「市場は物理法則で動く」

Buchanan_Forecast.jpg 昨日「新自由主義の帰結」の感想を書いたが、これは学派の異なる経済学者からの主流派(新自由主義)経済学者への批判であった。
こうした経済学者の世界からは異端どころか異教に属すると思われるのが「経済物理学」というジャンル。
このジャンルは経済学者というより、物理学などを修めた学者が、その方法論を経済学に適用してみたらというもののようで、近年注目されているようだ。

マーク・ブキャナン「市場は物理法則で動く―経済学は物理学によってどう生まれ変わるのか?」はそうした経済物理学の紹介本。
書名は「市場は物理法則で動く」だけれど、これは過剰な喩え。
原題は"Forecast - What Physics, Meteorology, and the Natural Sciences Can Teach Us About Economics"である。直訳すれば「予測-物理学、気象学、自然科学が、経済学について教えられること」だろう。
物理法則を経済学に当てはめるわけでは、勿論、ない。

そうではなくて、物理法則、とりわけ気象学の分野での天気予報や乱流の挙動と経済現象の類似性を指摘して、物理学や気象学の方法論が経済予測にも有効ではないかという話である。
気象学が未だに集中豪雨などを予測できないように、その方法論を使っても経済現象が予測可能になるわけではない。これらは複雑系といわれる系である。
だから無意味というわけではなくて、予測できないという現実を見据えることが、経済学にも求められるというアタリマエの事実に対して経済学者はあまりに無自覚であるという指摘である。

著者は、気象現象と経済現象は見掛けの類似性だけでなく、ポジティブ・フィードバックなど、双方に共通のメカニズムが見られると分析し、現在のような取引方法を放置すれば、まちがいなく乱流が発生し、制御できなくなると結論づける。

私もその通りだと思う。リーマン・ショックにしろ、ブラック・マンデーにしろ、あの程度で終わったことのほうが奇跡的で、いつなんどき奈落に落ちてしまうか、カジノ資本主義が続く限りその危険は続くのだろう。市場にビルトインされた安定性というのは伝統的(均衡分析的)経済学者の幻想にすぎない。

ただし以前から、仮に平衡状態が存在するとしても、それが常に保たれている、あるいは外れても元に戻るとは限らないという立場、宇沢弘文をはじめ、動的分析が必要と主張してきた経済学者は少なくない。というか、経済学の限界を感じた良心的経済学者はそういう傾向にあるような気がする。(予測の失敗を環境条件に帰する学者と、経済学自体の欠陥に求める学者の違い。)


こういう内容だから、元物理屋や数学屋がウォール街で働いているというのとも微妙に立ち位置が違う。これらのアナリストは最新の数学を使った金融工学などを駆使するというもので、数学はツールとして使うものだけれど、この本で紹介されているのはツールとして使うというのとは違う(アナリストはできない予測をやる仕事、そのためにもっともらしいツールが必要)。

複雑系についてちゃんと理解しているわけではないが、単に複雑系であるというだけでは、現象を予測できるとは思えない。複雑系だということで、それで何か現象の原因や因果関係が解るわけでもないだろう。
その先に進むことが科学的態度だろう。

複雑系の挙動について知識・経験を積んだうえで、数学モデルの構築などで分析するのだろうか。


そうそう、著者は複雑系のことだけでなく、ホモ・エコノミクス(合理的経済人)についても批判している。本書で紹介されている次の話の再引用で済ませることにしよう。

雑誌「エコノミスト」の年間購読料が、Web版59ドル、Web版と印刷物の両方が125ドルのとき、学生の68%が、Web版を選択した。しかし、これに、印刷物のみ125ドルという選択肢を加えると、Web版を選択した学生は16%となった。




なんだか、随分辛口の批評をしたみたいだけれど、この本は、既製経済学がいかにダメなものかを厳しく糾弾している。
そして、私はその糾弾は正しいと思う。
良心のある経済学者が、私の批評のようなものではなくて、また環境条件で予測がはずれることもあるなどという無責任な言い逃れをせず、これにちゃんと応えていただきたい。

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