ウラジーミルの微笑

海外文学・世界文学の感想を長文で書くブログです。池澤夏樹世界文学全集の全巻マラソンもやっています。

21世紀文学

006『青い野を歩く』クレア・キーガン/岩本正恵訳

生きてく強さを重ね合わせ 神は、この自然だ。(p.51) <<感想>> 物語には適齢期があるという話がある。 確かに、ドストエフスキーなら多感な10代に読むのが相応しいだろうし、アンナを「お姉さん」と捉えているようでは、トルストイの理解は叶わないだろう…

『紙の動物園 ケン・リュウ短篇傑作集 1』ケン・リュウ/古沢嘉通訳

見てごらんよく似ているだろう ・・・ファーツォンが近くにいるとき、きみの呼気に含まれているオキシトシンとパソブレッシンのレベルが急上昇しているのを検知しているし、心拍数の上昇と虹彩の拡大も見られる。これらは明白な身体的徴候だよ。(p.147) 普段…

「四季四部作」アリ・スミス/木原善彦訳

この記事はアリ・スミスの「四季四部作」全作の感想を書いた記事になる――予定である。いまのところ、完成次第順次書き足していく方針だが、途中で修正するかもしれない。あるいは、進行中の読書の感想が残っているのもまた一興として修正せずに書き連ねるか…

『五月 その他の短篇』アリ・スミス/岸本佐知子訳

空を押し上げて手を伸ばす君 え?と私は言った。なぜなら私は大学の英文科に進むのを許してもらおうと、もう一年近くも戦ってきたからだ。法科でも語学科でもなく、将来まともな職業につけないことが約束されたような学科に。(p.131) <<感想>> 感想を書かず…

004『ミスター・ピップ』ロイド・ジョーンズ/大友りお訳

南風が消したTiny Rainbow 彼の物語は、『大いなる遺産』が子どもたちに与えたと同じ感動を与えなければならない。村全体が心を奪われて、この忘れられた島の小さな焚き火の周りに座っている。言葉にできないような出来事が起こっても、外の世界はこれっぽち…

002『イエメンで鮭釣りを』ポール・トーディ/小竹由美子訳

電話やメールじゃなんだから ああら!あなたはもうわたしのことなんか忘れちゃったんだと思ってた。 いくらイエメンでも、インターネットカフェへ立ち寄ってちょっとメールするくらいのことができないだなんて、言わないでよね。最近どこかへ行っていて、だ…

066『私はゼブラ』アザリーン・ヴァンデアフリートオルーミ/木原善彦訳

ああ 心に愛がなければ テキストは互いに異花受粉するため、何世紀もの時代を飛び越えているのだ。(p.65) <<感想>> イラン出身の作者の小説を取り上げるのは、『スモモの木の啓示』【過去記事】に続き2回目となる。 作者のアザリーン・ヴァンデアフリートオ…

039『歩道橋の魔術師』呉明益/天野健太郎訳

今 心の地図の上で 起こる全ての出来事を照らすよ 「・・・小僧、いいか。世界にはずっと誰にも知られないままのことだってあるんだ。人の目が見たものが絶対とは限らない。」(p.19) <<感想>> 珍しく引用、それも長いものからはじめてみたい。 一か月後の同…

031『愛と障害』アレクサンダル・ヘモン/岩本正恵訳

手錠かけられるのは只あたしだけ そもそも、そういう話が語られることがあるとすれば、僕が唯一の語り手のはずだった――物語を語ることにおいては、僕は一族でただひとりのプロなのだから。(p.162) <<感想>> 本作は一応、連作短篇ということになっているが、…

065『忘却についての一般論』ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ/木下眞穂訳

だからまだ ここで光が差すまで 家具を焼き、何千という本を焼き、絵画は全部焼いた。絶望があまりに深くなったある日、とうとうこのムクバル族を壁から下ろした。絵を掛けていた釘を引き抜こうとした。・・・そのときふと思った。この小さな釘が壁を支えて…

『路上の陽光』ラシャムジャ/星泉訳

ナツメロのように聴くあなたの声はとても優しい ぼくが子どもの頃、村の年寄りたちは日向ぼっこをしながらマニ車を回していた。その頃はまだ、時という風は今ほど速くはなかった気がする。昼と夜は年寄りたちが回すマニ車のように繰り返しやってきて、果てし…

072『スモモの木の啓示』ショクーフェ・アーザル/堤幸訳

ほんの一夜の物語を行こう! 「すでに記されていて、書き換えることのできないものに乾杯!」(p.18) <<感想>> イラン文学、である。 しかし、この物語をイラン文学と規定するのは、同じくイランに出自を持つ『千一夜物語』をイラン文学と規定するのと同じだ…

035『エウロペアナ 二〇世紀史概説』パトリク・オウジェドニーク/阿部賢一・篠原琢訳

いつのことだか思い出してごらん ドイツ人は毒ガスを発明し、イギリス人は戦車を発明し、科学者は同位体元素や一般相対性理論を発見した。この理論によると、形而上学的なものは一切なく、すべては相対的であるという。(p.5) <<感想>> 「二〇世紀史概説」で…

『やんごとなき読者』アラン・ベネット/市川恵理訳

Send her victorious happy and glorious <<感想>> なんか流行ってるし、たまには軽いものでも、と思ったら予想以上に軽かった。行きの電車で読み始めて、家に帰るころには読み終わっていそうな分量。もちろん、軽いことは悪いことではなく、作品の品質とは…

『ヌマヌマ はまったら抜けだせない現代ロシア小説傑作選』ミハイル・シーシキン他/沼野充義・沼野恭子編訳

キラキラと輝く大地で <<感想>> ヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマヌマ!ヌマ!ヌマヌマ! 狂ったのではなくて、これは歓喜の雄叫びだ。そして多少なりとも狂っている…

『夕暮れに夜明けの歌を 文学を探しにロシアに行く』奈倉有里著

ロシア的倒置法 ペテルブルグのエレーナ先生の授業で詩を教わってから、詩は私にとってずっとエレーナ先生がくれた魔法の続きだった。(p.122) <<感想>> 『SLAM DUNK』という漫画がある。 何も今更説明するのもなんだが、ジャンプでバスケな国民的漫画作品で…

1-02『楽園への道』マリオ・バルガス=リョサ/田村さと子訳

西欧の接ぎ木 「フローベールの小説『サラムボー』を読んだことがあるかね、牧師」とコケは訊ねた。 (中略)コケは彼に、あの本はとても素晴らしい本だったと言った。フローベールは燃え立つような色彩で、ひとつの野蛮な民族の偉大な活力や生命力、創造力…