ウラジーミルの微笑

海外文学・世界文学の感想を長文で書くブログです。池澤夏樹世界文学全集の全巻マラソンもやっています。

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006『青い野を歩く』クレア・キーガン/岩本正恵訳

生きてく強さを重ね合わせ 神は、この自然だ。(p.51) <<感想>> 物語には適齢期があるという話がある。 確かに、ドストエフスキーなら多感な10代に読むのが相応しいだろうし、アンナを「お姉さん」と捉えているようでは、トルストイの理解は叶わないだろう…

004『ミスター・ピップ』ロイド・ジョーンズ/大友りお訳

南風が消したTiny Rainbow 彼の物語は、『大いなる遺産』が子どもたちに与えたと同じ感動を与えなければならない。村全体が心を奪われて、この忘れられた島の小さな焚き火の周りに座っている。言葉にできないような出来事が起こっても、外の世界はこれっぽち…

『ブルーノの問題』アレクサンドル・ヘモン/柴田元幸・秋草俊一郎訳

悪い夢ならば早めにさめてと 気さくな英語話者の隣人がエレベーターに乗りこんできて、中西部のままならない天気について会話を切り出そうとするなか、父は11と18(そこが口数の多いアメリカ人の行き先だった))のボタンを押しつづけていた――あたかも、…

『それぞれの少女時代』リュドミラ・ウリツカヤ/沼野恭子訳

その顔さえ白くぼやけて ヴィクトリヤが、双子の片割れであるガヤーネを初めて憎らしいと思ったのがいったいいつだったのか―出生以前なのか、以後なのか―それは、だれにもけっしてわからない。(p.33) <<感想>> ウリツカヤはどうしてこんなにつまらないのに、…

『サイラス・マーナー』ジョージ・エリオット/小尾芙佐訳

たとえ世界が生き場所を見失っても ・・・そもそも自分の性には合わない優雅な職につきたいと日ごろから願っている人間に、自分の身の丈に合っていた職を捨てさせてみるがいい。その人間は必ずや、お恵み深い僥倖を崇めたてまつる宗教に凝るようになるだろう…

3-04『苦海浄土』石牟礼道子

生きてゆくことの意味 問いかけるそのたびに 海の上はほんによかった。じいちゃんが艫櫓ば漕いで、うちが脇櫓ば漕いで。 いまごろはいつもイカ籠やタコ壺やら揚げに行きよった。ボラもなあ、あやつたちもあの魚どもも、タコどもももぞか(可愛い)とばい。四…

『世界文学アンソロジー いまからはじめる』著者27名/編者5名

帰りたくないから止めないで 世界文学を読むとは、実はそのようなぐらぐらした、不安定な流れの中に身をゆだねることなのです。たとえるなら、きっちりとしたかたちのあるものではなく、不断に更新されるソフトウェアなのです。(p.14,まえがきより) <<感想>…

3-02『黒檀』リシャルト・カプシチンスキ/工藤幸雄・阿部優子・武井摩利訳

絵もない花もない飾る言葉も 彼らの存在の危うさ、はかなさ、存在の目的と意味について考える。存在意義など、だれも—彼ら自身でさえも―問うたりしないのだが。(p.321) <<感想>> どうせこの第3集って、目玉はフラバルでしょ?という(大方の)見方を見事に…

『パラディーソ』ホセ・レサマ=リマ/旦敬介訳

花が咲いたら晴れた空に種を蒔こう 世界全体の知恵の樹において、いくつもの枝をついばんだことがあることが見られただけでなく、そのあとで、その同じ樹の葉で、自分の激しい批判的情熱の木の実を差し出すのだった。何かを学びとっては、そのあとでそれを粉…

『犬の心』ミハイル・ブルガーコフ/石井信介訳

パニックパニックパニックみんなが慌ててる 理論的には興味深い研究ですよ。・・・でも、実際面の成果は?(p.150) <<感想>> 今日は『一九八四年』の話から始めてみたい。 昔々、哲学科の学生だった頃、飲み会の席で文学の話が出たことがある。 まず話に出た…

『瞳孔の中』クルジジャノフスキイ/上田洋子・秋草俊一郎訳

余りの暑さに目を醒まし 日常で少しよごしを入れて、そして絵の具の上からニスを塗るように、ちょっとした俗悪を表面に塗って—これはなしにすませる訳にはいかないのだし。最後に、哲学めかしたところを二、三加えて、そして—(p.141) <<感想>> 今回取り上げ…

2-09①『フライデーあるいは太平洋の冥界』ミシェル・トゥルニエ/榊原晃三訳

誰も触われない二人だけの国 太陽よ、わたしをフライデーに似せてくれ。笑いで明るくされ、まったく笑うのに適しているフライデーの顔をわたしにあたえてくれ。(p.175) <<感想>> 期待していた作品。そして期待通りの作品。今回は褒めるでぇ! 昔から、それこ…

『世界は文学でできている』沼野充義編著

愛のままにわがままに 読書というのはそんなふうに自由な運動であるべきものです。ある一つの作品を読んで、そこに凝り固まっておしまいにするのではなく、そこからまた別の世界が広がってくる、つまりいままで面白く思えなかったものががぜん面白く読めるよ…

『ソーネチカ』リュドミラ・ウリツカヤ/沼野恭子訳

かじかむ指の求めるものが 今回ロベルト・ヴィクトロヴィチが描いたのは何から何まで白い静物画数枚で、そこには「白」の本質について、フォルムについて、絵画の基礎を左右する質感について、それまで彼が苦労して考えてきたことがいろいろ映しだされていた…

『夕暮れに夜明けの歌を 文学を探しにロシアに行く』奈倉有里著

ロシア的倒置法 ペテルブルグのエレーナ先生の授業で詩を教わってから、詩は私にとってずっとエレーナ先生がくれた魔法の続きだった。(p.122) <<感想>> 『SLAM DUNK』という漫画がある。 何も今更説明するのもなんだが、ジャンプでバスケな国民的漫画作品で…

2-02②『カッサンドラ』クリスタ・ヴォルフ/中込啓子訳

闘いからの卒業 アンキセスはかつて言っていた。ギリシャ人にとって、あのいまいましい鉄の発明よりもっと重要なのは、感情移入の才能であったかもしれないのにな、と。ギリシャ人は、善と悪という鉄の概念を自分たちばかりに適用しているわけではない。そう…

2-01①『灯台へ』ヴァージニア・ウルフ/鴻巣友季子訳

時間よ止まれ 諸行は無常であり、すべては変わりゆくが、しかしことばは残り、絵も残るのだ。(p.230) <<感想>> ヴァージニア・ウルフというと、付きまとって離れないいくつかのイメージがある。 曰く、「モダニズムの旗手」だとか、「意識の流れ」を用いた代…

『ミドルマーチ』ジョージ・エリオット/工藤好美・淀川郁子訳

文学的な、あまりに文学的な リドゲイトは初めて、些細な社会的条件が糸のようにからみついて、その複雑なからくりが彼の意図を挫折させようとするのを感じた。(第二部18章、1巻p.366) <<感想>> 3週間も更新が空いてしまったのは、この長い作品を読んでい…

1-11『鉄の時代』J・M・クッツェー/くぼたのぞみ訳

死せるトルストイ、生けるクッツェーを わたしに共感して読んではだめよ。あなたの心臓とわたしの心臓といっしょに拍動させないで。(p.125) <<感想>> 久々にキツい読書だった。 本作『鉄の時代』の主人公である老女カレンの置かれた状況はキツい。 舞台はア…

『マーシェンカ』ウラジーミル・ナボコフ/奈倉有里訳

けりをつける アルフョーロフは座ったままもぞもぞと体を動かし、二回ほどため息をつくと、小さく甘い音色で口笛を吹き始めた。やめたかと思うと、また吹く。そうして十分ほどが経ったとき、ふいに頭上でカシャリと音がした。(p.14) <<感想>> ナボコフはやっ…

1-10①『アデン、アラビア』ポール・ニザン/小野正嗣訳

孤独な旅行者の夢想 万事上々。祈りとアブサンがゲームに加わって、文明国の市場では植民地株が上昇する。(p.30) <<感想>> なかなかどうして快作である。 本書をごくごく簡単に要約するとこうなる。 20世紀初頭、一人のフランス人の若者がアラビア半島のアデ…

1-08①『アフリカの日々』イサク・ディネセン/横山貞子訳

いかさま師ディネセン イギリスのおだやかな風景のなかの小川と、アフリカの山地の尾根とのあいだに、デニスのたどった生涯の道がある。その道が曲折し、常軌を逸していると見えるのは目の錯覚である。彼をとりまく環境のほうが常軌を逸しているにすぎない。…

『子供部屋のアリス』ルイス・キャロル/ジョン・テニエル絵/高橋康也訳/高橋迪訳

最初のハンバート、最初のアリス さて、いったいどうやったらからだをかわかすことができるか、だれも知りませんでした。でもドードー*1がーとてもかしこいトリなんですーいちばんいい方法は、ヤタラメきょうそうをやることだといいました。 <<感想>> 当ブロ…

『マンスフィールド・パーク』ジェイン・オースティン/中野康司訳

機動戦士オースティン 臆病なファニーから見ると、ミス・クロフォードの乗り方はびっくりするほど上手だった。それから数分後に、ふたりの馬は停止し、エドマンドはミス・クロフォードのそばへ行って何か話しかけ、手綱の使い方を教えるために彼女の手を取っ…

『小説の技法』ミラン・クンデラ/西永良成訳

セカイ-内-存在 小説は固有の仕方、固有の論理によって、人生の様々な諸相を一つひとつ発見してきた。すなわち、セルバンテスの同時代人たちとともに冒険とは何かを問い、サミュエル・リチャードソンとともに「内面に生起するもの」を検討し、秘められた感情…

1-02『楽園への道』マリオ・バルガス=リョサ/田村さと子訳

西欧の接ぎ木 「フローベールの小説『サラムボー』を読んだことがあるかね、牧師」とコケは訊ねた。 (中略)コケは彼に、あの本はとても素晴らしい本だったと言った。フローベールは燃え立つような色彩で、ひとつの野蛮な民族の偉大な活力や生命力、創造力…