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「森を切らずに稼ぐ」静岡市の挑戦…カーボンクレジットで生まれる新しい森林経済

2025.10.10 2025.10.09 23:01 経済
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UnsplashSteven Kamenarが撮影した写真

●この記事のポイント
・静岡市は森林を「循環林」と「環境林」に区分し、環境林を対象にカーボンクレジット創出の実証を開始。
・衛星・AI・DNA解析を活用し、二酸化炭素吸収量だけでなく生物多様性など公益機能も評価。
・収益は森林整備や地域還元に充て、持続可能な森づくりと企業参加型の新たな仕組みを目指す。

 静岡市は2025年度から、市内の森林を対象にカーボンクレジット創出の実証実験に乗り出した。背景にあるのは、森林を「経済資源」としてだけでなく「環境資源」として管理していくという大きな方針転換だ。従来、森林の所管は経済局に置かれていたが、今年度から環境局へ移管。これにより、木材生産に依存しない森林管理のあり方が議論され始めた。

 市は森林を「循環林」と「環境林」に区分する方針を示した。循環林は従来通り木材生産を中心に管理されるが、環境林は水源涵養(かんよう)や生物多様性保全など、公益的機能を重視する。この環境林を活用したカーボンクレジット創出が、今回の実証実験の核心となる。

●目次

環境林が抱える「収益化の壁」

 森林が持つ環境機能の重要性は誰もが認めるところだ。しかし現実には、木材を生産しない環境林は収益を生みにくく、維持管理の財源確保が課題となってきた。森林整備には人件費や機材費がかかり、補助金に頼る構造が続いている。静岡市の担当者はこう語る。

「環境林は木を切って売ることが前提ではないため、お金を生む仕組みがない。だからこそ、カーボンクレジットで環境価値を収益化し、整備のインセンティブにしたいのです」

 市内の森林面積は約10万7000ヘクタール。そのうち人工林が半分を占め、環境林としては約3.5万ヘクタールが該当する見込みだ。これだけの規模を有効に活かせば、市独自のカーボンクレジット市場形成にもつながる可能性がある。

 カーボンクレジットとは、森林や再生可能エネルギーによるCO₂削減・吸収量を「クレジット(証書)」として取引できる仕組みだ。日本では国主導の「J-クレジット制度」が広く知られるが、これは主に木材生産林や再エネ事業が対象となってきた。

 静岡市が挑むのは、従来の制度ではカバーしきれなかった環境林を対象にした新しい方法論の確立だ。岐阜県の「Gクレジット」など、自治体独自の制度も出始めているが、静岡市は環境林に特化した仕組みづくりで独自性を出そうとしている。

実証実験の仕組み

 今回の実証実験では、衛星画像やレーザー測量(LiDAR)を用いて森林の状態を解析し、CO2吸収量を算定する。さらに、環境DNA解析など最新技術を活用し、生物多様性の把握も試みる予定だ。

 期間は2025年度から2027年度までの3年間。最終的には「新しい方法論」を策定し、国際的・国内的に認証されることを目指す。担当者は語る。

「二酸化炭素吸収量に加えて、環境林が持つ公益的機能をどう評価するかが最大のハードルです。水源涵養や災害防止、生物保全など、多面的な価値をクレジットにどう反映するかが鍵になります」

 クレジット取引の収益規模については現時点で明言されていない。認証手続きや市場での評価が定まらない段階だからだ。ただし、仕組みが確立されれば、収益は森林所有者や地域に還元される見込みだ。市としても「持続可能な森づくりに賛同する企業」を募り、資金循環を生み出す構想を描く。

 これは単なる財源確保策にとどまらない。企業がカーボンニュートラルの一環として静岡市のクレジットを購入すれば、地域と企業が共に価値を享受する新しい連携モデルとなりうる。

 もちろん課題も少なくない。最大の難点は「環境価値をどう数値化するか」だ。J-クレジットのようにCO2吸収量だけを基準にすれば簡潔だが、静岡市が重視するのは水の貯留機能や生態系保持など目に見えにくい価値である。これを第三者が認める形で評価・認証するのは容易ではない。

 また、こうしたクレジットは必ずしも国の温室効果ガス削減目標に算入できるわけではない。そのため「どの企業が買うのか」「市場でどの程度の価値がつくのか」は不透明だ。担当者も慎重に語る。

「国の温室効果ガス削減量としてカウントできないため、どれだけ企業の関心を引き込めるかが成否を分けます」

地域全域への拡大と市民参加

 静岡市は将来的に、今回の方法論を市内全域や民有林にも広げたい考えだ。すでに市有林だけでなく民有林での調査も予定されている。制度が成熟すれば、市民や地域企業が寄付や協賛を通じて参加する道も開けるだろう。

 さらに、環境林が価値を持てば、観光や教育と連動する可能性もある。自然体験や環境教育の拠点として活用すれば、地域ブランド向上にもつながる。

 静岡市の試みは、森林を「木材生産」から「環境資本」へと再定義する挑戦だ。気候変動対策の一環としてカーボンクレジットは注目されるが、静岡市の取り組みはそれを単なるCO₂削減の道具にとどめない。

「生態系サービスの価値をどう社会に埋め込むか」という問いは、自治体や企業に共通する学びを与える。都市開発や産業振興だけでなく、地域資源を持続的に管理する仕組みをどう構築するか。そのモデルケースになる可能性がある。

 静岡市の取り組みは、単なる森林政策の一環にとどまらず、「森林を環境資本としてどのように社会に位置づけ直すか」という大きな挑戦といえる。従来のように木材を生産して経済的価値を生む「循環林」だけではなく、公益的な機能を担う「環境林」にも光を当て、その価値を「カーボンクレジット」という新しい市場に乗せて可視化・収益化しようとしている。

 この方針転換の背景には、森林整備にかかるコストや人手不足といった構造的課題がある。木材価格の下落や人件費の高騰により、森林の維持は補助金頼みになりがちだった。しかし、カーボンクレジットという仕組みを通じて「環境林が持つ水源涵養・災害防止・生物多様性保全といった機能」に市場価値を与えることができれば、整備のインセンティブを生み、補助金に頼らない持続可能な管理体制が可能になる。

 また、クレジットの収益は森林所有者や地域に還元される見込みであり、企業がカーボンニュートラルの一環として購入することで「環境貢献の見える化」にもつながる。

 この実証実験は「森林の公益的機能を資産化する」という点で先駆的であり、他の自治体や企業にとっても大きな示唆を与える。今後、環境林の整備やカーボンクレジットの市場形成が進めば、静岡市は「持続可能な森づくり」を先導するモデルケースとなりうるだろう。

 つまり、この挑戦は「静岡市の森林を守る」だけではなく、「地域の未来を守る」ための一歩である。読者にとっては、環境価値をどう社会に埋め込み、持続可能性と経済性を両立させるかという普遍的なテーマを考えるきっかけとなるだろう。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)