旅先でわざわざ怖い目に遭いたい人はいないだろう。NASAの探査機ジュノーもまた、木星までの旅のうち最も危険な行程を、眠ったままやり過ごすことに成功した。
その危険な行程とは、7月4日から始まった木星周回軌道への突入だ。2011年8月に打ち上げられた同探査機は、巨大惑星である木星の内部とその進化の謎を解き明かすべく、太陽電池の力で28億キロ以上を航行してきた。(参考記事:「NASAの木星探査機ジュノー、まもなく木星に到達」)
ジュノーはすでにその数日前から、木星の強烈な磁場に突入していた。搭載された機器のうち当初稼働していたのは、探査機を軌道から外れないように調整する装置「スタートラッカー」だけだ。
カメラや計器類はすべて眠っており、さらに目標に接近すると、スタートラッカーさえも電源を落とされて、探査機は目隠し状態で飛んだ。
理屈に合わないように思えるかもしれないが、これが探査機の安全を確保する唯一の方法なのだ。
軌道に突入するため、ジュノーは大きな試練を乗り越えなければならなかった。かつてどんな探査機も経験したことのないほどの、強力な放射線帯の中を飛行する必要があったのだ。「なによりやっかいなのは、どんな問題が起こるのか、まるで予測がつかないこと」と、同ミッションの放射線モニタリング部門を率いるハイジ・ベッカー氏は語っていた。
リスクを下げるために電源をカット
木星の磁場は非常に強力で、周辺の電子をほぼ光速まで加速させて激しい荷電粒子の嵐を引き起こし、繊細な電子機器を容易に破壊してしまう。
そのため、ジュノーの機器は重さ180キロのチタン製の保護筐体をはじめ、数々のシールドによって厳重に守られている。ミッション中にダメージが起こるリスクを最小限に留めるため、チームは探査機を軌道に乗せるまでの難しいプロセスの間、機器の電源を落とすことを決めた。
軌道への突入が計画通りに行われた結果、ジュノーはこれからの20カ月で木星の周回軌道を33周することになる(※捕捉軌道などを含めると計37周)。その間、放射線帯への突入と脱出を繰り返すことで、搭載機器は歯科用X線撮影を1億回受けるのと同等の放射線にさらされ、ダメージや劣化が引き起こされるのは避けられない。(参考記事:「探査機ジュノー、木星誕生の謎に挑む」)
なかでも最も重要な作業は、米東部標準時で7月4日の午後11時18分(※日本時間7月5日午後0時18分)に開始される35分間のエンジン噴射だった。木星の重力に捉えられる程度まで探査機のスピードを低下させる作業だ。
うまく軌道に突入するためには、この噴射を正確な時刻に開始し、適切な長さだけ持続させなければならない。さもなければジュノーは木星をそのまま通過して、ミッションを果たせなくなってしまう。
噴射の後には、巨大な太陽電池パネルを太陽の方角へ向けて充電を行う必要がある。
すべてが滞りなく進行したかどうかは、軌道突入過程の各段階が完了したことを知らせるトーン信号が地球に届くことで明らかになる。光速で進む信号が地球到達に要する時間は48分だ。
固唾をのむスタッフたちが待ち受ける管制センターにそのトーン信号が届いたのは、7月4日から5日に日付が変わる直前の午後11時53分(日本時間7月5日の午後0時53分)だった。
木星軌道を周回する初の探査機として極地を観察
機器類が無事息を吹き返したことで、ジュノーは巨大な木星の周囲をめぐりながらその極地を観察する、世界で初めての探査機となった。(参考記事:「はじめての冥王星」)
ジュノーはたとえば、木星の深部で沸き立っている物質はどのようなものなのか、何があの恐ろしく強力な磁場を発生させているのかといった謎を解き明かしてくれるだろう。科学者チームはまた、木星の内部にどれだけの水があるかについても知りたいと考えている。(参考記事:「木星衛星エウロパの氷層内に大きな湖?」)
NASAゴダード宇宙飛行センターのエイミー・サイモン氏は言う。「水の量を知ることは、木星の気象や嵐を理解するためには欠かせません。これは木星がどこで、どのようにして形成されたのかといった問題にも関わりがあり、既知の太陽系外惑星を理解する上でも重要です」(参考記事:「木星は「壊し屋」だった、太陽系形成過程に新説」)
これまでに発見されている数多くの太陽系外惑星の大半は、木星と同程度かそれを超えるほどの大きさがあり、中にはホットジュピター(※熱い木星の意)と呼ばれる、主星から極めて近い軌道を公転している星々も存在する。(参考記事:「地球の水の起源、誕生当時から存在?」)
自らの役目を終えた後、ジュノーは木星の雲の下めがけてダイブする。こうした処置がとられるのは、探査機に万が一地球の生命体が付着していた場合、それによってエウロパをはじめとする木星の衛星が汚染されるのを防ぐためだ。NASAは次回の木星ミッションでは、氷に包まれたエウロパの調査を行うとしており、2020年代の開始を目指している。