宗教的儀式を用いて悪魔に憑りつかれたと思われる人を解放する行為は、さまざまな信仰体系おいて何千年も前から行われている。
エクソシズム(悪魔祓い)と聞くと、1973年に人気を博した映画『エクソシスト』のローマカトリック儀式を思い浮かべる人が多いと思う。
エクソシズムはアメリカでは迷信とされてきたが、この映画がきっかけで注目され、悪魔祓いの需要が急増し、そのブームはいまだ衰えることがない。
ここでは、かつてエクソシズムの歴史と、かつて実際に行われた恐ろしい悪魔祓いの実例を見ていこう。
現代まで続く、エクソシズム(悪魔祓い)の需要
かつてカトリック教会は、異論の多いこの儀式から距離をおいていたが、近年はためらいつつもこれを容認している。
教皇フランシスコは、エクソシズム(悪魔祓い)を”非常に困難だが、なくてはならない職務”と呼んでいる。
悪魔祓いのニーズの高まりに対応するため、バチカンは一週間の訓練セミナーを開いている。370ドルの受講料で、参加した神父たちがなにを会得できるのかはわからないが、『Catholic.org』のサイトでは、興味のある人のために、正式なエクソシズム儀式の概要を掲載している。
苦しんでいる人から憑りついた悪魔を追い出す儀式は、カトリック教会の枠を遥かに超えて行われている。ペンテコステ派や福音派の教会では、エクソシズムを”解放の職務”と呼んでいて、広く取り入れている。
プロテスタントの宣教師は、アフリカ、南米、アジア、カリブ諸島などの開発途上国でのエクソシズムブームに拍車をかけた。
アメリカでずっとブームが廃らないのは、悪魔祓いの増加が社会的、政治的な大変動と関連することが多いからかもしれない。
2020年、オレゴン州とカリフォルニア州の神父たちが、人種差別への抗議デモの後、大規模な悪魔祓いを行った。
皮肉なことに、エクソシズムの人気の高まりとともに、教会の礼拝に参列する者は減っていて、2018年には、あるアメリカの神父が、この傾向は迷信信仰や習慣の増加を促進している可能性があると語っている。
医療を受けるべき人に残酷な悪魔祓いが行われたケースも
不幸なことに、エクソシズムには、悪魔とはなんの関係もない者に、悪魔祓いの名のものに残酷な儀式を行ったという邪悪な側面がある。
そのため、精神疾患や依存症患者が、きちんとした医療を受けられなかったケースが多い。
犠牲者たちは、エクソシストたちによって、鞭打たれたり、飢えさせられ、溺れさせられ、ガスを吸わされたり、火あぶりになったりした。
1976年、バイエルン州に住む23歳のアンナ・エリザベス・ミシェルが、11ヶ月に及ぶ悪魔祓いの結果、栄養失調と脱水症状で死んだ。
『The Penguin Book of Exorcisms』の著者ジョゼフ・P・レイコックによると、”このようなおぞましい方法で殺された者は、ほとんどの場合、子どもや若い女性だった”という。
エクソシズムをスピリチュアルな儀式と見るか、教会に都合のいい搾取と見るかは別にして、この行為には禍々しい歴史があり、大衆文化にまで、消し去ることのできない足跡を残している。
実際に行われていた恐ろしい悪魔祓いの実例
それでは、かつて実際に行われていた、ホラー映画と同じくらいぞっとするようなエクソシズムの実例をあげてみよう。
1. ニューメキシコ州の植民地での悪魔祓い(1764年)
1764年1月、スペイン人宣教師のフアン・トレドは、ニューメキシコ州知事宛ての手紙の中で、スペインの植民地で自身が行った一連の悪魔祓いについて書いた。
事の発端は、1763年11月、マリア・トルヒーヨという地元の女性が、産後に極度の悲しみに苛まれ、祭りの大騒ぎを楽しめないと主張したことだった。
今日では、このような状態は産後うつの兆候として知られているが、トレドはこれを悪魔憑きの症状だとみた。
マリアのふさぎ込みは12月半ばになっても改善せず、祈りの後に意識を失い、目覚めると異様な力で消耗していたという。トレドは、12月18日に悪魔祓いを行った。
ほかの住民も、トレドが悪魔憑きの症状とみなす兆候を示し始めた。
フランシスカ・バレラという若い女性は、姿が見えないのにブタが騒ぐ声だけが聞こえるようになり、震え、疼き、発作、言いようのない圧倒的な恐怖を体験した。
バレラは地元の教会に連れてこられると、トレドの姿を見るなり、いきなり顔色を変えて暴力的になり、ブタやウシ、ミミズクやフクロウ、その他の動物の鳴き声をまねて騒ぎ出した。
トレドはバレラにも悪魔祓いを行ったが、儀式の間にもバレラはトレドに向かって悪態をつき、つかみかかり、唸り、あたりかまわず靴を投げつけたりした。
トレドは、女性5人、男性ひとりに悪魔祓いを行い、ついに魔女が原因の憑依が終わったと判断した。
2. ジョージ・ルーキンスの悪魔祓い(1788年)
1769年のクリスマスの頃、イギリス、サマセット州にあるヤットンという村でのこと。ジョージ・ルーキンスという仕立て屋が、なにもしゃべらなくなった。
昔からの伝統で、ルーキンスは友人たちと家を一軒一軒まわって、クリスマスをテーマにした劇を演じていたが、それが中断されてしまった。
のちにルーキンスは、この体験を”神の平手打ち”と呼んだが、このとき彼は自力で家まで歩いて帰ることすらできない状態だったという。
まもなく、ルーキンスは発作に襲われ、仕事もできなくなり、教区民からの資金援助に頼るしかなくなった。
1775年、ルーキンスは病院に送られたが、医師たちから手の施しようがないと言われて、送り返されてしまった。
本人は魔女に憑りつかれたと主張して、この原因は地元の数人の女性たちのせいだとした。目撃者によると、彼はひきつけを起こしたり、奇妙な声で狩りの歌を歌ったり、口にするのもおぞましい言いようで、神を冒涜したりしたという。
しばらくは症状が改善したように見えたが、1787年にはまた元に戻ってしまった。今度の憑依は魔女ではなく、7人の悪魔に脅かされているので、退治するには7人の聖職者が必要だと言い張った。
ブリストルのテンプル教会の主任司祭、ジョゼフ・イースターブルックが、悪魔祓いの手助けをすることになった。仲間の英国教会の司祭たちには同行を断わられたため、イースターブルックは6人のメソジスト派の司祭を募った。
1788年6月13日金曜日、2時間にわたる悪魔祓いが行われた。正式な儀式ではなく、司祭たちは即興で儀式を行い、祈り、讃美歌を歌い、神やイエス、精霊の名を唱えて、悪魔に出ていくよう命じた。
ルーキンスを苦しめていたものがなんであれ、この悪魔祓いは効果があったようだ。
ルーキンスは、啓蒙時代のブリストルで有名になり、この事件は”ヤットンの狂乱”として知られるようになった。彼は本当に悪魔に憑りつかれていたのか、ただ錯乱していただけなのか、巧妙な詐欺師だったのか、ブリストル市民の間では意見が分かれた。
3. クララ・ゲルマーナ・テレの悪魔祓い(1906年)
『Are There Devils Today?』という小冊子によると、ズールー族の少女クララ・ゲルマーナ・テレへの悪魔祓いは、もっとも劇的なものとして記録されている。
取り仕切った司祭、エラスムス・ホーナーによると、テレは空中数フィートのところに浮遊し、壁を歩いて登ったり、テレパシー能力を見せつけたり、いくつもの言語を理解したりしたという。
さらに、テレは手足や首を信じられないほど長く伸ばすことができたというような、まさに悪夢のような証言もある。
悪魔祓いの儀式のとき、ホーナーはもうひとりの司祭、数人の尼僧、テレを抑えつけるための大柄で力持ちの8人の少女たちを助手とした。
テレが空中に浮かび上がったとき、この8人の少女たちも一緒に持ち上げられたという。動かないようテレに手錠をかけたが、彼女は近づく者の首を絞めたり、殴ったり、噛みついたりして抵抗し、儀式を終えるのに3時間もかかったという。
1906年9月13日朝9時半ごろ、ついに悪魔は退散したとされたが、さらに念を押すために、ホーナーは夕方にももう一度、儀式を行った。
このときは、テレは協力的だったらしい。翌年、再び憑依の症状が現れ、もう一度悪魔祓いが行われた。悪魔は完全に追い払われたと考えられたが、それも束の間、テレは6年後に肺病で死んだ。
4. エマ・シュミットの悪魔祓い(1928年)
1928年、アイオワ州アーリングに住む46歳の女性の悪魔祓いは、アメリカでもっともよく知られたケースのひとつだ。
この女性は、アンナ・エクランドと呼ばれることもあるが、本名はエマ・シュミットだとされている。
カプチン会のテオフィリス・リージンガーという修道士が、23日間にわたる悪魔祓いの儀式を行ったという。
この事件は、1935年のドイツの小冊子『Begone, Satan! A Soul-Stirring Account ofDiabolical Possession』に詳しく紹介され、1936年発行の『タイム』誌にも掲載されているが、映画『エクソシスト』顔負けのものすごい描写がいくつかある。
シュミットは宙に浮遊し、ベッドに縛りつけられ、リージンガーの仲間によると、普通の人間にはとてもためこめないような量の汚物を嘔吐したという。
悪魔祓いが始まると、シュミットはベッドから飛び出し、部屋のドアの上に飛び乗って、猫のように壁にしがみついたという。
「アーリングの悪魔祓い」として知られるようになったこの一件の特異な特徴は、シュミットに憑依していたとされるものの性質だ。
彼女を脅かしている霊の中には、邪悪な悪魔だけでなく、シュミットの亡父や子どもを殺した恋人も含まれていたという。シュミットの口を通して、亡父は娘に対して性的な誘惑をしたことを告白したとされ、ここから、彼女の苦しみの根源は虐待ではないかと考えられる。
1928年12月23日、シュミットは悪魔から解放されたというが、この一件には妙な続きがある。
結局、1928年の悪魔祓いは、リージンガーがシュミットから悪魔を追い払おうとした最初でも最後でもなかった。
1908年、リージンガーはニューヨークシティで初めてシュミットに悪魔祓いを行った。ふたりは親密になり、リージンガーはその後も何度か彼女を祓い、シュミットは彼のいる州にはどこにでも足を運んだという。
5. ローランド・ドウの悪魔祓い(1949年)
1949年、イエズス会の司祭たちが、メリーランド州の14歳の少年を助けるために、数週間を費やした。悪魔に憑かれたとされるこの少年は、ローランド・ドウとして知られる。
新聞がこの件をとりあげ、これに刺激されて、ウィリアム・ピーター・ブラッティは、1971年のベストセラー『エクソシスト』を書いた。
1949年1月、ドウの家族が奇妙な音を聞いたのがそもそもの発端だった。家の壁や天井からなにかを引っ掻くような音が聞こえ、家族は最初、ネズミの仕業だと思った。
だが、駆除業者にも、ネズミがいる形跡を見つけることはできなかった。まもなく、説明のつかない足音、家具や食器がひとりでに動く、10代の息子のベッドが激しく揺さぶられるなど、恐ろしい現象がほかにも始まった。
こうした現象は、ローランドを中心に起こっているようで、彼が近所の家に行っているときも起こった。霊能者だったローランドのおばが最近亡くなったので、そのおばが憑りついているのではないかと家族は考えた。
ワシントンDCを拠点とする、ルター派の神父に訴えたところ、カトリックの神父に相談するよう勧められた。E・アルバート・ヒュー神父が、ローランドに悪魔祓いを行ったが失敗。ローランドは、マットレスのスプリングを壊して、それで神父に襲いかかり、腕を切りつけたという。
ローランドとその母はついに家を出て、セントルイスにいる親戚を訪ね、異様な現象から逃れようとした。ここで、数人のイエズス会士たちに悪魔を祓ってもらったが、儀式の間、少年の体にひっかき傷が現れ、それが言葉や絵となったという。
ローランドが暴力をふるい、聖職者の鼻が砕かれたこともあった。夜な夜な、悪魔祓いが行われ、ローランドは昼間は正常に戻ったようにみえた。
1949年4月18日、突然、ローランドはすっかり治癒したように思えた。その後、彼は悪名高い悪魔祓いの原因となった異常な症状とは無縁の、平穏な生活を送ったという。
6. ジーナの悪魔祓い(1991年)
1991年4月4日、およそ2900万人の人々がABCの人気ニュース番組「20/20」に釘づけになった。ジーナという16歳の少女の悪魔祓いの儀式が放映されたのだ。
フロリダ州の修道院で、ふたりのカトリック神父が6時間もの儀式を行った。
ひとりは神父A、もうひとりは、ジェームズ・J・レバー神父だった。半年かけた調査の結果、過去に精神疾患で入院したことのあるジーナは憑依されていると、レバー神父は判断した。
ジーナは縛られていなければ、天井まで浮遊したかもしれないと、レバーはのちに言っているが、『エクソシスト』とまではいかないにしても、この展開は確かにぞっとするものだ。
拘束されたジーナはうなり声をあげ、激しく抵抗し、神父たちをののしり、わけのわからないことを口走った。
ふたりの神父は、ジーナが複数の悪魔に苦しめられていると判断した。最後には、シオンとミンガというふたつの存在が追い出されたとされ、ジーナの様子も静かになった。
しかし、彼女はすぐに再入院し、聖水ではなく、抗精神病薬の治療を受けた。翌年、レバー神父は、ニューヨーク大司教区の主任エクソシストに任命された。
References:6 Chilling Historical Exorcisms | Mental Floss / written by konohazuku / edited by parumo
追記(2021/11/12)誤字を修正して再送します。
これそもそもはカトリックへの「再帰依」を求め促す行為で一種再洗脳なんだよね。
カトリック以外の考えを「悪」とした上での行為なんだから。
ただ、ひょっとしたら、本物が混じってる可能性ってのは否定は仕切れない。
ジャイアンコンサート開かせれば、ゴキブリだろうがネズミだろうが
裸足で逃げて逝く。もちろん悪魔ですらオーマイゴッドと騒ぎまくり
どこかへ旅立つと思う
ジーナの悪魔祓い(1991年)
最後の方でジーナが舌をベロベロ出すシーンがある
流石に恥ずかしかったのか一瞬照れた表情をした
ヤラセがバレた瞬間である
>管理人さん管理人さん、
『ポーランドで行われた悪魔祓い Archbishop conducts exorcism on *Portland*』
×ポーランド ○ポートランド
あとルター派って牧師じゃなくて神父?
細かいこと言ってすみません、いつも面白い記事ありがとうございます
一神教のやっかいな側面。
神父様やその他お偉いさんが「悪魔だ、呪いだ」って言えば、他の宗教の神様も全部そうなる。
不寛容な宗教は怖い。
※5
セム語一神教以外にも不寛容な宗教は多いですよ
日本だと狐憑きなんかが近いんだろうけど、どんな文明圏でも似たものがあるのかな
※6
日本だといわゆる憑き物筋なんかもそうだし、そもそも病そのものが、なにか悪いものが憑いたせいと考えられることも多かったよね。
近いというか、本質的には同じと考えてよいかと思う。現象を解釈するための信仰が違うぶん、現象との付き合い方も多少異なるように見えるだけなのではあるまいか。
中国や朝鮮や東南アジアの伝統社会にも似たようなものはあったはず。
何なら、わりと世界中にありそうな気がするな。
現在進行形で大人気ってところに、なにやら言い知れぬ気持ちを抱いてしまうけれども。
精神疾患なのに悪魔祓いに頼って、不幸な結果になることが頻出したから
悪魔憑きかどうか(精神疾患ではないかなど)精査し認定されないと教会としては正式に悪魔祓いしないって話になったんではなかったっけ?
宗教の最も害悪な所は宗教を信仰するのは人間であると言う所
教えに何も問題無かったとしても、熱心な人間ほど自らの愛と忠誠を示す為に敵や問題を作りたがる
その手の人間は自らの愛と忠誠を示す為、詐欺嘘、排除、犯罪を簡単にやってのける
彼等にとってどんな行為も愛する信仰の対象の為、教えの正しさを伝える為という言い訳の下全て許容されてしまう
結局の所、根幹にあるのは自尊心、功名心、承認欲求何かの「我」
今より科学や医療、統治が不完全な時代なら秩序を保つ為に絶大な恩恵をもたらしただろうが
今の時代となっては救いの正の側面より「我」がもたらす負の側面が大きすぎる
日本で宗教が嫌われる理由はこれ
以前、NHKのBSでカトリックのエクソシストに関する真面目な取り組みの番組を見た。
信仰に起因する、または関連づけられるメンタルの異常の解決、といった感じの、いわば儀式の形が不可欠な心理治療だった。バチカンのエクソシスト教育も、心理学と精神医学に関する教育内容であった。
とても馬鹿にできるものではない、真摯なものだった。
人は信仰によって救われる。しかし、信仰が自分の行いを自己批判するとき、それが信仰に付随する悪魔の形で現れるから、悪魔祓いの形で解決せざるを得ない。
信仰の副作用か。
カトリックだけではなく、プロテスタントでも同じ。私の知人の教会の牧師(社会人として平衡感覚に富んだ非常に素晴らしい人格)も、しばらく前に悪魔祓いをしたと知人から聞いた。
※11続き。
ただ、それだけに誰でも安易にやれるものではない。
あやしい教団の教会関係者が手を出すべきではない。
知人のベテラン牧師さんも、やる側にとっても非常な負担で、もう体力と気力が無理と。
異常な精神状態の相手に儀式。下手をすれば相手の状態を悪化させるか、身体に異常をきたす。
今回の記事のような6つの例は極端にしても。
バチカンもその辺の危険性を重々承知で、疑似医療、疑似科学じゃないの?という見方も承知で、しかし悪魔祓いをしないと解決し難い問題があると認識したからこそ、渋々カリキュラムを組んで資格制にしたかと。
信仰を哲学、医学、科学で解明するのは難しい。
人の心は難しい。
信仰のない人に悪魔が憑いたって話は聞かないから、信仰が悪魔を産むって考えもあるだろうけど。
かといって信仰に価値がないなら誰も信仰なんか持たない。
この辺の機微も含めて、結局は信仰のある人でないとわからない話なのかもしれない。
ツイッターNGO垢の人の東南アジアキリスト教徒の話では
悪魔祓いが反抗期の子供を持つ親の不安に付け込む三流宣教師のシノギになってると
ひどくお怒りだったな
日本人の目には単なる厨二病邪気眼のたぐいの子供を悪魔呼ばわりして
悪魔出ていけってバシバシ叩いてるうちに子供が段々虚ろな目になってくって
日本では一時期、某アニメの影響から、なんでも妖怪のせいにする子ども達が増えたことがあったよね。
親御さんは妖怪退治に苦労したとかしなかったとか。
この時、子どもを寺や神社に連れていった親もいたのかな?