古代の洗面用具、50個以上の毛抜き、1500年以上前のネイルケア道具。英国で発掘されたこれらの品は、いずれもブリテン島がローマ帝国の一部だった時代のものだ。
西暦43年のローマ帝国の侵攻に始まり5世紀に終わるこの時代、古代ローマの文化がブリテン島に持ち込まれた。特に注目すべきは入浴施設と身づくろいの習慣で、ローマ帝国が征服した他の地域にも広まっていた。
「公衆大浴場が帝国内に広がるのに伴って、身づくろいの習慣も広がったのです」と、英国の歴史的建造物保護機関「イングリッシュ・ヘリテージ」の学芸員、キャメロン・モフェット氏は言う。ローマ人が体毛を抜くのに使ったピンセットは、「ローマ人が来る前のブリテン島にはありませんでした」
ローマ人がブリテン島を征服するとすぐに、ピンセットが広がったようだ。こうした道具を見ていくと、紀元前27年にローマ帝国が成立して以来、その拡大と共に身だしなみを整える道具や習慣がどう広まっていったのかが見えてくる。ピンセットは現代人にもなじみのある道具だが、ローマ人が肌の手入れに使った青銅製のストリギリス(肌かき器)などは一風変わった道具に思えるだろう。
ナイフやハサミでネイルケア
ローマ人は自宅や公衆浴場で、あるいは男性であれば床屋で、爪をきれいに整えていたようだ(または人にやってもらっていた)。紀元前1世紀の古代ローマの詩人ホラティウスが書いた詩には、「髭を短く剃った男が、誰もいない床屋で/小さなナイフを手に、静かに爪の手入れをしている」といった一節がある。
モフェット氏によると、ローマの街の人々はナイフやハサミで爪の手入れをしていたらしい。だが面白いことに、英国の慈善企業「オックスフォード・コッツウォルド・アーキオロジー」が南西部のグロスターシャーで発掘したと2024年5月に発表したネイルケアの道具は、「ブリテン島のこの地域に特有」だと、同団体のプロジェクト・マネージャーであるアレックス・トムソン氏は言う。そのV字形(爪やすりとしても使えた)は、ブリテン島のローマ時代の遺跡でしか見られない。
「理由はよく分かりませんが、ブリテン島で独自に発展した形なので、ヨーロッパ大陸では出土していないのでしょう」とモフェット氏は説明する。
「悲鳴が聞こえてくる」脱毛
帝政時代のローマで、少なくとも裕福なエリートの間で流行っていた身だしなみの1つに脱毛がある。男性も女性も、自宅や公衆浴場で、毛抜きを使ってムダ毛を抜いていた。あるいはお付きの者や奴隷に処理させていた。
だが、容姿にかように気をつかうローマの人々を、誰もが手放しで受け入れていたわけではない。
1世紀のローマの哲学者セネカは、浴場を見下ろす場所に住むのはうるさくてかなわない、という手紙を書いている。「声がうるさいだけじゃない。想像してみてくれ。痩せこけたワキ毛抜き屋が客を呼び込もうと甲高い声でずっと叫び続けているんだ。その声がやむのは毛抜き作業をしているときだけ。そうすると今度は客の悲鳴が聞こえてくる」