逆推力装置
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/09 04:56 UTC 版)
逆推力装置(ぎゃくすいりょくそうち)とは、ジェットエンジンが発生する推力の向きを逆にすることによって飛行機を減速させるための装置である。スラストリバーサー[1][2] (英: thrust reverser) とも呼ばれる。
着陸後初期の高速滑走状態で使用され、滑走距離を短縮するために用いられる。滑走速度低下後は車輪ブレーキとスポイラーのみによって制動が行なわれる[2]。機体を減速させるだけの逆推力を得る為にエンジン出力が増大されるので、接地直後の数秒間だけエンジン音が一段と大きくなる。
例外的使用法
着陸時の減速・制動に使用されることが主な使い方であるが、以下のように例外的な使い方がされることがある。
- 飛行中の減速
- スポイラーを着陸後の減速にしか使用しない仕様になっているDC-8は4発あるエンジンのうち左右胴体側にある2番・3番エンジンを逆噴射させ、これをスピードブレーキとして使用している。またIL-62などは着陸接地直前にスラストリバーサーを展開させている。
- 商用機では飛行中のスラストリバーサーの使用は経済性が悪化するため行なわれない。地上でも停止中や低速走行中は塵や雪、異物などを巻き上げてエンジンなどを損傷するために出来るだけ避けられ、またこれを禁止している航空会社もある。雪が機体や主翼に付着すると失速を招き易く、また雪がエンジンに吸い込まれた場合エンジン計器が正しく表示せず、最悪の場合エア・フロリダ90便墜落事故のように、離陸時に最大推力を得られないまま離陸し、墜落に発展しうる危険な失速状態に陥ることがあるため大変危険である。
ジェットエンジン#逆推力装置の節も参照
構造
一般的なジェット機では、搭載しているジェットエンジンの構造により2種類の方法がある。
ターボジェットエンジン・低バイパス比のターボファンエンジン
ターボジェットエンジンや低バイパス比のターボファンエンジンでは、エンジン後方のノズルに蓋をするような装置(スラスト・リバーサー)があり、これで機体後方に噴射していた排気ガス全体を機体斜め前方に反射して制動する。これはクラムシェル方式、またはバケット方式、ターゲット方式と呼ばれる。効率は良いが、高温にさらされるのでそれに耐える材料を用いなくてはならない。
- 逆推力装置 展開前
- 逆推力装置 展開後
高バイパス比のターボファンエンジン
一方、近年の大型旅客機などに採用されている高バイパス比のターボファンエンジンでは、コアエンジンを覆っているバイパス空気流の噴射方向を斜め前方へ偏向し、エンジンコアを通過してきた燃焼ガスについてはそのまま機体後方に噴射し続ける。制動力となるのは前方に偏向されたバイパス流の推力の余弦成分のみである。つまり「逆噴射」とはいうものの、一部についてはそのまま前方への推進力として残っている。バイパス比4(バイパス空気流80%:燃焼ガス20%)、逆噴射時のバイパス空気流が進行方向に対して30度の角度で噴射されるエンジンを例に考えると、80%の推力にcos30゜をかけた69.3%が制動力となり、燃焼ガスの推力と差し引きして推力の49.3%で制動を行っているということになる。実際にはバイパス流が偏向される際に圧力損失が発生するため、制動力はさらに小さくなる。多くのエンジンでは離陸推力に対して最大40-50%程度の制動力を発揮できる[2]。こちらはカスケード方式、もしくはコールドストリーム方式と呼ばれる。高温にさらされないので、アルミニウム合金などでも耐えられ、軽量化が可能となる。
操作
逆推力の操作は操縦席のスラストレバーによって行なわれる。多くの操縦環境では主スラストレバーに付随して逆推力レバーが取り付けられており、逆推力レバーは主スラストレバーがアイドル位置、つまり推力最小状態にあるときのみ逆推力位置へ入れられ、順推力位置へ戻すことが出来る。逆推進レバーが逆推力位置(または順推力位置)に入れられることで、装置は空気圧、油圧、エンジン回転力を利用して逆推力状態(または順推力状態)へと移行する。逆推力の強度は主スラストレバーの操作によって「リバース・アイドル」から「フル・リバース」まで無段階で調整できる[2]。
傾向
商用の大型ジェット機で採用されるジェットエンジンはターボファンによる高バイパス化が進んでおり、エンジン推力の大部分は大径のファンによって生み出されている。このためこういったエンジンでは、逆推力はファン・リバーサのみで発生させ、タービン・リバーサは備えていない[2]。
近年[いつ?]の燃料価格高騰により、燃料を消費する逆推力装置の使用(特に最大出力による逆推進)は控えられる傾向にある。
なお、航空機のスペックに表記される着陸時の停止制動距離は、逆推力装置を用いない状態でのものである。航空会社によっては、その運用許容基準 (Minimum Equipment List, MEL) で逆推力装置が故障状態でも運航を許容しているところもある。
プロペラ機の逆推力機構
プロペラ機にもジェット機と同様の装置があるが、仕組みが異なる。 プロペラ機(ターボプロップエンジン機を含む)では、船の可変ピッチスクリューと同じようにプロペラの角度を変えて、それまで後方に押しやっていた空気を前方に押し出す(逆推力を発生させる)ことで制動を行っている[2]。
出典・注記
- ^ Wragg, David W. (1973). A Dictionary of Aviation (first ed.). Osprey. p. 223. ISBN 9780850451634
- ^ a b c d e f 松岡増二著 『新航空工学講座8 ジェット・エンジン(構造編)』 日本航空技術協会 ISBN 4-930858-48-8
参考文献
- 谷川一巳 『旅客機・空港の謎と不思議』 東京堂出版 2005年 ISBN 4-490-20538-4
関連項目
- エア・フロリダ90便墜落事故 - 後退のために逆噴射装置を使用した事が原因で発生した墜落事故。
- 日本航空350便墜落事故 - 着陸直前に逆推力装置を故意に作動させた事が原因で発生した墜落事故。俗に「逆噴射事故」と呼ばれる。
- ラウダ航空004便墜落事故 - 飛行中に逆推力装置が誤作動した事が原因で発生した墜落事故。
- TAM航空402便離陸失敗事故 - 離陸時に逆推力装置が誤作動した事が原因で発生した墜落事故。
- プッシュバック - 駐機場での後退の一般的な方法
- ドラッグシュート - 着陸時に尾部からパラシュートを展開する、減速装置。主に戦闘機や爆撃機で用いられる。
逆推力装置
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/12 15:07 UTC 版)
詳細は「逆推力装置」を参照 ほとんど全ての旅客機用ジェットエンジンと軍用エンジンのいくつかは、主に着陸滑走距離の短縮化のために逆推力装置や逆噴射装置、スラストリバーサと呼ばれる機構を備える。逆噴射装置はエンジン出力レバーに取付けてある逆推力レーバーを操作することで作動して、エンジン排気、またはファンによるバイパス流をエンジン前方に偏向することで後方への推力を発生させ、着陸時の機速を減少させるために用いられる。逆噴射装置により実際に利用できる逆推進力は離陸推力の40-50%である。機速を遅くなるまで使用していると、エンジン後部からの排気ガスが再びエンジンに吸入されることでエンジンが停止する再吸入ストールが発生する。 ターボジェットや低バイパス比のターボファンでは排気ノズルの後ろでハの字型スポイラー・ドアを展開するクラムシェル・ドア型や排気ノズルのケース側面にリバーサドアを取付けて、ブロッカドアが後部へ向かう空気の流れを遮断すると同時にリバーサドアのカウルが開いて、側面に開口部が生まれて、ここからカスケードベーンを介して偏向された高温排気そのものを斜め前方に偏向するターゲット型のタービン・リバーサが多い。一方、高バイパス比のターボファンではファンでバイパスした空気流のみを斜め前方に偏向するファン・リバーサが主体である。ファン・リバーサでは、エンジン・ナセルのファンケース側面にトランスレートカウル(リバーサドア)が取り付けられており、これと連動するブロッカドアが後部へ向かう空気の流れを遮断すると同時にトランスレートカウルが後方へスライドすることでファンケース側面に開口部が生まれ、ここからカスケードベーンを介して偏向されたファンエアが斜め前方に噴出される。高バイパス比ターボファンエンジンでは、タービン・リバーサの発生逆推力が全逆推力の20 - 30%程度であるのと、タービンからの高温高圧の排気にさらされるため故障発生率が高く、それを無くすことで故障発生率が減少し、エンジンの自体の重量が減少して燃料費の節減になることから、ファン・リバーサだけでタービン・リバーサを持たないものが多い。 なお、旅客機が空港でエプロンから離れる際にスラストリバーサによって後進を行うこと(パワーバック)も不可能ではないが、騒音問題や設備への悪影響、および舞い上がった異物を吸引してしまう危険性が懸念されるため、後進にスラストリバーサーを使用することは日本では禁止されている。米国でもエンジンが胴体後方についている旅客機で認められているに過ぎない。そのため旅客機の後退はトーイング・トラクタという大型自動車と前輪などを金属棒で接続しプッシュバックすることで行われ、タキシングの方向にあわせて機首の方向を変えられる。また、着陸時の使用でもエンジン内への異物混入の原因となるので、積雪などの場合を除き約60ノット(100km/h程度)まで減速したら使用を停止し、その後は車輪ブレーキを用いて減速・停止する。
※この「逆推力装置」の解説は、「ジェットエンジン」の解説の一部です。
「逆推力装置」を含む「ジェットエンジン」の記事については、「ジェットエンジン」の概要を参照ください。
「逆推力装置」の例文・使い方・用例・文例
- ジェットエンジンの逆推力装置
- 逆推力装置のページへのリンク