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masao-hate.hatenablog.com
ここのところネットで見かける「弱者男性vsフェミニスト」的な話を読んでいて、10年ほど前に はてな界隈で流行っていた「非モテ論壇」と同じような話をしているなと思ったので、「非モテ論壇」のひとつであった私のブログも遺跡としてパブリックに戻しておくことにしました。ご自由に、ご閲覧ください。 お初の方は、↓の辺りから読むのがよろしいのではないかと思います。 『世界のはて』 の人気エントリー - はてなブックマーク http://b.hatena.ne.jp/entrylist?sort=count&url=http%3A%2F%2Fd.hatena.ne.jp%2FMasao_hate%2F 「弱者男性vsフェミニスト」的な話でいくと、ココログでやってた別館の↓のへんがクリティカルなんですけど、サイトごと消しちゃったんですよね。残念。 はてなブックマーク - 純粋なココロ 2.0: 本当に抑圧さ
史上最難度シューティングはいかにして攻略されたか? 〜「怒首領蜂 大往生 デスレーベル」クリア者と開発者に聞く http://www.4gamer.net/games/042/G004287/20101007030/ ↑の記事のブクマ http://b.hatena.ne.jp/entry/www.4gamer.net/games/042/G004287/20101007030/ 大往生デスレーベルクリア達成の記事と、それへの反応を読んで、僕と世間の「ゲーム」というモノへの意識の差がここまであったのかと、ちょっとびっくり。 僕にとってゲームは「攻略」の対象だという意識があって、ここでMON氏が語っている「リソース管理」や「パターン化」は、ゲーマーなら誰でもやってる、当たり前のことだと思ってたのよね。 MON氏や一流プレイヤーたちは、その精度がハンパないレベルまで高められてもの凄いことになっ
初めての朝生 朝まで生テレビ 2010/7/24 放送 『激論!”若者不幸社会”』 http://www.tv-asahi.co.jp/asanama/video/1007/program.html 喪服ちゃんとあずまんが出るというので、オタ話が聞けるかなと思って初めて朝生を観た*1。 年配層による経済の話が多かったけど、若者の幸せを語るのに、経済はあんまり重要じゃないだろとオモタ。 僕もここ数年、全然給料上がってないし、経済的な話をすればいまの若者が一昔前の世代に比べて恵まれていないのは明らか。そんなのは「いまさら議論されてもね…」という感じ。 でも、「経済的に恵まれていない=不幸」かといえば、必ずしもそんなことはないわけで*2。 そもそも今の若者は、経済的には日本が豊かになった後の世界しか知らない。貧乏を知っていて、そこから這い上がった旧世代より、カネやモノに対するありがた味や執着が薄
堀井雄二を知らないゲーム専門学生 先日ネットで、ゲーム専門学校(以下『ゲー専』)の新入生に、講師が「堀井雄二を知っている人?」と聴いたところ、一人も手を挙げなかっということが話題になっていました。 Togetter - まとめ「専門学校ゲーム科新入生が堀井雄二の名を一人も知らなかった」 http://togetter.com/li/15900 堀井雄二氏といえば、言わずと知れた国民的RPG「ドラゴンクエスト」シリーズの産みの親。現在20代後半以上の「ドラクエ世代」であれば知っていて当たり前。たとえドラクエ全盛期以降の若者でドラクエををプレイしたことがなかったとしても、ゲーム業界を目指して専門学校に入って来るような「ゲームファン」であれば、名前くらい知っていて当然と思いたくもなる、ゲーム業界の大物です。 Twitterやはてなブックマーク等では、 これから入ろうとする業界の超有名人も知らない
はてな非モテ・イズ・デッド(哀) 2005年前後にはてな界隈を席巻した「非モテ論壇(笑)」。しかし最近は論壇に目立った動きもなく、はてなにおける「非モテブーム」はあらかた終結したように見える。 ブームの渦中で「非モテ論壇」メンバーが創刊した非モテ/はてな系同人誌「奇刊クリルタイ」(本誌)も今回の特集は「非モテ・イズ・デッド」。かつて「非モテ論壇」の中心で日々エントリを上げていた身としては寂しさを感じもするが、これは仕方のないことだと思う。嗚呼、諸行無常。 そんな気分の中、今回は久しぶりに非モテに関する文章を書いてみようと思い立った。 テーマは「非モテの歴史」。 「非モテ論壇」に積極的に関わってきた当事者から見た非モテの歴史を資料的にまとめ、記録として残されるような文章になれば、これ幸い。 ネットにおける非モテの歴史 【1.テキストサイトの『ネタ非モテ』時代(1999年〜2001年)】 ネッ
Re:日本はあらかじめ『意見の正当性』が『空気』『世間』によって決められており、そこから外れた意見は『意見』として考慮されない社会なので、オタクは常に負けを確約されている - この先、しばらく道なりです http://d.hatena.ne.jp/raf00/20100318/1268850437 お返事どうもありがとうございます。 いろいろ思うところがあったので、id:raf00さんの返信を読んで思ったことを、引用を交えつつ、つらつら書いてみます(前回書いた内容と重なる部分もありますが、ご容赦を)。 僕は正直なところ、オタクに外部に向かわせるのも、外部の人間の偏見を取り除くのも、正攻法では非常に難しい現状があると思っています。外部にオタクをアピールしようとする人間はこれまでもしばしば現れましたが、外部からは偏見のかかった紹介の仕方で笑い者にされ(TBSの初音ミク紹介番組等)、内部からも「
こういうときこそ2次元オタは内向きの討論をそろそろ卒業すべきじゃないのか? http://plaza.rakuten.co.jp/fantag/diary/201003160000/ 心情的には同意見だし、僕個人も今回の件で、初めて都議会議員に電話で意見陳情したり、メール送ったりしてなかなか面白い経験になったけど(参照)。 日本は 「みんなが自由にモノを言い合い、『多数派』や『正論』が民意を獲得する社会」 じゃなくて、 「あらかじめ『意見の正当性』が『空気』『世間』によって決められており、そこから外れた意見は『意見』として考慮されない社会」 だから、難しい。 ここ日本では、現状オタの主張は「正当な意見」と世間的に認められていないので、オタが立ち上がって自らの意見を主張したとしても、何を言っても「オタキモい」で終わらされるのがオチ。これが解っているからこそ、これまでオタは世間から隠れて日陰者
【前代末聞のエロゲライブイベント第2回!】 賢者タイム前夜祭 Ver2 -ドキッ!クラブの無駄遣い!- http://club-mogra.jp/2009/11/20/114/ クラブでエロゲを6時間ぶっ通しでプレイするという前代未聞のイベント「賢者タイム前夜祭」。前回は気になっていたものの時間とれなくて不参加だったんだけど、↓のレポ読んでいてもたっても居られなくなり、今回はバッチリ参加して参りました! 酒を飲みながらクラブでエロゲ「賢者タイム前夜祭」に参加してきた http://d.hatena.ne.jp/terasuy/20091004/p1 10月3日 賢者タイム前夜祭レポート http://ameblo.jp/club-mogra/entry-10358773196.html 今回は金曜深夜開催ということで、仕事帰りとおぼしきスーツ姿のサラリーマンが多かった印象。「エロゲやったの
現実女性に「萌える」という残酷 http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/20090821/p1 「他人の属性を見て勝手な願望を投げかけている/投げかけられている」というキャラ消費の構図自体は、黒髪少女も茶髪少女も金髪少女も、それを見る客体も同じだと思う。 黒髪少女は黒髪少女として、茶髪少女は茶髪少女として、金髪少女は金髪少女としての「キャラ」をアニメのように割り振られ、他者から勝手な願望を投げかけられ、そういうキャラとして振舞うよう、明に暗に要求されたりもする。 問題は、その結果がどのように表れてくるかということだと思うんだけど。 こういうことを考えたときに僕がよく思うのは、他人を「属性」以外で判断するということなんて、果たして可能なのか?どこまでが「属性」でどこからがその人の「地」なのか?ということなんだけど… これは多分「時間」がポイントになるんじゃないかと
・【2ch】ニュー速クオリティ:渋谷パルコで8月26日から初音ミク展 http://news4vip.livedoor.biz/archives/51348166.html 2chやブクマのコメントでは「なぜに渋谷?w」「オタは渋谷に行かんだろw」という声が多いけど、ところがどっこい。実は最近の渋谷パルコ、↑のイベント以外にも、なんだか妙にアキバづいた企画やショップをちょくちょく見かけるのですよ…… 僕は服好きなので、渋谷パルコにはよく行くんだけど、最近行くたびにアキバ系のイベントやショップを見かけて、かなりビビらされております。 MINOTAUR SHOP BY TOKISHIRAZU AND MA http://www.parco-shibuya.com/page/shop/detail/?id=942 ハイストリートの代名詞的存在である「時しらず」と「Ma shop」による このMI
http://koerarenaikabe.livedoor.biz/archives/51244369.html 新型うつ病」なるものが蔓延しているのだという。クリニックの予約を取ろうとしても患者が多すぎ、新患は3ヶ月待たされる場合もあるそうだ。仕事中にだけうつになり、会社の外では元気、というのが特徴で、若い世代に目立つというこの「新型うつ病」、なぜ増えているのだろうか。 これまでの「うつ病」といえば、几帳面でまじめな人がかかりやすく、落ち込み、自分を責め、自殺に至るケースが多いというイメージだった。 しかし、07年から急激に増えだしたとされる「新型うつ病」は、仕事中だけうつで、 帰宅後や休日は普段通り活発に活動する。 自分を責めるのではなく、身近な人間や社会に対して攻撃的な態度になり、休職したとしても会社や同僚にかける迷惑などあまり感じない、というのが典型らしい。 コレ、なんか解る気が
グミ・チョコレート・パイン グミ編 (角川文庫) 作者: 大槻ケンヂ,江口寿史出版社/メーカー: KADOKAWA発売日: 1999/07/12メディア: 文庫購入: 5人 クリック: 109回この商品を含むブログ (168件) を見る 読了なう。 傑作としか言いようがない。物語を消費してこれほど胸がいっぱいになったのは、本当に久しぶり。 この小説を読んだすべての少年たちは、自らの「いま」がここに描かれていると感じることだろう。この小説を読んだすべての大人たちは、自らの青春時代の体験を、登場人物たちに重ね合わせずにはいられないだろう。解説で滝本竜彦が言うように、「本作には青春のすべてがギッチリ濃縮されて詰まっている」。 その中でも、パイン編の盛り上がりは凄まじい。特に、すったもんだの末にケンゾーが某マンションで美甘子と再会、対峙するシーン。あのシーンの絶望感といったらない。グミ編、チョコ編
・「視線の暴力」に関する、なんとも歯切れの悪いエントリー 他者の視線を完全にコントロールすることは、誰にもできない。 ゆえに、僕たちは「視線の暴力」の被害者にさせられる可能性からは、絶対に逃れられない(←前回の記事ではここまで)。 これにプラスして、他者がどんな視線を望んでいるかを完全に知ることもまた、誰にもできない。 ということは、僕たちは他者を「評価してしまった(視線を送ってしまった)」瞬間、「視線の暴力」の加害者となり得る可能性に捉えられてしまう(その視線が『暴力』となるかどうかは相手次第)。 そして僕たちは、他者を「評価」しないということは、絶対にできない。なぜなら僕たちは、他者が(文字通り)眼に入った瞬間、無意識のうちに「第一印象」という名の評価を下してしまうから。 ゆえに、僕たちは「視線の暴力」の加害者となってしまう可能性からもまた、絶対に逃れられない。 つまり、僕たちは誰もが
・シューティングゲーム(東方シリーズ除く)オンリーイベント「Wing:1 〜せっかくだから俺はこの4回目をやるぜ〜」 【開催日時】 2009年3月15日(日) 11:30〜15:00 【会場】 大田区産業プラザPiO1F 大展示ホール(地図) ↑のイベントに、以前作った非モテSTG「空から降る一億の女子」を持って参加します。ブースは「Wing:1-30 FinalD.T.☆非モテロドン」。頒布物は、 空から降る一億の女子(Masaoの直筆サイン付き) 奇刊クリルタイ3.0 「空女子」は、ネットで無料配信しているデータをそのままCD-Rに焼いたものです。タダで配っているモノを、有料で頒布するのもどうかと思うので、「空女子」は無料〜の「投げ銭方式」です。あなたが「空女子」に対して感じている価値を、日本円に換算してお支払いください。0円でも、まったく問題ありません*1。 TOPを飾っているテラモ
・さっきamazonのCDランキングを見たが、本当に唖然とした ↑の増田はどう見ても釣りだけど、このエントリを読んで、僕が最近ニコ動を観ながら感じていたことが鮮明になったような気がした。僕は、ニコ動のコンテンツのクオリティがどうというよりは、ニコ動というムーブメントを盛り上げているのが「素人集団」だから面白いと感じているんだよなぁ。その身近っぷりが良い、というか。 ニコ動の「うp主」たちは基本素人で、普段は僕らと同じような生活を送っている人たちなわけですよ。だから僕はニコ動を観ながら、「この動画をうpする為に、仕事が終わった後で寝る間も惜しんでPCに向かったんだろうなぁ」などと、PCの向こう側に居る名も無きうp主たちの「努力」の過程を具体的に想像することができる*1。 ニコ動の魅力は、この辺の「親近感」にあるんじゃなかろうか*2。 プロスポーツでもプロミュージシャンでもなんでも良いけど、「
「使えない個性」も、本人にとっては無価値ではない ・『使えない個性は、要らない個性。』 「俺はこんなにSTGが上手いのに、それを認めない日本は間違っている!韓国のようにプロゲーマー制を一刻も早く導入し、日本が世界に誇る貴重なゲームプレイの才能を活用すべき!」 と憤っていた若かりし頃の僕(参照)にとっては耳が痛い話、ではあるw このエントリでid:p_shirokumaさんが言っていることは、娑婆の一面の真理ではあると思うんだけど、価値基準を社会や他人に置いた方向にバランスが偏っているな、と感じる。 僕の「STGが上手い」という「個性」は、確かに社会ではほとんど「要らない個性」ではあるんだけど、それは社会にとっての話であって、僕自身にとってこの個性は、大きな楽しみとして人生を充実させる一助となっており、それは無価値ではないと日々感じている*1。 http://d.hatena.ne.jp/p
※↑タイトルは、「猪木ボンバイエ」のノリでお願いしますw DENPA!!!行ってきました! 「超ライトオタク」は、オタク文化に流入してきているのではない。オタク文化を自分の文化に持ち帰っている 「バーチャルクラブイベント」ニコ動のアーキテクチャ的な側面と、オタク文化のメジャー化(モテ化)という時代的な側面が合致して誕生したのが「超ライトオタク」だ! 他関連記事 ↑でこんなこと書いてしまったので、実態を知るためにも現場に赴かねばなるまい!ってことで、行ってきました。「DENPA!!!」 DENPA9!!! 第九夜『敏感、シンセ、重ねて』 DENPA!!!、超最高! 結論からいえば、超楽しかった!「オタク文化を自分の文化に持ち帰っている」とか、うがった見方してしまって、すいません。みんな、普通にガチオタでしたwまぁ、確かに客のルックス面だけ見れば、平均的なオタイベントよりもかなりレベルが高かっ
一昨日、「超ライトオタク」と「DENPA」について思うところを書いてみたけど、ついったーでつぶやいているうちに、ある程度自分の中で考えがまとまってきた。で、結論が↑のタイトル。以下、僕のTwitterから転載。 「モテるようにならんとオタク文化はお先真っ暗だよ」的な意見やそうしようという試みは、昔から結構行われてきたと思うんだけど、最近のオタメジャー化でようやく時代に合致して花開いたっていう感じかなぁ。 オタク文化側からの「オタクをモテるようにしよう」的な試みは、オタク文化からオタ臭を脱臭する方向性だったけど、「超ライトオタク」はオタク文化がモテ文化に「ネタ」として取り入れられる形で興ってるのは興味深い*1。 ヤツ等はモテるためなら手段を選ばないからな。オタクも使えるなら使う。♪あいつらは〜 グールメじゃなーい なーんでーも ペロ〜リ〜♪ あと、ニコ動と DJ 文化が相性良いっていうのは簡
http://d.hatena.ne.jp/Masao_hate/20081226/1230217279#c p_shirokuma 2008/12/26 08:20 んーと、じゃあ、こういえばいいのかな。「ラノベ」「二次元美少女」の「ジャンプ化」が進む、みたいな。漫画というカテゴリは、割とこの現象が早い段階から起こっているじゃないか、みたいな。ジャンプぐらいのカテゴリになると、オタクの分野というよりは、みんなの分野じゃないですか。これと同じ流れが、ラノベやら二次元界やらに入ってきたらどうなるのよ?ということです。 そうなると、メジャーなところは脱臭され、癖のあるところ残存はしても、そのジャンルの主流から傍流へと追いやられるんじゃないかと思うわけです。例えば幼女みたいなものは、全滅はしないかもしれなくても、ジャンルの中央でふんぞり返ることは、もう無理なんじゃないでしょうか。 傍流であること
2005年 TVドラマ「電車男」、ネットの普及、海外での高い評価、オタクカルチャーを産業とする国家政策などの要因により、それまで日陰の存在だったオタク文化がメジャー化。 2008年 「超ライトオタク」が、ファッション・クラブカルチャー界隈からラノベ・美少女界隈に大量流入←イマココ! 2009年 既存の萌えオタとは違った文化トライブが発生。「オタク文化 美少女系 超ライトオタク族」と「オタク文化 美少女系 萌えオタ族」が、オタク文化内で共存するようになる。 2011年 「オタク文化 美少女系 超ライトオタク族」と「オタク文化 美少女系 萌えオタ族」の間で、コミュニケーションプロトコルの違いから抗争が頻発。社会問題視される。 2012年 ユリイカ別冊「萌えオタVS超ライトオタク」発売。 2013年 「オタク文化 美少女系 超ライトオタク族」が独立宣言。 【独立宣言文】 「我々は、ダサい先住民族
……と、「超ライトオタクが増えても、オタク文化のトライブがひとつ増えるだけだよ」という話をしたところで、最近話題の「DENPA!」関連の記事等を読み、僕が感じている「超ライトオタク」に関する雑感を少々。 自分語り133 - DENPA!!! 「超ライトオタク」 言説 僕が思うに、テクノウチさんの記事で語られるような「超ライトオタク」は、オタク文化に「流入している」のではない。彼・彼女等は、ファッションなり音楽なりの文化を自分の「住み家」として持ち、そこにオタク文化のエッセンスを「持ち帰って」楽しんでいるように見える。「DENPA!」の主催者はファッション業界の人間だそうだし。 かつて行われていたコスプレダンパや、ゲームミュージックを使ったクラブイベントは、オタクである主催者が、オタクカルチャーを「アウェー」であるクラブに持ち込んだイベントだった。あくまで「ゲームやアニメ」を「クラブ」に持ち
若いライトオタクの流入と、中年オタクの難民化 - シロクマの屑籠(汎適所属) これは違うと思う。ひとことで言えば、「ジブリが国民的にメジャー化して、id:p_shirokumaさんが言うように萌えオタの居心地が悪くなるような現象が、何か起こりましたか?」ということなんだけど。 ライトオタクがオタク文化に大量に流入してきたからといって、オタク文化すべてが影響を受けるとは、考えにくい。マンガや小説を見れば分かるけど、 A.非オタ向け:ジャンプ、新潮文庫 B.オタ向け:ガンガン、ライトノベル C.ポルノ:快楽天、2次元ドリーム文庫 といった感じで、住み分けが行われている。これらの層は、市場的にも文化的にもお互いが独立しているので、「Aが増えたからBが減る」「ライトオタが増えたから、ポルノコンテンツが減る」ということは、あまり考えられない。作り手も受け手も、それぞれ別のニッチを相手にしており、食い
「非モテ問題」は「コミュニケーションに対する劣等感問題」 2008年12月6日「第1回非モテ大会議@東京」いってきたのよ - Hopeless Homeless 「非モテ」という言葉をはてなで知り「なんじゃそりゃー」と思いつつ様々なエントリを読んだり、とあるオフ会で実際に「非モテ」について語られる場面を見たりしました。でもイマイチぴんとこない。モテたいっていうより、誰かにきちっと好かれたい愛されたい人というふうに「非モテ」の人は見えるんだけど、でも単語は「モテ」なんだよね。 僕ははてなでは、「非モテ」について結構言及してきた自負があるので、お答えしてみようかな、と。 僕は20代中盤頃まで、「コミュニケーションに対する劣等感」に苦しんでいたんですよ。それは、「会話に参加できる話題が少ない」とか、「面白いジョークのひとつも言えない」とか、「友人といるといつもいじられキャラにされてしまい、そうし
「人ひとりの命は、地球よりも重い」という言葉がある。 「んなわけねーだろJKw 現在地球上には、60億の人間が暮らしている。もし地球が無くなったら、60億人が死ぬわけだ。てことは単純に考えて、地球の重さは人ひとりの命の重さの60億倍!異物は消毒だァひゃっハー!」 という突っ込みを入れることは容易いが、僕はこの言葉には「一人の主観から見れば」という前置きが着くのだと解釈している。客観的に見れば、人ひとりの命など軽いものだが、人ひとりの主観から見れば、自分の命はこの世界の全てであり、これ以上に重いものはない*1。 この自意識と客観の齟齬は、時に人を無力感に陥れる。自分の存在の小ささ。自分などいなくても、世界は回る。自分にとってはこの上なく大切だと感じられる事や物や思い出も、世界や他者から見ればゴミのようなもの。 この感覚は、自分を省みたとき、なおさら強く感じられる。自分は、他者をどれだけ理解で
http://d.hatena.ne.jp/KoshianX/20081014/1223974094 DQNです。 ここまで具体的に言わないとDQNの人はUNIXを使えないものなの!? そっちにびっくりだ。普段どうやってPCを使っているんだ・・・。 おっしゃるとおり、ここまで具体的に言わないと使えません。 で、普段どうやってPCを使っているかというと、使っていません。マジで。 ぼく個人の話をさせていただくならば、5月に自ら思い立ってPCを買いに行きましたが、 これは実に4-5年ぶりのことです。現在使っているPCは、2001年の同時多発テロ前に購入したものです。 もちろん、まともにmixiやYouTubeをやっているDQNの人ならばもう少しマシだとは思いますが、 ここ数年会うたびに同じPC使っているよなあという30代のDQNの知り合いはざらにいます。 一般化は難しいですが、重症例の多いと思わ
http://anond.hatelabo.jp/20081014152345 そうですね、用語一つ一つに象徴されるような価値観や文化体系を丸ごとインストールしなければならないという思いが強く、 どうしても気後れしてしまうのではないかと。オタは面倒なモノの考え方をする人種なのです。 id:y_arimさんのこの感覚は、僕もよくわかる。何かやるなら、それなりに知識があって語れたり、「技」を身に着けていたり、何かしらのこだわりを持ってないと、公にしたくない。中途半端な「にわか仕込み」が一番恥ずかしい。そんな感覚。 で、ファッションてのは、たとえ興味があったとしても、この手の感覚の人にはもの凄く手を出しずらい分野なんですよね。 なぜならファッションは他の趣味と違い、パッと見ただけでその人が興味を持っているのかいないのか、もの凄くよく解るから。「下手にお洒落してファッションに興味あることが相手に伝
スクールカースト/いじめがない学校は偏差値が高い "スクールカースト/いじめがない学校は偏差値が高い" 偏差値の高い学校に行くとイジメが少なくなる理由 そういや僕は偏差値 40 台前半だと思われる底辺の通信制高校を出てるんだけど、その学校ではいじめもスクールカーストも無かったなぁ。…といってもこれは「低偏差値」が理由なのではなく、週1回しか授業がなかったので、そもそもいじめが発生するほどクラスメイトとコミュニケーションをとれず、とる必要も無かったからなんだけど*1。 これは、大学でいじめやスクールカーストがほとんど問題にならないのと同じ理由。いじめ発生率の大小は、偏差値よりも、こっちの環境面のほうが大きいんじゃなかろうか。 結論からいえば、いじめを無くすためには、クラスメイトとコミュニケーションを取れなくすれば良いんですよ、極端な話。閉鎖空間かつコミュニケーションの重要性が高い場所で、いじ
自分の中の「やりたいこと」「思想」「こだわり」といったものと、現実的に社会から「やらないといけないこと」「やるべきこと」として求められる「規範」が食い違うということは、誰にでもある。けれども多くの人間は、「本意ではないけれど〜」と感じながらも、後者の「現実」を選ばざるを得ない。「労働」なんてものは、その最たる例だと思う。 人は、こうした「妥協」を繰り返しながら「大人」になっていく。それは、社会から「成熟」と呼ばれることもある。この名を与えられることによって、「大人」は自らの人生の選択に正当性を与えることができる。「あれは『妥協』ではないのだ」と。 人々の「妥協」は、社会が成り立っていく上で不可欠な要素。それに「成熟」という呼び名を与えることで正当化を図ることは、社会にとって必要なシステムなのだろう。 しかし、いくら社会から正当化されたとしても、個人に「妥協」の「痛み」は残る。そしてその「痛
もの凄いワンサイドゲームっぷりに、違和感 ダメな俺を丸ごと受け止めてくれ症候群 はてなブックマーク - ダメな俺を丸ごと受け止めてくれ症候群 ↑の記事を読んで。 僕の記事への感想はブコメに書いたとおりなんだけど、その後のブコメのもの凄いワンサイドゲームっぷりを見ていたら、久しぶりにまいのりしい気持ちになってしまった。この増田(以下、増田女)に言い寄ってきた男(以下、増田男)の行為はそこまで叩かれるようなモノだとも思わなかったから。 増田男の行為は確かに恋愛戦略的には悪手だと思うし、増田女は好きでもない増田男相手にママのように振舞う義理もないと思う。でも、「親しい相手とは良いところも悪いところもひっくるめて、腹を割った付き合いをしたい」という増田男の欲求自体は、自然なものだと思うから。 ただ今回のケースでは、増田男の欲求は、残念ながら増田女には受け入れられなかった。ただ、それだけのことだと思
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