「AIがないと仕事が進まない」月1万7600時間の業務削減を見込むMIXIのAI活用

●この記事のポイント
・MIXIはChatGPT Enterpriseを全社導入し、月1万7600時間の業務削減を実現。AIを業務の共通基盤へ。
・法務対応や社内報、オンボーディングなど多様な領域で活用し、経営会議の質も大幅に向上。
・AIを効率化にとどめず文化変革や新規事業開発につなげ、競争優位と社員のキャリア形成を強化。
生成AIの社会実装が加速するなかで、企業はどのようにAIを活用すべきかが問われている。SNSやエンタメ領域で知られる株式会社MIXIは、その問いに先駆的な答えを出しつつある。
同社は2025年3月、ChatGPT Enterprise(エンタープライズ版ChatGPT)を全社導入。すでに月間で1万7600時間の業務削減を見込むなど、大きな成果を上げている。
MIXIのAI推進をリードするのは、取締役・上級執行役員の村瀨龍馬氏だ。本稿では、同氏への取材をもとに、同社がどのようにAI活用を進め、どんな効果や文化的変化をもたらしているのかを掘り下げていく。
●目次
- なぜChatGPT Enterpriseの導入に踏み切ったのか
- 複数AIを業務に応じて使い分ける
- 実際の活用領域
- 数字で見る効果
- 文化的変化:「AIがないと仕事にならない」
- 教育とセキュリティ体制
- 今後の展望:「AIを共通言語にする」
なぜChatGPT Enterpriseの導入に踏み切ったのか

MIXIが生成AIの全社利用に踏み出したのは、2023年春にさかのぼる。まずは社員向けにChatGPT Plusの利用補助を行い、さらに自社開発の「Chat-M」という簡易的なLLMツールを導入した。
しかしこの段階では、いくつかの課題が浮かび上がった。
・社員によって利用UIの慣れに差があり、浸透が進みにくい
・情報の取り扱い方が不明確で、セキュリティ面で不安が残る
・個人が得た知見を「横展開」できず、ノウハウが共有されない
村瀬氏は語る。
「AIを使った本人は大きな効果を感じても、それを同僚に言葉で伝えるのは難しい。『AIは便利だよ』だけでは響かないんです。だからこそ、ワークフローや文化として定着させる仕組みが必要でした」
そこで同社はAI委員会を立ち上げ、ルールや教育体制を整備したうえで、全社員が安心して利用できるChatGPT Enterpriseへの移行を決断したのだ。
複数AIを業務に応じて使い分ける
導入したのはChatGPT Enterpriseだが、MIXIは単一ツールに依存していない。GoogleのGemini、AnthropicのClaude、さらにGoogle NotebookLMなども状況に応じて利用している。
・文章生成・要約・ワークフロー組込み → ChatGPT
・ソースコード生成 → Claude
・音声・ポッドキャスト風コンテンツ化 → NotebookLM
つまり「用途に応じてベストなAIを選ぶ」方針をとっており、ChatGPTはその中核を担っている。
実際の活用領域
MIXI社内でAIはどのように使われているのか。代表的な事例を挙げよう。
1. 法務対応の効率化
契約関連のやりとりをAIが整理し、必要な手続きや承認フローを提示。
従来は人に確認していた内容を、AIが自動で手順化してくれる。
2. 資料作成の効率化
社内報の作成工数は最大50%削減。契約書ドラフトや会議資料も自動生成されることで、大幅な工数削減が実現している。
3. 新入社員オンボーディング
社内制度や業務手順をAIに尋ねれば即座に回答が得られる。
「今さら聞けないこと」もAIなら気軽に確認できるため、社員定着率の向上にも寄与している。
4. 経営会議の高度化
経営会議でもAIが活躍している。
各部署の最新データをAIが自動で取りまとめるため、会議は「事実確認の場」から「意思決定の場」へと進化。監督領域はAIに任せ、人間はより創造的な議論に集中できるようになった。
数字で見る効果
同社では毎月、AI活用による時間削減効果を各部門からレポートさせている。
・予算申請や問合せ対応業務のbot構築(1件あたりの所要時間を約50%短縮)
・発注書作成支援botの導入(発注書に関する法務相談件数を約70%削減)
・スタートアップ投資検討におけるレポート作成の自動化など、一部業務では80〜90%削減のケースも
その積み重ねが「月1万7600時間削減」というインパクトにつながっている。
文化的変化:「AIがないと仕事にならない」
業務効率化にとどまらず、AI導入は社内文化を大きく変えた。
以前は「AIっぽい文章」を嫌う風潮もあったが、今では「長文メールはAIに要約させるのが当たり前」という状況に。社員同士の理解促進にもAIが介在するようになった。
さらに、人事領域にも副次的な効果がある。社員はAIを使って目標設定や自己評価を言語化し、上司にアピールしやすくなった。結果として履歴書やキャリア形成にも活用できる仕組みが整いつつある。
村瀬氏は次のように語る。
「AI活用を通じて、自分の市場価値を高められる。社員がそう実感できているのは非常にポジティブです」
教育とセキュリティ体制
もちろん、全社導入にはリスクも伴う。MIXIは以下のような体制を整えた。
・禁止事項の明確化:個人情報や社外コラボ情報は投入不可
・専門部署によるチェック:法務・知財・セキュリティ・開発などがツールごとに利用可否を判断
・教育制度:eラーニングやGoogle/OpenAIと連携した研修を導入
・アンバサダー制度:各現場に推進担当を配置し、勉強会や「黙々会」で実践的に学習
これにより、社員が安心してAIを活用できる環境を整えている。
今後の展望:「AIを共通言語にする」
村瀬氏は今後の展望について、次のように語る。
「AIは一部の便利ツールではなく、会社を変革する共通言語です。AIを通じて部門間の壁を超え、情報透明性を高める。その延長線上に、新しいエンタメの創出や事業変革があると考えています」
MIXIにとってAIは単なる業務効率化の手段ではない。組織の文化・働き方・経営の在り方を変革する力として位置付けられている。
MIXIの事例から学べるのは、単にAIを導入するだけでは成果は出ないという点だ。
・ルールと教育体制を整備する
・部門横断で「共通言語」としてAIを位置付ける
・数値で効果を測定し、経営層と現場の双方にフィードバックする
この3つを徹底することで、AIは「便利な補助ツール」から「企業変革のエンジン」へと進化する。
「AIがないと仕事が進まない」──村瀬氏が語った言葉は、決して誇張ではない。MIXIは生成AIを単なる効率化の手段にとどめず、経営・文化・個人キャリアのすべてをアップデートする仕組みへと昇華させた。
AI活用に迷う企業にとって、その姿勢は大きなヒントとなるだろう。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)