AIがECを飲み込む?OpenAIとグーグルが仕掛ける「AIショッピング」の衝撃

●この記事のポイント
・OpenAIとグーグルが同時期に発表したAIショッピング機能は、検索から決済までをAI上で完結させ、ECの構造を揺るがす。
・世界のEC市場は数兆ドル規模に拡大中で、AI経由の無摩擦購買が普及すればAmazonや楽天の既存モデルに大きな脅威となる。
・一方で無意識決済や補償責任、個人情報漏洩といったリスクもあり、規制と信頼性確保が普及のカギとなる。
9月29日と30日、OpenAIとグーグルがほぼ同時期に発表した新機能が世界のテクノロジー・EC業界に大きな衝撃を与えている。
OpenAIは生成AI「ChatGPT」上で、Googleは「AIモード」上で、商品検索から購入・決済までを直接行える仕組みを提供開始した。これまでAIはあくまで「情報検索」や「会話支援」にとどまっていたが、ついに消費者の財布の紐を握る領域に踏み込んだことになる。
特にOpenAIが打ち出したのは「Agentic Commerce Protocol(ACP)」と呼ばれる仕組みだ。オープンソースとして公開され、販売事業者が自社の商品データを接続すれば、ChatGPT上で即座に販売が可能となる。言い換えれば「Amazonに出店する」のではなく、「ChatGPTの会話空間そのものを店頭にする」ことができるのだ。
世界のEC市場:27兆ドル規模に迫る巨大産業
AIによるショッピング機能が注目される背景には、世界のEC市場の巨大さがある。国際調査会社eMarketerによれば、2024年の世界EC市場規模は約6.3兆ドル(約950兆円)に達しており、2027年には8兆ドル(約1200兆円)を超える見込みとされている。
一方、日本国内のEC市場は経済産業省の推計によると約13兆円規模。特に物販分野の伸びが著しく、コロナ禍以降、日用品から高級品まで幅広い領域でオンライン化が進んだ。
この巨大な市場において、アマゾンや楽天が長年にわたり圧倒的なシェアを握ってきたが、AIプラットフォームが直接「購入」の入口になることで、購買行動の起点そのものが変わる可能性が出てきた。
アマゾン・楽天モデルとAIショッピングの決定的な違いについて、ITジャーナリストの小平貴裕氏は次のように説明する。
「従来のECモール型ビジネスは、出店料や販売手数料によって成り立っています。たとえばアマゾンの場合、販売手数料はカテゴリにより8〜15%程度、加えて物流サービス『FBA』を利用すれば、さらに数%の手数料が上乗せされます。楽天市場も月額出店料やシステム利用料が必要です。
これに対し、OpenAIやグーグルが提供する仕組みでは、販売事業者はシステムを接続するだけで商品販売が可能で、基本的に手数料は発生しません。さらに消費者は『ChatGPTに相談 → 提案を受ける → そのまま購入確定』という自然な会話の流れで決済に至ることができます」
AIを介した購買行動は、「検索」「比較」「カートに入れる」といった複雑なプロセスを飛び越え、1ステップで完結する可能性を秘めている。これが既存ECにとって最大の脅威となる。
AIエージェントによる“無摩擦”な購買体験
近年注目されているのは「AIエージェント」がユーザーの代わりに商品を検索し、比較し、最適解を提示するという形態だ。
「たとえば『旅行に行きたい』とChatGPTに入力すれば、宿泊先や航空券の候補が提示され、そのまま予約・決済まで完了できます。これが『Agentic Commerce』の世界観です。
消費者にとっては、従来のように複数のサイトを横断して検索する手間が省けるわけです。販売事業者にとっては、広告費をかけてSEOやECモール内ランキングを上げる必要がなく、AIプラットフォーム内で商品が『最適』と判断されれば自然に購入につながります」(小平氏)
米調査会社ガートナーは「2026年までにオンライン購買の30%がAIエージェント経由で行われる」と予測している。もしこれが現実になれば、数兆ドル規模の市場シェアが再編されることになる。
すでにAI検索エンジン「Perplexity」もショッピング機能を導入しているが、OpenAIのACPは一歩進んでいる。
Perplexityはあくまで外部ECサイトとリンクする形だが、ChatGPTは会話空間そのものを購買プロセスに変える。さらにオープンソースプロトコルによって販売者が「勝手に」接続できるため、エコシステムの広がりは格段に大きい。
言い換えれば「インターネットに商品ページを置くだけで、自動的にChatGPTが販売の窓口になってしまう」世界が来るということだ。
一方で、課題も多い。
・無意識決済のリスク
会話の流れで「じゃあそれ買う」と入力すれば即時決済される仕組みは、消費者保護の観点からリスクが高い。誤クリックや誤入力でも購入が成立してしまう可能性がある。
・補償・返品の責任問題
既存のECでは出店者やプラットフォームの規約に基づき返品や補償が整備されているが、AI経由の購入では「AIの提案ミス」の責任が誰にあるのかが不透明だ。
・決済情報・個人情報の漏洩リスク
AIサービスが購買履歴や決済情報を保持する以上、情報漏洩のリスクも高まる。特にLLMの学習データに誤って組み込まれるリスクは技術的課題として指摘されている。
これらを克服するためには、規制やガイドラインの整備が不可欠だろう。
既存ECの対抗策と展望
ではアマゾンや楽天はどう動くのか。
「アマゾンはすでに自社生成AI『Amazon Q』を強化しており、検索から購入までの体験をAI主導に変えつつあります。楽天も独自の生成AI活用を打ち出し、会員基盤と楽天経済圏を活かしてユーザーを囲い込みにかかっています。
しかし、消費者が『最初にアクセスするのはAI』という習慣を身につければ、AIプラットフォームに主導権が移るのは避けられません。
特に日本市場は『楽天経済圏』と『Amazon依存』が二大柱ですが、AIが“中立の購買窓口”として普及すれば、消費者はモールを意識せず、AIが最適と判断した商品を購入するようになるでしょう」
AIによるショッピングは単なる新機能ではなく、ECのパラダイムを根本から変える可能性を秘めている。
従来は「検索エンジン → ECサイト → 決済」という流れだったのが、これからは「AIとの会話 → 直決済」となる。
このシフトが進めば、「検索エンジンが世界の入口」だった時代のように、「AIが購買の入口」を独占する時代が到来する。
ただし、普及の速度は「安心感」と「規制」に大きく依存する。補償やセキュリティが整備されなければ、消費者は既存ECに留まる可能性も高い。
いずれにせよ、AIによる“無摩擦購買”はもはや不可逆的な潮流であり、世界のEC事業者は対応を迫られることになる。
AIがECを飲み込むのか、それとも既存ECがAIを取り込み共存するのかーー。市場規模はすでに数兆ドル単位に上る。OpenAIとグーグルが仕掛けた「AIショッピング」は、テクノロジー業界の収益化フェーズ突入を告げる象徴的な一手だ。
この動きが本格化すれば、私たちが「どこで買うか」ではなく、「どのAIに任せるか」を選ぶ時代が、すぐそこに来ている。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、小平貴裕氏/ITジャーナリスト)