フフフ
よくある中華メーカーの販促か何かがエキゾティックアニマルを模したロボットを展示していて、私も触れさしてもらったのですが、ただただ悲しくなりました。
温かみのあるふわっとした肌触り?とは真逆で、ペットとのお別れを間近に経験した人ならおわかりになるかもしれませんが、もう頑張り尽くして毛並みがボロボロになったそれそのもので、温度なんて命の灯火が失われて数時間経って冷たくなっていくそれなんです。にも関わらずMoflinと名付けられたそれはモゾモゾとうごめいているのです。
こんなものを作る開発者がいるんだ、私は唖然としました。黒いただの点は、目?なのでしょうか。ハリネズミならそのような感じかもしれませんが、愛くるしさも一ミリも感じません。こんな展示物は撤去したほうがいいと思いませんか?
いつも一緒だよ
年越しを猫と過ごす。
けして恵まれているわけではないが、中々楽しいものである。しかし猫は本当に年を越しているのだろうか。猫と人間が過ごす時間は同じなようでちがう。当然ながら寿命も違う。生き方も違う。睡眠時間はもっての外だ。私達の生きる時間と猫の生きる時間は違うのだ。そういう意味では、猫は私達と一緒に年を越しているというのは間違った考え方だ。
そもそも時間は相対的なもの。アインシュタインもそうだそうだと言っている。猫より劣る人間がつくった年月の概念なんて猫にとっては風の前のカリカリに同じ。
我々も猫の年越し論について考える必要があるのだ。
それはそれとして年を一緒に越せる人が欲しいのでなんとかなんないか?