哺乳類の新種が発見されることは珍しい。ましてやそれが体長12メートルにもなるクジラとなればなおさらだ。
2021年、科学者らはクジラの新種を報告した。従来はニタリクジラの亜種と考えられていた「ライスクジラ」だ。
しかし、この胸躍るニュースは、悲しい知らせを伴っていた。メキシコ湾の一部に生息するこのヒゲクジラの仲間は、すでに絶滅の危機にあり、残る個体数は推定51頭だという。世界で最も希少な海洋哺乳類のひとつだ。
ライスクジラ(Balaenoptera ricei)の生息域は海上交通の往来が激しく、船の衝突や海洋汚染など常にいくつもの危険にさらされている。2010年のメキシコ湾原油流出事故では、生息域のほぼ半分が汚染された結果、全体の約17%の個体が死亡、18%が病気になり、残るメスのほぼ4分の1に生殖上の問題が発生した。(参考記事:「原油流出でメキシコ湾のクジラが絶滅?」)
残された時間がわずかになる中、科学者らは米海洋大気局(NOAA)と協力して、このクジラについてより詳しく知るための研究プロジェクトを進めている。
例えば、2023年1月に発表された最新の研究では、このクジラに特有の発声を利用して移動を追跡。ライスクジラがふだんの生息域を出て、西のテキサス州沿岸にまで旅していることを突き止めた。
「今でもメキシコ湾北西部に頻繁に現れるとわかったのは、大変うれしいことでした」と、NOAAの研究水産生物学者でこの研究を主導するメリッサ・ソルデビラ氏は話す。「歴史的記録から、かつてはもっと広くメキシコ湾全体に分布していたと見られますが、1990年代以降は中心的な生息域の外では見つかっていません」
米国の絶滅危惧種法に基づく保護に向けて作業が進められているが、その土台としてこのクジラの分布図を作ることが不可欠だ。
「いつどこに現れるのかがわかれば、クジラにとって脅威となる人間の活動と重なる場所を特定できます」とソルデビラ氏は言う。「管理・保護活動を立案し、クジラに対する脅威を減らして回復の可能性を高めるのに役立ちます」
新種の特定に結びついた頭骨
ライスクジラに興味を覚えた科学者らは、20年近く前にその解剖学的構造の研究を始めていた。遺伝学的証拠はこれが別種であることを示していたが、決定的な答えが出たのは2019年にフロリダ州エバーグレーズにクジラの頭骨が打ち上げられたときだった。
「この試料によって、ようやくすべての証拠を結びつけ、新種を記述する学術論文を書くことができました」と話すのは、NOAAの研究遺伝学者で、ライスクジラを特定した研究の主導者であるパトリシア・ローゼル氏だ。このクジラに初めて注目した海洋生物学者、故デール・ライス氏にちなんで、「ライスクジラ」と名づけた。(参考記事:「定説を覆す、異例だらけの新種クジラの生態」)