ビジネスジャーナル > 企業ニュース > SB53が示すAI規制の未来

世界初のAI規制法SB53成立の裏側…規制緩く投資や戦略も弱い日本の未来は

2025.10.09 2025.10.08 23:53 企業
世界初のAI規制法SB53成立の裏側…規制緩く投資や戦略も弱い日本の未来はの画像1
カリフォルニア州知事ギャビン・ニューサム氏(UnsplashJorge Mayaが撮影した写真 )

●この記事のポイント
・カリフォルニア州がAI規制法SB53を制定し、開発者に透明性と安全性確保を義務づけ、連邦政府と逆の姿勢を示した。
・EUや中国と異なるアプローチが浮き彫りになり、世界でAI規制の在り方をめぐる多様なモデルが展開しつつある。
・日本は緩やかな規制の一方で投資や戦略が弱く、スタートアップは世界の規制潮流を理解し備えることが重要となる。

 人工知能(AI)が社会のあらゆる分野に浸透しつつあるなかで、そのリスクをどう管理するかが国際的な課題になっている。とりわけ注目を集めているのが、2025年9月29日に成立したカリフォルニア州のAI規制法「SB53」だ。

 AIの安全性向上や透明性確保を目的としたこの法律は「世界初」とも評され、今後の規制議論の先行モデルとなる可能性を秘めている。

 明治大学専門職大学院ガバナンス研究科の湯浅墾道教授(※浅の字は旧字体)への取材を基に、アメリカの現状と日本の課題、そして世界の潮流について整理する。

●目次

カリフォルニア州SB53とは何か

 SB53は、AI開発者に対して 安全性確保の方針を策定・公表する義務 や、重大インシデントの州当局への報告義務を課す法律である。対象となるのは主にシリコンバレーの大手企業であり、スタートアップや中小企業については一定の例外規定も盛り込まれている。

 湯浅教授は次のように語る。

「AIはブラックボックス化しやすく、開発過程や学習内容が見えにくい。透明性を高めるために、開発者自ら安全性確保の方針を公表させることは、社会的に大きな意義があります」

 背景には、カリフォルニアが歴史的に「規制先進州」であったことがある。自動車の排ガス規制や個人情報保護法制など、全米に先駆けて新たな規制を導入してきた。SB53もその流れの延長にあるといえる。

州と連邦のねじれ:アメリカにおけるAI規制の構図

 注目すべきは、カリフォルニア州と連邦政府の姿勢が正反対である点だ。

 ・連邦政府(トランプ政権)…AI規制を撤廃し、開発を加速させる方針
 ・カリフォルニア州…安全性や透明性を担保するため、開発者への規制を強化
 
「トランプ政権は規制緩和どころか、規制自体を否定しています。一方でカリフォルニアは安全性や透明性を理由に強く規制を打ち出した。全く逆の方向性です」

 この「州対連邦」の対立構図は、今後のAI政策をめぐるアメリカの大きな特徴となるだろう。シリコンバレーを抱えるカリフォルニアの影響力を考えれば、州法の影響は州境を越えて全米企業に及ぶことになる。

 SB53を支持する側は「透明性の欠如」と「被害発生後の救済困難」を問題視している。インシデント報告義務がなければ、政府は被害の全体像を把握できない。

 一方、反対派は「規制が中国との競争で不利になる」と主張する。規制による開発の遅れは、米中の技術競争で決定的な差につながるという懸念だ。

 湯浅教授は「この二つの主張は当面並立し、激しい論争が続く」と指摘する。

EU・中国との比較:利用者規制か開発者規制か

 世界のAI規制の潮流を見渡すと、各地域でアプローチが異なる。

 ・EUのAI Act…利用者への規制が強い。利用禁止用途を定め、間接的に開発者も規制。
 ・中国…生成AIコンテンツへの表示義務など厳格な統制。国家戦略と一致する部分のAI応用は加速。
 ・カリフォルニアSB53…開発者に直接義務を課す。

 湯浅教授は「卵と鶏の問題」と表現する。利用者を規制するか、開発者を規制するか。各地域の産業構造や技術力の違いがアプローチの差を生んでいる。

 日本は「緩い規制」のままでいいのか

 一方、日本のAI新法は「責務規定」が中心で、違反に対する制裁は存在しない。湯浅教授はこれを「日本独特の官民協調型アプローチ」と分析する。

「日本は役所が示す方針に企業が自主的に従う文化があり、強制的な規制を嫌う傾向があります。だが海外で規制強化が進むなか、日本の緩さは国際競争上の不利益につながりかねません」

 特に、シリコンバレーを抱えるカリフォルニアですら厳格な規制を敷く事実は、日本にとって示唆的だ。規制を設けることで「ここまではやってよい」というラインが明確になり、むしろ開発の促進につながる可能性もあるという。

 SB53は直接的にはビッグテックを対象にしているが、スタートアップにとっても無関係ではない。規制が強化されると、大企業がコンプライアンス対応に資金を投じる一方で、中小企業には「信頼性」を武器に差別化できる余地が生まれる。

 投資家やVCにとっても、規制はリスクと同時にチャンスとなり得る。安全性や透明性を確保した企業は、規制を逆手にとって市場優位を築く可能性があるからだ。

今後の展望:二つの対立軸

 湯浅教授は、今後のAI規制議論を「二つの対立軸」が支配すると予測する。

 ・規制撤廃派…技術発展を阻害しないことを最優先に、中国との競争で遅れを取らないことを強調。
 ・規制強化派…消費者の安全確保と開発基準の明確化を重視。むしろ規制によって安心して開発できると主張。

 EU、日本、アメリカそれぞれの立場や産業構造によって、どちらのアプローチを取るかは異なる。だが少なくとも、規制が「技術抑制」か「健全な発展の枠組み」かをめぐる論争は続く。

 最後に湯浅教授は、日本のスタートアップが備えるべき点として「規制対応」以上の課題を挙げる。

「日本はAIの著作物利用については非常に緩く、開発しやすい環境を持っています。しかし研究支援や補助金投下は乏しく、ハード偏重でソフトウェアへの投資が足りない。このアンバランスを解消しないと、米中に追いつくのは難しいでしょう」

 つまり、規制だけでなく、研究開発投資、人材育成、産業戦略を総合的に見直す必要がある。

 カリフォルニア州SB53は、AI規制の新しいモデルとして世界に波紋を広げている。規制は一見すると技術開発のブレーキのように見えるが、枠組みを明確にすることで企業に安心感を与え、新たな市場を切り開く可能性もある。

 日本が周回遅れを脱するためには、規制緩和に頼るだけでなく、研究開発支援や戦略的投資を含めた包括的な政策が不可欠だ。スタートアップにとっては、世界の規制動向を正しく理解し、透明性や安全性を自社の武器に変えていく姿勢が求められる。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=湯浅墾道/明治大学専門職大学院ガバナンス研究科教授)