スポーツ観戦時の「感情」を可視化…博報堂とDAZNが仕掛ける次世代アドテク

●この記事のポイント
・博報堂とDAZNが仕掛けるのは、スポーツ観戦中の視聴者の「感情」をAIで可視化し、体験そのものを進化させる実証実験。
・試合の熱狂に合わせて広告を届ける仕組みは、従来の視聴回数ベースから「感情反応」を基準とする新しい広告モデルを提示する。
・2025年度には新サービスとして形になる予定。広告とスポーツ産業の未来を変える可能性を秘めた試みが、いま動き始めている。
テレビやネット配信でスポーツ観戦をする人にとって、「歓喜」「落胆」「緊張」といった感情の高まりは試合の醍醐味だ。これまではスタジアムに足を運ばない限り、周囲とその感情をリアルタイムで共有するのは難しかった。しかし今、博報堂とDAZNが共同で進める実証実験は、そうした「視聴者の感情」をデータとして可視化し、新しい観戦体験と広告のあり方を切り拓こうとしている。
今回、博報堂のこの取り組みの担当者に取材し、その狙いと今後の展望について話を聞いた。
●目次
感情を起点に進化するスポーツ視聴体験
博報堂は、この取り組みについてこう説明する。
「DAZNとの戦略的提携の一環として、スポーツ視聴体験を“感情”という新たな視点から進化させる取り組みを進めています。視聴者の感情を定量データとして可視化することで、観戦体験をアップデートしたいと考えているのです」
まるでスタジアムにいるかのように観客同士が盛り上がりを共有する――そんな体験をオンラインで再現するのが狙いだという。スポーツ配信の差別化が難しくなるなか、「感情」という新しい切り口でDAZNの価値を高めようとしていることが取材を通じて浮かび上がった。
今回の取り組みは視聴体験の進化にとどまらない。広告の新しい形を模索する意味もある。
「感情が高まる瞬間が可視化されれば、広告主のブランドメッセージを最適な形で届けられます。試合の決定的なシーンや、視聴者の心拍数が一斉に高まる場面こそ、広告の価値が最も発揮されるタイミングなのです」(博報堂 ストラテジックプラニング局 腰前伸圭氏)
従来のスポーツ配信広告は、試合前後やハーフタイムに枠を設けるのが一般的だった。しかし本当に心を動かされるのは、ゴールや逆転の瞬間だ。そこで広告を差し込めれば、ブランドの印象は強烈に残る。今回の取材で見えてきたのは、広告の評価基準そのものが「インプレッション数」から「感情指数」へと移りつつある未来像だった。
実証実験の現場――生体データと試合データの統合
では、具体的にどのような実証実験が行われているのか。
「詳細はまだ開発段階でお伝えできない部分もありますが、試合中のプレーに関する事象データと、視聴者の生体反応データ(例えば心拍数など)を組み合わせ、感情をスコア化しています」と担当者は説明する。
例えばサッカーの試合で得点が決まった瞬間に心拍数が一斉に上がる。そうしたデータが積み重なれば、どのシーンで観戦者の感情が揺さぶられるのかを定量的に捉えることができる。取材を通じ、スポーツの「熱狂度」をデータで裏づける仕組みが着実に構築されつつあることが明らかになった。
博報堂が強調するのは「広告開発だけではない」という点だ。
「私たちが目指すのは、観戦体験そのものの進化です。視聴者がリアルタイムで同じ感情を共有できれば、オンラインであってもスタジアムでのどよめきや熱狂に近い体験を提供できます」と担当者は語る。
もし配信画面に「いま全国の視聴者がもっとも興奮している瞬間です」といった指標が表示されれば、離れた場所で観戦している人々も一体感を味わえる。今回の取材で浮かび上がったのは、スポーツをより「ソーシャルな体験」に変えていこうとする両社の姿勢だった。
ビジネス展開の展望――2025年度中に新サービス発表へ
今後のロードマップについても聞いた。
「2025年度中には、このプロジェクトから生まれる新しいコンテンツや広告ソリューションを発表できるよう取り組んでいます。視聴者や広告主の期待に応えられるよう、継続的に進化させていきたいと考えています」と担当者は展望を語る。
取材から見えてきたのは、この実証実験が単なる技術検証ではなく、明確に事業化を前提とした取り組みであるということだ。観戦体験の拡張と広告ソリューションの商用化――この二本柱でスポーツビジネスに新たな価値を創出しようとしている。
さらに担当者は「将来的には音楽やエンタメ分野にも応用できる」と話す。音楽ライブやeスポーツ、映画やドラマなど、感情が大きく動くコンテンツは数多い。
もし感情データがリアルタイムで取得できれば、広告や演出だけでなく、コンテンツそのものの設計に活用できる。取材を通じ、今回の技術がスポーツの枠を超え、エンタメ産業全体に波及する可能性を秘めていることが実感できた。
一方で、課題もある。
「生体データは非常にセンシティブな情報です。視聴者が安心して利用できる仕組みづくりが不可欠ですし、広告における倫理的な配慮も重要です」と担当者は指摘する。
感情データの活用は、視聴体験を豊かにする一方で「感情を利用される」という懸念も生じかねない。そのバランスをどう取るか。取材を通じ、今後の事業化に向けて透明性と説明責任が大きな鍵になると感じた。
「感情」を軸にした新しい広告と観戦の未来
今回の取材で浮かび上がったのは、博報堂とDAZNが取り組む実証実験が、単なる技術開発ではなく「スポーツ観戦の本質」に迫る挑戦だということだ。人々がスポーツに熱狂する理由は、まさに感情の揺れ動きにある。その瞬間をデータ化し、共有し、広告やコンテンツに生かすことで、新しい価値を生み出そうとしている。
2025年度の発表に向け、両社の取り組みは大きな注目を集めることになるだろう。スポーツビジネス、広告業界、そしてエンタメ全体の未来を見据える上で、この「感情データ」の挑戦は見逃せない。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)