ウラジーミルの微笑

海外文学・世界文学の感想を長文で書くブログです。池澤夏樹世界文学全集の全巻マラソンもやっています。

006『青い野を歩く』クレア・キーガン/岩本正恵訳

生きてく強さを重ね合わせ 神は、この自然だ。(p.51) <<感想>> 物語には適齢期があるという話がある。 確かに、ドストエフスキーなら多感な10代に読むのが相応しいだろうし、アンナを「お姉さん」と捉えているようでは、トルストイの理解は叶わないだろう…

036『女がいる』エステルハージ・ペーテル/加藤由美子・ヴィクトリア・エシュバッハ=サボー訳

誰かを愛して生きること 女がいる。僕は彼女を愛している。理由は逐一説明できろうだろう。彼女の特性を、・・・ひとつずつ挙げてみよう。・・・イタロ・カルヴィーノとオートミールが大好き。ブロンズの肌。下品に、同時に恥じらいをもって、抜群に大胆に動…

『紙の動物園 ケン・リュウ短篇傑作集 1』ケン・リュウ/古沢嘉通訳

見てごらんよく似ているだろう ・・・ファーツォンが近くにいるとき、きみの呼気に含まれているオキシトシンとパソブレッシンのレベルが急上昇しているのを検知しているし、心拍数の上昇と虹彩の拡大も見られる。これらは明白な身体的徴候だよ。(p.147) 普段…

『百年の孤独』の次はこれだ!文庫で読めるラテンアメリカ文学

はじめに 文庫で読める!!! 『百年の孤独』は日本でももうかれこれ50年ほど売られ続けている。このため、正直「文庫化」がこれほどのインパクトを与えるとは思ってもいなかった。本を買い集めるためには金に糸目をつけない自分がいかに異端で、一般の読…

「四季四部作」アリ・スミス/木原善彦訳

この記事はアリ・スミスの「四季四部作」全作の感想を書いた記事になる――予定である。いまのところ、完成次第順次書き足していく方針だが、途中で修正するかもしれない。あるいは、進行中の読書の感想が残っているのもまた一興として修正せずに書き連ねるか…

『遠読〈世界文学システム〉への挑戦』フランコ・モレッティ/秋草俊一郎他訳

燃え上がれ 愛のレジスタンス 今日取り上げるのはモレッティの『遠読』である。この本は、文学作品ではなく、批評分野の人文書である。このため、いつものスタイルではなく、要約を主体とした形式でまとめている。『遠読』を「遠読」したい人のためのメモと…

海外文学入門者に贈る海外文学の買い方、選び方、探し方【レーベル解説編】

もうすぐ絶滅するというリアルの書店に寄せて(下) この記事は、海外文学の世界を渉猟するためのガイドマップとなることを目指している。 後編である本稿では、各出版社/各種レーベルの解説記事を載せている。なお、いずれも書き手の強い独断と偏見で書いて…

海外文学入門者に贈る海外文学の買い方、選び方、探し方【基礎編】

もうすぐ絶滅するというリアルの書店に寄せて(上) この記事は、海外文学の世界を渉猟するためのガイドマップとなることを目指している。 前編として海外文学にまつわる基本情報を、後編として各出版社/各種レーベルの解説記事を載せている。なお、この記事…

『五月 その他の短篇』アリ・スミス/岸本佐知子訳

空を押し上げて手を伸ばす君 え?と私は言った。なぜなら私は大学の英文科に進むのを許してもらおうと、もう一年近くも戦ってきたからだ。法科でも語学科でもなく、将来まともな職業につけないことが約束されたような学科に。(p.131) <<感想>> 感想を書かず…

004『ミスター・ピップ』ロイド・ジョーンズ/大友りお訳

南風が消したTiny Rainbow 彼の物語は、『大いなる遺産』が子どもたちに与えたと同じ感動を与えなければならない。村全体が心を奪われて、この忘れられた島の小さな焚き火の周りに座っている。言葉にできないような出来事が起こっても、外の世界はこれっぽち…

003『通話』ロベルト・ボラーニョ/松本健二訳

七回目のベルで受話器を 彼女の声はいつものように冷たかった。・・・話し下手な人によくある、無関心な口調で自分の人生を語るあの声、余計なところに感嘆符を置き、傷をほじくり返してでも話すべきところで黙り込んでしまうあの声だった。(p.184) <<感想>>…

『ブルーノの問題』アレクサンドル・ヘモン/柴田元幸・秋草俊一郎訳

悪い夢ならば早めにさめてと 気さくな英語話者の隣人がエレベーターに乗りこんできて、中西部のままならない天気について会話を切り出そうとするなか、父は11と18(そこが口数の多いアメリカ人の行き先だった))のボタンを押しつづけていた――あたかも、…

『それぞれの少女時代』リュドミラ・ウリツカヤ/沼野恭子訳

その顔さえ白くぼやけて ヴィクトリヤが、双子の片割れであるガヤーネを初めて憎らしいと思ったのがいったいいつだったのか―出生以前なのか、以後なのか―それは、だれにもけっしてわからない。(p.33) <<感想>> ウリツカヤはどうしてこんなにつまらないのに、…

002『イエメンで鮭釣りを』ポール・トーディ/小竹由美子訳

電話やメールじゃなんだから ああら!あなたはもうわたしのことなんか忘れちゃったんだと思ってた。 いくらイエメンでも、インターネットカフェへ立ち寄ってちょっとメールするくらいのことができないだなんて、言わないでよね。最近どこかへ行っていて、だ…

001『ジーザス・サン』デニス・ジョンソン/柴田元幸訳

銀の龍の背に乗って 「お前らにはわからんのだよ。チアリーダーだろうがチームのレギュラーだろうが、なんの保証もありやしないんだ。いつ何がおかしくなっちまうか、わかったもんじゃないのさ」と、自分も高校でクォーターバックか何かだったリチャードが言…

精読『ダブリナーズ』―03「アラビー」

<<前置き>> ジェイムズ・ジョイス『ダブリナーズ』の読書会である"Deep Dubliners"用のメモ。今回は第三回目、"Araby"こと「アラビー」である。なお、いつもどおり訳語は柳瀬訳に拠ることにする。 この記事の目的や本作読解の方針、参考文献などは初回記事を…

066『私はゼブラ』アザリーン・ヴァンデアフリートオルーミ/木原善彦訳

ああ 心に愛がなければ テキストは互いに異花受粉するため、何世紀もの時代を飛び越えているのだ。(p.65) <<感想>> イラン出身の作者の小説を取り上げるのは、『スモモの木の啓示』【過去記事】に続き2回目となる。 作者のアザリーン・ヴァンデアフリートオ…

『百年の孤独』ガブリエル・ガルシア=マルケス/鼓直訳

きっかけは錯覚でもいいから 「聖書を信じるくらいですもの。わたしの話だって信じるはずだわ」(p.346) <<感想>> 今回は、だいぶ昔に読んだ作品の再読をしてブログのコンテンツを充実させるシリーズの第?段『百年の孤独』。そう、傑作である。 猫ならまだし…

039『歩道橋の魔術師』呉明益/天野健太郎訳

今 心の地図の上で 起こる全ての出来事を照らすよ 「・・・小僧、いいか。世界にはずっと誰にも知られないままのことだってあるんだ。人の目が見たものが絶対とは限らない。」(p.19) <<感想>> 珍しく引用、それも長いものからはじめてみたい。 一か月後の同…

031『愛と障害』アレクサンダル・ヘモン/岩本正恵訳

手錠かけられるのは只あたしだけ そもそも、そういう話が語られることがあるとすれば、僕が唯一の語り手のはずだった――物語を語ることにおいては、僕は一族でただひとりのプロなのだから。(p.162) <<感想>> 本作は一応、連作短篇ということになっているが、…

『幸福なモスクワ』アンドレイ・プラトーノフ/池田嘉朗訳

And let me play among the stars 「俺は別に、」とコミャーギンは言った。「俺はだって、生きているわけじゃない、俺はただ人生に巻き込まれただけなんだよ、どうしてだか、この件に引っぱり込まれたんだ…でもまったく無駄にね!」(p.106) <<感想>> これは…

『サイラス・マーナー』ジョージ・エリオット/小尾芙佐訳

たとえ世界が生き場所を見失っても ・・・そもそも自分の性には合わない優雅な職につきたいと日ごろから願っている人間に、自分の身の丈に合っていた職を捨てさせてみるがいい。その人間は必ずや、お恵み深い僥倖を崇めたてまつる宗教に凝るようになるだろう…

精読『ダブリナーズ』―02「出会い」

<<前置き>> ジェイムズ・ジョイス『ダブリナーズ』の読書会である"Deep Dubliners"用のメモ。今回はその2回目で、"An Encounter"こと「出会い」である。なお、訳語は指定図書であるところの柳瀬訳に拠っている。 この記事の目的や本作読解の方針、参考文献…

065『忘却についての一般論』ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ/木下眞穂訳

だからまだ ここで光が差すまで 家具を焼き、何千という本を焼き、絵画は全部焼いた。絶望があまりに深くなったある日、とうとうこのムクバル族を壁から下ろした。絵を掛けていた釘を引き抜こうとした。・・・そのときふと思った。この小さな釘が壁を支えて…

『密林の語り部』マリオ・バルガス=リョサ/西村英一郎訳

あの日 目を覆った 隣のあなたは微笑む 戦争やイスラエルの国境での紛争でマスカリータに弾があたっていないように、私はタスリンチに頼んだ。(p.148) <<感想>> 文学などという一介のエンターテイメントが、なぜ大学で研究なぞされているのだろうか。 それは…

『ナボコフ全短篇』③―その他の初期作品 ウラジーミル・ナボコフ/秋草俊一郎他訳

あの日生まれた恋心 『ナボコフ全短篇』シリーズの3回目。今回は、アメリカで出版された4つの「一ダース」に収録されていない16作品、「その他」編である。 「一ダース」に収録されなかった理由は、VN本人がセレクトしなかった作品、発表されていたが逸…

『ナボコフ全短篇』②「独裁者殺し」ウラジーミル・ナボコフ/秋草俊一郎他訳

夢にまで見た淡い夢 前回の「ナボコフの一ダース」相当の13作品に引き続き、今回は4つの「一ダース」から「独裁者殺し」相当の作品を取り上げたい。 内容としてはロシア語時代の作品が12個に、英語時代の「ヴェイン姉妹」を加えた構成となっている。勢…

『ナボコフ全短篇』①「ナボコフの一ダース」ウラジーミル・ナボコフ/秋草俊一郎他訳

シャガールみたいな青い夜 経験上、短篇集の感想を書くのは大変だと知っているので、これまで避けていた作品集。 しかし、今回この鈍器オブ鈍器、作品社の漬物石【参考リンク】こと『ナボコフ全短篇』を再読する機会が訪れたので、これを気にブログで取り上…

完読総評! 池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 全冊

輝く時間を分けあった あの日を胸に今日も生きている 2017年7月13日に最初の一冊を読んで、約5年半もかかったこの企画。途中に『失われた時を求めて』を再読したり、ナボコフ・コレクションを読んだり、まるっきり初心者から1年かけて将棋の段位を…

総括&お気に入りランキング! 池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集

明日の月日のないものを 第2集読了からは約4か月。順調にあちこち浮気してようやく第3集も読み終わった。 今回は別に全体総括の記事を用意しているため、この3集について書くか迷ったが、せっかくだから書いてみることにした。 作品数が4作+短編という…