅力というのは、独自の世界観に基づいたきわめて明快な理論を構築している一方、様々な建築家の異なる要望に変幻自在に対応し、それでいて建築家と構造家のそれぞれの魅力を充分に引き出す点にある。自分のスタイルで押し通すのではなく、建築家の実験的な思考や独特の好みを、天才的な感性によって実現してしまう構造家、日本では木村俊彦がそういう構造家であった(ちなみにこの本の内容は、一昨年前の日本でのレクチャーのものと重なるところが多く、それは新建築2002年1月号にも詳しく紹介されている)。
バルモンドがこのように熱い視線を浴びるようになったのは、少なくても日本ではここ数年の話であり、今年60歳にもなる彼がこれまであまり注目されていなかったことは不思議ですらある。日本に紹介された早い例では、建築文化の1992年2月号のオーブ・アラップ特集号の中で、宇野求氏によりインタヴューが行われており、そこではレムとの長年のコラボレーションについても語られている。
バルモンドの1冊目の著作は『ナンバー・ナイン』というもので、実は日本語に訳されているのだが建築界ではまったくといっていいほど話題にならなかった(『ナンバー・ナイン』高橋啓訳、飛鳥新社)。というのも、この本ではまったく建築の話は出てこなく、数字の9の魔術的側面について語られたものであり、よって書店では数学書の棚に並べられたからでもあった。このエピソードは、かつて柄谷行人の『メタファとしての建築』が建築図書の棚に並べられていたことを思い出させる。『informal』を読んでバルモンドの世界観に興味を持った人は読み進んではどうか。ただし、残念なことに日本語訳の本では原著の前半半分しか訳されていないので、簡単な英語で書かれている原著を読まれることをお薦めする。
これまでに10,000以上のプロジェクトを完成させたという世界で有数の設計組織SOMが興味深い試みを始めている。『SOM Journal』という本を発行し、その中で、各国のSOMで進めている40余の最新のプロジェクトを、外部からのゲストに評論してもらい、選ばれた作品を紹介しようという意欲的なものだ。召集されたゲストは、上記のバルモンドの他、前ドイツ建築博物館館長のヴィルフリート・ヴァング(この本の編集も担当)、建築史家のケネス・フランプトン、アーティストのジェニー・ホルツァー、アヴァンギャルドの建築家ジェシィ・ライザー。言ってみれば、日建設計が、佐々木睦朗、宮島達男、荒川修作に自由に話してくれと頼むようなもの。面白そうだと思いませんか。欧米では組織事務所であっても、議論に対してはオープンだということか。この『SOM Journal』は現在2冊目まで、同じコンセプトで発行されている。また、最近のSOMのプロジェクトと『SOM Journal』については、a+uの2002年11月号の特集で詳しく紹介されている。
まったく新しい本ではないのだが、形を巡る理論に関して面白い本があるので紹介しておこう。フランス人建築家ベルナール・カッシュによる『Earth Move』(英訳1995年、フランス語の原著は1983年)では、長年パリ大学でジル・ドゥルーズの講義を受けていたカッシュが、ドゥルーズやベルグソンの理論を造形に応用しようと試みている(ドゥルーズ自身も、著書「襞」の中でカッシュについて短いながらも言及している)。ドゥルーズの著作に親しみながらも、どのように建築に応用できるのかと思われている人には、参考になるかもしれない。編集は、現在a+u誌で「デザイン・インテリジェンス」を連載しているマイケル・スピーク。カッシュについて日本語で読めるものとしては、『批評空間』第II期22号に「オブジェクティル 別の手段による哲学の継続」が掲載されている。
このカッシュの本は、Any会議を主催してきたAny Corporationが、MITプレスからwriting Architecture シリーズとして刊行している単行本の1冊目で、2冊目が先にも触れた柄谷氏の『メタファとしての建築』。3冊目はスペインの建築家・批評家のイグナシ・デ・ソラ・モラレスによる評論集『Difference』。このシリーズでは、他にもジョン・ヘイダックの詩集やポール・ヴィリリオの著作など興味深い本がラインナップされている。最近刊行された磯崎新の「建築における日本的なもの」も英訳されてMITプレスから出版が予定されているようだが、このシリーズに入るのであろうか。
[いまむら そうへい・建築家]