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アルゴリズムが裁かれる時代へ…快手判決が示す、中国の「プラットフォーム経済」終焉

2025.10.11 2025.10.11 01:25 経済
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UnsplashEyestetix Studioが撮影した写真

●この記事のポイント
・快手に対する判決は、ショート動画プラットフォームに著作権侵害を未然に防ぐ「合理的注意義務」を課し、監視体制の強化を求めた。
・ショート動画を「映画的著作物」として法的に保護する判断が示され、個人クリエイターの作品価値が知的財産として明確化された。
・プラットフォームに事前フィルタリングなどの技術的対策を義務づけ、著作権とデータ利用の新しいルール形成が進む転換点となった。

 2025年、中国のショート動画大手「快手(Kuaishou)」に対して下された判決が、テクノロジー業界と知的財産の両分野に波紋を広げている。

 争点は、ユーザーが長尺の映画やドラマを無断で切り抜き、ショート動画として快手上に投稿していたこと。これまでは「通知があって初めて削除する」という消極的な対応が認められてきたが、裁判所は初めて“プラットフォーム側に積極的な監視義務”を課したのだ。

 この判断は、AIとデータが情報流通を支配する時代における、新しい「責任の形」を突きつけている。

●目次

「通知・削除」では不十分…ショート動画も「映画的著作物」として保護

「今回の訴訟の本質は、著作権侵害に対するプラットフォームの責任の範囲をどこまで広げるか、という点にあります。これまで中国でも日本でも、権利者が侵害を発見し、通知を出した時点で初めて削除義務が発生する『通知・削除(Notice & Takedown)』が一般的でしたが、判決はショート動画サービスの性質を踏まえ、『単に通知を待つだけでは合理的な対応とはいえない』と明確に指摘しています」(ITジャーナリストの小平貴裕氏)

 快手のようにユーザー投稿が膨大で、しかも商業的収益を上げるビジネスモデルの場合、 プラットフォーム自体がプロアクティブ(能動的)な監視体制を構築すべきだと判断したのだ。これは単なる技術論ではない。「プラットフォームが中立的な情報の場ではなく、積極的な“選別者”である」という司法判断にほかならない。

 この一文は、中国だけでなく世界中のショート動画企業の法務部門を震撼させた。

「もう一つの重要な論点は、ショート動画という新しいメディア形式に対する著作権保護の明確化です。判決は、ユーザーが編集し創作したショート動画を、著作権法上の『映画的著作物(Cinematographic Works)』と同等に位置づけ、快手などのプラットフォームが扱うコンテンツ自体が、長期的な知的財産として保護されるべきだと認定したのです」(同)

 これは、中国のデジタルクリエイターにとって大きな追い風となる。従来、ショート動画は“切り貼り”や“派生物”とみなされ、法的保護が曖昧だった。

 だが今回の判決により、個人クリエイターが制作したショート作品も、法的価値のある創作物として扱われることが明確になった。

 この点は、TikTokやYouTube Shortsなどを運営するグローバル企業にも直結する。今後、各国の法制度においても「ショートコンテンツ=軽視できない知的財産」という認識が広がる可能性が高い。

「判決が示した第3のポイントは、プラットフォームが著作権侵害を未然に防ぐための技術的義務を負う点です。人気の高い映画や番組など、侵害リスクが高いコンテンツについては、アップロード前に自動的にフィルタリングを行う『事前スクリーニング』の導入が求められます。これにより、中国のショート動画業界では、各社が自前の著作権データベースを構築し、相互に権利情報を照合するようになっています。結果として、プラットフォーム間に『著作権の防壁』が築かれつつあるのです」(同)

 つまり、コンテンツの相互利用や転載が厳しく制限され、各社のAIモデルが利用できるデータ範囲にも境界が生まれているのだ。

 その一方で、こうした制約は、AI開発におけるデータ利用の透明化を促す効果もある。
 AIが生成するコンテンツの著作権をめぐる国際的な議論に対しても、中国は先行的なモデルを提示したといえる。

「法がアルゴリズムを裁く」時代の幕開け

 快手判決の根底には、「技術的中立性」という神話の終焉がある。
 アルゴリズムが何を推薦し、どのコンテンツを拡散させるか――それ自体が社会的影響を持つ以上、企業は“単なるプラットフォーム”ではいられない。

 今回、著作権の文脈で示された「合理的注意義務」は、今後、AIやレコメンドシステム全般に拡張される可能性がある。
 動画の自動要約や生成、広告配信など、AIが創作や意思決定に関与する領域で、「リスクを予見し、未然に防ぐ」義務が標準化するだろう。

 つまり、アルゴリズムも法の支配下に置かれる時代が始まったのである。

 快手判決は、中国の法制度にとっても大きな意味を持つ。同国ではここ数年、国家インターネット情報弁公室(網信弁)や市場監管総局による「アルゴリズム推薦管理規定」や「プラットフォーム責任指針」などの整備が進められてきた。

 だが、それらは行政ガイドラインにとどまり、実際に司法判断で具体化された例は少なかった。今回のケースで、裁判所が企業の“コード(仕組み)”にまで踏み込み、「アルゴリズム的運営も法的義務の範囲に含まれる」と明言したことは画期的だ。

 EUのデジタルサービス法(DSA)、米国のAI Accountability Actと並び、中国の“司法的アルゴリズム規制”は世界のAIガバナンス議論において欠かせない参照点となる。

ショート動画も「映画的著作物」として保護

 一方で、こうした「プロアクティブな監視義務」が進めば、プラットフォームの創造的自由が損なわれる懸念もある。企業がリスクを恐れて過剰な検閲を行えば、ユーザー生成コンテンツの多様性は失われる。イノベーションを促すはずのプラットフォームが、法的安全性を最優先にした“萎縮構造”に陥る可能性もある。

 結局のところ、今回の判決が突きつけたのは、「表現の自由」と「知的財産の保護」、「技術の革新」と「法の統制」という、社会が抱える二律背反の構図だ。

 快手判決は、中国のショート動画市場における単なる法的節目ではない。それは、テクノロジー企業が“無限の自由”から“有限の責任”へと転換する象徴でもある。

 著作権の合理的注意義務、ショート動画の法的地位、事前フィルタリングの責任――いずれもAIとデジタル社会の「次の標準」を先取りする動きだ。これからのプラットフォーム競争を決めるのは、単に技術力やユーザー数ではなく、どれだけ責任をデザインできるか。アルゴリズムの透明性、データ利用の倫理、そして創作者を守る仕組み――そのすべてを統合した企業こそが、次の時代の信頼と市場を勝ち取るだろう。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)