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【  2016年11月  】 

三月の雪 -10- 

番外編

2016.11.30 (Wed)

 礼子はその後のことを思い出す。 カズヒトの高熱は一週間ほど続いた。その間に、このおかしな少年が地元の名家の食客であることが判明した。そこを飛び出した理由は分からない。だが紆余曲折あって少年はその家・山城家へ戻るということで話が落着した。 ちなみに二人で直した例の人形は山城家の所蔵品で、壊したのはカズヒト本人だった。 予想しないでもない犯人だったが、何とも言えない徒労感が礼子には残った。「どうも、...

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三月の雪 -9- 

番外編

2016.11.29 (Tue)

 眠りに落ちた少年の荒い寝息を聞きながら、礼子は嬉しさと罪悪感のまじりあった気分を味わっていた。 たわいない母子の約束。自分に宛てたものでないと知りながら、盗み取るようにそれを欲した。笑顔も優しい声も、彼女ではない他のひとのためのものだったのに。 あさましいと思った。執着を止められない自分を、どうしようもなく醜いと思った。 その罪滅ぼしをするように汗をかいた顔や首筋を拭いてやる。 十八年前、結婚し...

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三月の雪 -8- 

番外編

2016.11.28 (Mon)

 礼子は放り出されたままの少年の手をそっと握ってみた。氷のように冷たかった。 ホントにバカだな。そう思う。 父が怒った気持ちは礼子にも分かった。この子が何を思って篠突く雨の中立ち続けていたのかは分からない。けれど、そんな風に自分を粗末にする行為が腹立たしかった。 膝に乗せた頭は初めはぎこちなかったけれど、そのうち重みを委ねてくる。欣治に言われた通り、頭だけがひどく熱かった。 こんな時どうしたら良い...

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三月の雪 -7- 

番外編

2016.11.27 (Sun)

(朝起きて台所に行ったら、食器も何も全部出しっぱなしだったんだけどね) 誰かが丸めた雪玉をぐしゃっと踏みつぶして礼子は歩く。 文句を言おうにも本人は既に出かけてしまっていなかったという、とてもフラストレーションのたまる思い出である。(半月ほどそんな日が続いて……) あの日も寒かった、と礼子は思った。雪でこそなかったけれど、芯まで冷えるような冷たい雨が降った日だった。「今日は寒いね。エアコン付けようか...

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三月の雪 -6- 

番外編

2016.11.26 (Sat)

 放っておけなかった。そういうことなのだ、と雪道を踏みしめながら礼子は思う。 どんな事情があるにせよ、自分も父も子供をひとりで寒空の下に放り出せなかったのだ。 翌日、欣治は警察署に出かけてそれらしい子供の捜索願が出ていないか確認した。それらしいものはなかったと聞いて、なぜかホッとした。 気が変わったらカズヒトは出ていくかもしれない。それらしい届け出があったら連絡してもらうよう警察にも話はしてある。...

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三月の雪 -5- 

番外編

2016.11.25 (Fri)

 二人の縫物を横目で眺めながら晩酌をしていた欣治が立ち上がった。同時に時計が午後十時を告げた。「ああ、うまい酒だった。おいカズヒト、うちはどこよ」「ウチ?」 少年はきょとんとして首をかしげた。「家だよ家。遅くなったから送って行ってやる」「お父ちゃん」 礼子は父を横目でにらむ。「車はダメよ。タクシー呼びな、今日は特別ね」「おお悪いな礼子。近くだったら酔い覚ましがてら歩いていくけどよ」 少年の表情が翳...

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三月の雪 -4- 

番外編

2016.11.24 (Thu)

「ハイ、濃い目のミルクティ」 食後のお茶を礼子は不機嫌に出した。いつものほうじ茶を父と自分に入れカズヒトにも出そうとしたところ、『そんなのヤダ、濃いめのミルクティがいい』と駄々をこねられたのだ。 返事がなかったので相手をのぞきこむと、少年は陰鬱な表情で手に持ったものをこねくりまわしていた。布製の大きめの人形のようだ。ちょっと見にも立派な品であることが分かる。 不愛想な男の子と人形の組み合わせが意外...

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三月の雪 -3- 

番外編

2016.11.23 (Wed)

 狭いテーブルで顔を突き合わせて夕食を食べた。カズヒトと名乗った少年は一言も口をきかない。 何だか気まずいな、と礼子は思った。父はかまう様子もなく商店会で起きた出来事をだらだらと話している。「そういうわけで頭が痛いわな」 そう言って欣治は話を終えた。カズヒトの方を向く。「で、ちゃんと食べてるか? うちのメシはウマいだろ」「……うん」 覇気のない返事が返って来て、礼子はイラッとした。はっきりしない男は...

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三月の雪 -2- 

番外編

2016.11.22 (Tue)

 雪はまだ街路のあちこちに残っていた。この辺りでは冬でも雪が積もることは稀だ。一度も雪を見ずに終わってしまう冬も多い。そのくせ何故だか、積もるのは三月も終わり近くなってからが多い気がする。(そういえば、朝は電車が停まってるってニュースで言ってたっけ) 外へ通勤する者のいない家庭では他人事でしかなかったが、朝のラッシュ時に電車が動かないというのは大ごとなのだろう。 家の前の歩道は朝、父と二人で除雪し...

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三月の雪 -1- 

番外編

2016.11.21 (Mon)

「お父ちゃん。ちょっと行ってくるから」 裁縫道具や端切れを詰め込んだ大きなバッグを抱えて、礼子は店番をする父親にそう声をかけた。 時間は午後三時。前の日の寒さが残り、三月にしては寒い日だった。「今日も行くのか。大変だなあ」 父の欣治はのんびりと言う。父娘で経営しているリサイクルショップはめったに混みあうこともない。礼子が出かけてもそれほど困ることはないはずだ。「山城のお嬢さんからも頼まれているから...

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椿

Author:椿
好きな小説を書き散らかしている女です。現在、サリエリ音楽にずっぽりハマっています。よろしかったらお付き合いくださいませ。また、拙著「最強船長と最高に愉快な仲間たち」が講談社レジェンドノベルス様より発売しております。そちらもよろしくお願いいたします。

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