高市早苗政権でAI政策はどうなる?世界は規制強化の傾向、日本は推進か規制か

●この記事のポイント
・高市早苗政権が誕生すれば、日本のAI政策は規制より推進に傾く可能性が高いと見られている。
・世界では欧米が包括的規制を進める一方、日本は経済安全保障の観点から対中国戦略を重視する方向へ。
・日本企業には成長機会が広がるが、国際基準やリスク対応を欠けば長期的競争力を失う懸念も残る。
新しい自民党総裁に高市早苗・前経済安保相が選ばれた。衆参ともに少数与党ということもあり、一筋縄にはいかないとの指摘もあるものの、新首相に指名される公算が高く、10月15日には日本初の女性首相になるとみられている。
高市氏が新たに首相となる可能性が高まるなか、日本のAI政策がどのように転換するかという点も注目されている。世界では欧州連合(EU)のAI法案をはじめ、米国も安全性や透明性を確保する規制の動きを強めている。一方で日本はこれまで「過度な規制よりも産業振興を優先する」という立場を取ってきた。高市政権が誕生すれば、その傾向がさらに鮮明になるとの見方が強まっている。
本稿では、世界的なAI規制の潮流と日本の立ち位置を整理しつつ、高市政権下でのAI政策がどのように展開し得るのかを、専門家のコメントを交えながら展望する。
世界のAI規制情勢:安全性と倫理を重視する流れ
欧州連合(EU)は2024年に「AI法案(AI Act)」を可決し、世界で初めて包括的なAI規制枠組みを確立した。これはAIをリスクベースで分類し、高リスク分野に厳しい透明性・説明責任を課すものだ。例えば自動運転や医療AIは「高リスク」とされ、利用者への説明義務や第三者検証が必須となる。
米国では、バイデン政権が2023年に「AI権利章典(Blueprint for an AI Bill of Rights)」を発表し、公平性や説明責任を強調。さらに2024年には大手テック企業に自主的なセーフティ基準を導入させる動きを進めた。欧州のような法制化には慎重だが、国家安全保障や軍事用途では規制を強化している。
中国は国家AI戦略の下で積極的に研究開発を推進する一方、生成AIの利用に関しては「内容の健全性」を名目に厳格な統制を行っている。国内で提供されるAIサービスには登録制や検閲が課され、政治的に不適切な表現は排除される仕組みが敷かれている。
こうした世界の動向を総合すると、「AIの経済的メリットを享受しつつ、リスクを抑えるための規制」が共通の課題となっていることがわかる。
日本の現状は規制より支援を優先
日本政府はこれまで、AI規制において欧米のような包括的な法制度を持たず、事業者による自主規制やガイドライン整備にとどめてきた。背景には、AI人材不足や研究開発投資の遅れがあり、「規制よりまずは競争力の確保を優先すべき」との危機感がある。経済産業省や内閣府はAI活用を推進する支援策を矢継ぎ早に打ち出してきたが、国際的には「規制が遅れている」との批判も根強い。
明治大学専門職大学院の湯淺墾道教授は、高市政権下でのAI政策について次のように指摘する。
「高市政権に代わって、AIというのは規制のほうに進むのか、それとも推進のほうに進むのかというと、やっぱり推進のほうに進む可能性が高いでしょう。高市さんの持論である経済安全保障やスパイ防止法の文脈から見ると、むしろ中国への対抗という方向でAI政策が組み込まれていくのではないかと思います」
つまり、日本独自の規制強化ではなく、「対中国戦略の一環としてのAI推進」が軸になる可能性が高い。湯淺教授は続けて次のように述べている。
「例えば日本国内で中国製のAIサービスや製品の使用を制限する。公的部門から排除したり、セキュリティクリアランスを強化して中国人技術者や留学生を研究現場から遠ざけるといった動きはあり得ます」
実際、米国ではすでに政府機関で中国製のIT機器やアプリの利用を禁止しており、日本も同様の道をたどる可能性が高い。特にAI関連システムに中国製が含まれることは、情報漏洩やスパイ活動への懸念を招くため、まずは行政システムや防衛関連で排除が進むとみられる。
湯淺教授が指摘するように、研究現場においても「経済安全保障」の名の下にセキュリティクリアランスが強化され、中国人研究者や技術者の参加が制限される可能性がある。これは人材流動性を抑制する一方で、日本国内の研究力を高める契機ともなり得る。
さらに、AI関連技術の輸出規制が導入されることで、中国への技術流出を防ぎつつ、日本企業には政府の支援を伴う開発投資が集中する可能性がある。
日本企業へのインパクト
高市政権がAI推進に舵を切れば、日本企業にとっては大きな成長機会となる。特に生成AI、半導体、クラウド基盤などの分野で研究開発支援が強化される可能性が高い。
一方で、国内規制が緩やかなままでは、個人情報流出や著作権侵害といったリスク対応が不十分になる懸念もある。世界市場で競争力を確保するには、推進と規制のバランスが欠かせない。
欧州や米国が規制を強めるなか、日本が「推進一辺倒」に見えると、国際協調から孤立するリスクもある。日本企業がグローバル市場で取引する上で、国際基準に適合したAI倫理やガバナンスが求められることは避けられない。
高市政権下で日本が目指すべきは、単なる規制緩和や支援の拡大ではなく、「支援型規制」というバランスモデルだろう。すなわち、研究開発と産業競争力を後押ししつつ、安全性や倫理を担保する最低限の規制を整備するアプローチである。
湯淺教授の指摘する「対中国戦略」の要素は今後も色濃く反映されるだろうが、それに加えて国際社会との足並みを揃える取り組みがなければ、日本のAI産業は孤立する可能性がある。
世界がAI規制を強化する流れの中で、日本は高市政権の下、「推進」に重きを置く可能性が高い。ただし、それは単なる緩和ではなく、経済安全保障や対中国戦略の一環としての色合いを帯びることになるだろう。日本企業にとっては追い風となるが、国際基準との整合性やリスク対応を欠いたままでは、長期的な成長は難しい。
いま日本に求められるのは、AIを国家戦略の中核に据えつつ、国際的な規範形成にも積極的に関与する姿勢である。高市政権がその舵取りをどう行うか、日本の未来を左右する重要な局面に差し掛かっている。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)