「資本主義の方程式」(その3)

小野善康「資本主義の方程式―経済停滞と格差拡大の謎を解く」の3回目。

614xxA_j61L_SL1200_.jpg 本書は最終章が「政策提言」となっている。基本方程式をベースに展開してきた理論に則って、成熟経済の社会で、デフレなどの問題を解決するにはということがメインである。

提言では、成長経済の場合、成熟経済の場合と分けて、それぞれに妥当な政策を提言している。
本の趣旨からすれば成熟経済の場合だけでも良いような気もするので、その部分を引用しよう。
 成熟経済の経済政策
 生産能力が経済活動を決める成長経済とは異なり、成熟経済では総需要が経済活動を決める。そのため、生産能力を高めることを目的としていた成長経済での経済政策は、成熟経済では、生産能力に対する総需要の不足幅を広げてデフレを悪化させ、経済活動を抑えてしまう。また、物価や賃金を早く引き下げて実質金融資産を増やす政策は、実質金融資産が増えでも消費を刺激せず、物価や賃金調整の迅速化がデフレを悪化させて、金融資産保有を有利に、消費を不利にするから、総需要不足をさらに広げてしまう。したがって、生産能力を高める勤勉や質素倹約、効率化、無駄の排除、働くインセンティブの促進や、賃金調整を早める労働市場の流動化などの、かつての高度成長を支えた政策は、かえって経済活動を抑えてしまう。
 成熟経済で契機を刺激するには、新たな需要を作り、デフレ・ギャップを減らしてデフレを緩和することにより、消費を促すことが必要になる。また、余った生産能力を政府が活用すれば、それが生み出す直接的な便益と、新たな需要創出による景気刺激という、2つのブラセ効果が生まれる。このとき、政府が生産能力をすでに民間で供給されている製品やサービスの生産拡大に使っても、人々のそれらに対する需要は今以上に増えないため、単に売れ残りが増えてしまうだけである。そのため政府は、民間製品の代替品の供給や民間の生産能力の増強ではない、新しい使い道を考える必要がある。
 生産能力が余っていれば、政府需要に関する無駄の意味も異なってくる。生産能力をフルに使っている成長経済では、限られた生産能力を民間と政府で取り合うことになるため、同じ生産能力を使うなら、政府需要は民間の生産物より必要なものに限らなければ、無駄が生まれる。ところが、生産能力が余っている成熟経済では、余った生産能力を使わずに放置することこそが、最大の無駄になる。それを使って少しでも役に立つ公共サービスを提供できるのであれば、何もしないよりよい。成熟経済において行うべき「何もしないよりよい使い方」を考え出すのは、成長経済で要請される「民間より有意義な使い方」を考え出すことより、はるかに容易であろう。
 このように、成熟経済での経済政策の考え方は、成長経済でのそれとは大きく異なっている。政府も国民もこのことを正しく認識し、生産能力拡大ではなく総需要増大の視点から、経済政策を再構築することが不可欠である。
 しかし政府は、成熟経済になっても高度成長期における成功体験をそのまま引きずり、1990年代以降の「失われた30年」においても、短期の財政出動と金融緩和、長期の生産側の構造改革と成長戦略という成長経済での政策を繰り返してきた。日本銀行も、カネの膨張が消費拡大に結びついた成長経済の頃の経験から抜け切れず、巨額の金融緩和を続けて大量の国債を買い上げるとともに、株価維持のためにETF(上場投資信託)を通して大量の株式を購入し、2020年の新規購入額は7兆円にもなっている。その結果、貨幣発行は巨額になり、国債も積み上がり、株価も上がりつづけているが、消費増大には結びつかず、貨幣、国債、株価の信用不安を生み出しかねない危険な状態になっている。

 はじめに
従来の経済学/資産選好/本書の目的
 
第1章 資本主義経済の変遷
人はなぜカネを持つのか/モノとカネの乖離/消費選好が支配する経済/資産選好が支配する経済/資産選好と日本経済/貯蓄は美徳か/資産選がもたらす資産バブル/資産選好と格差拡大/資本主義経済の変遷を説明する式
 
第2章 「モノの経済」から「カネの経済」 へ
 1 基本方程式
資産プレミアム/貯蓄の便益/利子率と流動性/貯蓄のコスト/政府需要と基本方程式/金融緩和と基本方程式
 2 成長経済の経済学
賃金物価調整と景気の維持/成長経済での景気低迷/供給の経済学/市場の欠陥の経済学/インフレ・ターゲット/企業金融の不完全性/不完全な家計金融/成長経済での景気刺激策
 3 成長経済から成熟経済へ
効かなくなった景気刺激/衰えない貯蓄意欲/生産能力の拡大と経済構造の変化
 4 資産選好とバブル
ファンダメンタルズとバブル/資産選好とバブル/デフレ不況下の資産高騰/国債とバブル/資金調達かギャンブルか
 
第3章 成熟経済の構造
 1 成熟経済の基本方程式
豊かな経済の資産選好/総需要が決める消費/新消費関数/総需要と消費の決定/旧ケインズ経済学の消費関数/総需要と所得の因果関係
 2 資産選好と財政金融政策
財政支出の拡大/消費税と景気/成熟経済の大増税/旧消費関数とばらまき政策//MMT理論/資産選好と赤字財政/金融緩和と投資/財政支出の目的/景気を刺激する財政支出
 3 経済活動を決めるもの
需給不均衡の経済学/需要の経済学と基本方程式/合成の誤謬/カネに囚われた政策論争
 4 その他の景気刺激策
投資の促進と市場調整の効率化/労働生産性と失業率/労働市場の効率化と総需要不足/新製品開発とカネの魅力/創造的破壊と景気循環境政策
 5 経済ショックと危機対応
2つの経済ショック/供給ショック/需要ショック/新型コロナウイルス感染症と景気対策/一律ばらまきより所得補償/パンデミックが作る新しい消費/災害と保険制度
 
第4章 格差拡大
成長経済での格差と道徳律/勤勉と質素倹約の弊害/金持ちになるほどカネが惜しい/自己責任ではない経済格差/経済格差と不況
 
第5章 国際競争と円高不況
 1 国際経済での不況
開放経済における国内総生産/成長経済での経済活動水準/開放経済での総需要不足/国際競争力と景気/対外資産/経常収支黒字と円高/金融緩和/為替レートの絶対水準と変化率/マンデル=フレミング・モデル
 2 海外経済の影響
海外特需と成熟経済/競合品の生産性競争/競合しない外国製品の生産性向上/経済援助は誰のため/環境問題をめぐる国際交渉
 
第6章 政策提言
 1 成長経済
勤勉と質素倹約/成長経済の経済政策
 2 成熟经济
資産選好と成熟経済/成熟経済の経済政策/成熟経済に必要な教育/経済成長無用論と消費の意味/失業放置の弊害
 3 格差拡大と再分配
格差拡大の必然性/再分配と経済活性化
 
おわりに
どうだろう。
常識的な景気浮揚策は、ほとんど無意味、国の借金を増やし、見かけは資産に回るものが増えるけれど、ひょっとしたらそれは不良資産になるかもしれないというおそろしい話に見える。

また、上の項に続けて教育のありかたにも言及がある。
 成熟経済に必要な教育
 生産能力が低い成長経済なら、人々は足りないモノがたくさんあるから、何に消費したいかを考えるのはたやすく、企業も何を作れば売れるかを考えるのは難しくない。このような経済に必要なのは生産能力の拡大であり、学校教育でも効率的な労働力を育てることが求められる。そのためには勤勉、倹約の精神を身につけさせるとともに、基礎学力の普及、標準的知識の蓄積が重要であり、標準的な答えの決まったテストでの競争も有効であった。
 ところが、消費が大きくなりすぎて、それ以上、総需要が伸びず、生産能力を使い切れなくなった成熟経済では、生産能力の一層の拡大ではなく、新たな消費を考えることが経済の活性化につながる。しかし、必要と思われるモノがそろっていれば、新たな消費を考えることは難しくなる。新たな消費創出の可能性があるのは、遊びや余暇の過ごし方に関連する分野、たとえば、美術や音楽などの芸術 歴史や文化の探究 スポーツ、観光などであろう。人々がこれらを堪能するには、訓練や情報収集が必要になる。それができれば、産業構造も 日常使うモノを作る製造業から、文化事業や運動施設のような創造的消費を対象とするものへと膨らんでいく。そのため学校教育でも、これらの基礎を学び、これらの消費の便益を享受できる能力を育てることが求められる。
 こう考えると、生産性だけを重視した理系偏重、文系不要論がいかに時代遅れであるかがわかる。また、理系の目的も生産能力の向上だけでなく、新しい面白いものを考え出す能力の育成が重要になり、基礎研究の重要性が増す。ところが、日本が豊かな成熟経済になっても、貧しい頃の成長経済での考え方から抜け切れず、経済の停滞は生産性が落ちたからだと思って、生産性向上のための教育がさらに強調されている。
 豊かな国になったからこそ、生産効率化ではなく、純粋な知的興味の探求、真理の探究を行う余裕が生まれ、それこそが新需要の創出にもつながって、経済を活性化させる。それなのに、生産能力が低かった頃に必要とされた画一教育を推し進めれば、人々の努力はかえって経済を停滞させる結果となってしまう。

ちょっと言いたいのは、「理系偏重、文系不要論」というのは最近のことではないだろうか。私の記憶では、会社などの組織では文系のほうが偉そうにしていて、理系は生産現場などで価値を生む仕事で文系に使われるという構図が多かったように思う。
特に、政府などは法学部卒が偉そうにしていて、理系で偉くなるのはめずらしかったのでは。

人事が偉そうにする組織はダメになる、という言葉を聞いたことがある。今の日本国政府は、高級官僚の人事を総理官邸が握っているそうだが、大丈夫だろうか。


ところで成熟経済における正しい景気浮揚策は、環境や防災などに金を使うことだという。
その理由は本書を読んでもらうこととして、この結論には賛同だ。

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