ENDING ENDLESS 雑記帖

文芸・音楽系文筆業=円堂都司昭のブログ

ガブリエル=シュザンヌ・ド・ヴィルヌーヴ『オリジナル版 美女と野獣』

美女と野獣[オリジナル版]

美女と野獣[オリジナル版]

『美女と野獣』の歴史的にポピュラーなヴァージョンといえばボーモン夫人版であり、大幅にアレンジされたディズニー版もそれの改作とみられている。だが、『美女と野獣』の本当のオリジナルは、今回初めて完訳されたヴィルヌーヴ夫人版である。
野獣の姿にされていた王子が、ヒロインのベルに愛されたことで魔法が解け、もとの姿に戻る。ボーモン夫人によって童話に作り直され、よく知られるようになったそのストーリーは、ヴィルヌーヴ夫人版では前半を占めるにすぎない。
このオリジナル版の後半では、王子とベルの結婚に対し王子の母が身分違いだと反対したり、王子を育てた老妖精が求婚を拒絶されたために彼を野獣に変えた経緯、王子とベルに助力した良い妖精の来歴、ベルの本当の出自などが語られる。ベルの姉妹や兄弟の人数もより多い設定となっていて、ボーモン夫人版より筋立てはかなり複雑だ、そのぶん冗長な印象は否めない。物語としての力は、枝葉を切り落としたボーモン夫人版のほうが上だろう。
とはいえ、興味深いところも多い。ざっと、書き出してみる。


野獣の城には、等身大の王子の肖像画が飾られている。野獣と暮らすようになったベルの夢には毎夜、王子が登場するようになる。ベルは野獣の優しさに好感を持つ一方、ハンサムな王子にひかれていく。彼女が、野獣と王子を同一の存在だと気づいていないだけではない。王子は野獣について「あんな怪物が世の中にとって何の役に立つのです」といったりもする。野獣と王子が、いわば二重人格的な状態になっているのだ。
ジャン・コクトーは『美女と野獣』を映画化した際、ベルに恋する美青年と野獣の二役を同じ役者に演じさせた。裏表をなす人間の両面という、そうした発想のルーツをヴィルヌーヴ夫人版に見出せる。


ベルが勉強好きと設定されている点は、ディズニー版でも読書好きという形で受け継がれていた。ディズニー版では粗野なふるまいをしていた野獣も、彼女に感化されて知的な態度をとるようになっていく。
これに対しオリジナル版では、野獣は優しいけれど、老妖精の魔法のため愚かにされている。だから、ベルは「楽しい会話で姿の欠点を埋め合わせることもできない相手を夫になんて」などと思う。野獣が知性という武器を持てないぶん、愛することへのハードルが、ディズニー版以上に高いのだ。その点で、作品として人々に問うているテーマにもやや違いがある。


オリジナル版では、王子が野獣にされしたという秘密を知った家臣たちを、妖精が彫像に変えてしまう。この点は、コクトー版で城の調度品や飾りの一部が人体でできていたこと、ディズニー版で王子の家臣が食器や家具に変身させられていたことにつながる。
オリジナル版では、広い城で一人暮らし状態になったベルに対し、動物たちが相手をしていた。ディズニー版における家具たちのにぎやかさは、それに通じる面もある。


また、城のなかには光学技術によって様々な場所を映し出す窓(まるでテレビだ)があり、ベルを楽しませる。窓はオペラ座を見せもする。『美女と野獣』と同じく『オペラ座の怪人』が、醜いものによる美女の軟禁物語だったことを思い出すと味わい深い。そして、城でのベルの生活を、実は透明になった王子が見ていたのだった。ここには、監視者、ストーカー的な属性もうかがえる。
ベルのためにつくす野獣は、彼女に向って「幸せになるために何が足りないんですか」といいつのったりもする。自分の思いを相手に押しつけようとするのだ。このシチュエーションをアレンジすれば、ジョン・ファウルズ『コレクター』になるだろう。ウィリアム・ワイラー監督で映画化もされたその小説は、誘拐した女性を監禁しておきながら、性的関係を強要するのでもなく、相手から愛情を得ようと、自分の理屈で不毛な対話をする内容だった。同作では女性は死んでしまい、男が次の相手を探そうとするところで終わってしまう。
『美女と野獣』の物語は、そのような現代にも通じる、恋愛における歪みの元型(アーキタイプ)を表現してもいたのだった。


様々な形で幾度も語り直されてきた『美女と野獣』の1980年代までの系譜(ディズニー版以前)については、ベッツィ・ハーン『美女と野獣 テクストとイメージの変遷』が詳しい。そこでも指摘されているが、『美女と野獣』の物語の元型は、アプレイウス『黄金のロバ』のプシュケーの挿話に見出せる。
『美女と野獣』では父の身代わりとしてベルが野獣の城に行く。野獣はあまり姿を現さず、彼女は一人暮らしに近い状態に置かれる。そして、家族ともう一度だけ会いたいと野獣に懇願して認められる。
一方、プシュケーの物語では、美しいのに夫になる人が現れない娘の将来を心配し、父が神からの託宣を受けた結果、「人間の胤から出たものではない蝮のような悪い男」と結婚せよといわれてしまう。プシュケーは宮殿で形のない声にかしづかれ、不自由のない生活を送る。夫は夜にやって来たが、姿は見えないままだった。寂しくなったプシュケーは、夫に頼んで姉に会わせてもらう。
プシュケーが夫の姿を見てしまったことから事態は動くのだが、彼の正体は愛の神クピードー(キューピッド、アモール)だった。つまり人と神のペアであり、『美女と野獣』のごとき異類婚姻譚の先駆けだった。
そんな風に昔からある設定が、何度もアレンジを繰り返され、来春にはディズニー版『美女と野獣』の実写版まで公開されるのだった。この物語としての生命力の強さには、驚いてしまう。

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