第二次世界戦後
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1951年(昭和26年) - 早津江橋架橋(6月)。西鉄大川線が休止となる。 1952年(昭和27年) - 日田市(筑後川上流)からのイカダ流しが中止。 1953年(昭和28年)6月 - 昭和28年西日本水害で筑後川が大洪水。旧大川町一帯の全家屋が浸水。 1954年(昭和29年)4月1日 - 市町村合併促進法により、三潴郡大川町・川口村・大野島村・田口村・木室村・三又村の1町5村が対等合併し市制施行。大川市が発足。 1955年(昭和30年) - 大川橋が有料道路として開通。 1956年(昭和31年) - 佐賀線に東大川駅設置。 1961年(昭和36年) - 県道花宗新田線が開通。 1964年(昭和39年) - 大川橋取付道路(大川橋 - 中原 - 新茶屋間)が開通。 1966年(昭和41年) - 大川橋無料化。5月6日 - 西鉄大川線が正式に廃止となる。 1973年(昭和48年) - 新田大橋が架橋。これに伴い、学生専用の渡し舟「学友丸」が廃止となる。 1980年代~1990年代まで大川市民は知っている。サッカーの町でもあった。 1987年(昭和62年) - 国鉄佐賀線廃止。 1989年(平成元年)6月28日 - 三潴郡城島町と境界変更。 1990年(平成2年)10月 - 第45回国民体育大会「とびうめ国体」ソフトボール(少年男子・女子)が筑後川総合運動公園で行われる。 1992年(平成4年) - 天皇、皇后行幸啓。 1995年(平成7年)7月 - 宿泊研修施設「ふれあいの家」がオープン。 8月 - 市内の生活水路沿いに遊歩道「メロディロード」が完成する。 1996年(平成6年)4月 - 昇開橋が遊歩道として開通。 1998年(平成10年)12月18日 - 三潴郡城島町と境界変更。 1999年(平成11年)6月10日 - 三潴郡大木町と境界変更。 2000年(平成12年)3月10日 - 三潴郡大木町と境界変更。 2005年 (平成17年) 3月20日 - 福岡県西方沖地震で震度5強を観測。 2008年(平成20年)3月 - 有明海沿岸道路が開通。 2009年 (平成21年) - 防災行政無線(ふくおかコミュニティ無線)が整備。 2016年 (平成28年)4月16日- 熊本地震で震度5強を観測。 2019年 (平成31年/令和元年)4月1日-前日をもって大川市消防本部を廃止し、消防業務を久留米広域消防本部に統合。 ※参考文献『大川市史』
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