「戦争の地政学」(その2)
篠田英朗「戦争の地政学」の2回目。
地政学には2つの系統―英米系地政学と大陸系地政学があるという。
この2つは着眼点が異なるわけだが、それはそれぞれが拠って立つ世界観の違いであるという。
本書ではそれぞれの考え方の「歴史」を丁寧に解説しているけれど、それを紹介するのは煩雑なので、簡単にそれぞれの基本発想だけ紹介しておこう。
英米系地政学は、世界の勢力をシーパワーとランドパワーのせめぎ合いでとらえる。ランドパワーが働く場所がハートランドであり、それをとりまく地域をリムランドと称する。
領域的な支配であるランドパワーに対し、ネットワークでランドパワーを抑えるシーパワーである。
本書では、司馬遼太郎「坂の上の雲」にも言及のあったマハン『海上権力史論』をさきがけとする英米系地政学の歴史が紹介される。
ただし、歴史を追って次第に精緻化されるというような学問のようなものとはやはり違い、シーパワーとランドパワーの対立を基本視点として共有しても、さまざまな解釈が行われてきたように見える。
対して大陸系地政学は、世界をヨーロッパ(ドイツ)、ロシア、アメリカなどと勢力圏に分けて考える発想のようだ。
ただ、こちらはナチズムとの関連が強く、ある意味不幸な批判も受けることになる。
日本国は、大陸侵攻以前はシーパワーのネットワークにある国と位置付けることができ、日英同盟もそうした地政学的意味をもったものと理解される。ただしそれはイギリスでの理解であって、日本側が地政学を意識したかどうかはあやしいという。
それが日本が大陸侵攻をすすめることで、ランドパワーへと変身する。日英同盟が更新されなかったのもそうした日本をランドパワーを封じ込めるシーパワーネットワークではなく、ランドパワーへと変わったという評価があったという。
その時期、日本国内では大陸系地政学が主導的な世界観へとなり、ナチズムと同盟していくのである。
そうした経緯もあってか、戦後の日本では、岡崎久彦「戦略的思考とは何か」がアングロサクソンとの協調を重視する考え方が強いようだ。
と2つの地政学を紹介してきたけれど、著者はこれらは世界観の違いであって、どちらが正しいというようなものではないとする。
やはり地政学は一つの学とかではなくて、世界観のフィールドという感じである。
統一された理論ではないけれど、そこでどんなゲームが行われるのか、その面白さかもしれない。
地政学には2つの系統―英米系地政学と大陸系地政学があるという。
この2つは着眼点が異なるわけだが、それはそれぞれが拠って立つ世界観の違いであるという。
本書ではそれぞれの考え方の「歴史」を丁寧に解説しているけれど、それを紹介するのは煩雑なので、簡単にそれぞれの基本発想だけ紹介しておこう。
英米系地政学は、世界の勢力をシーパワーとランドパワーのせめぎ合いでとらえる。ランドパワーが働く場所がハートランドであり、それをとりまく地域をリムランドと称する。
領域的な支配であるランドパワーに対し、ネットワークでランドパワーを抑えるシーパワーである。
本書では、司馬遼太郎「坂の上の雲」にも言及のあったマハン『海上権力史論』をさきがけとする英米系地政学の歴史が紹介される。
ただし、歴史を追って次第に精緻化されるというような学問のようなものとはやはり違い、シーパワーとランドパワーの対立を基本視点として共有しても、さまざまな解釈が行われてきたように見える。
はじめに 地政学の視点と激変する世界情勢 | |
第1部 地政学とは何か | |
第1章 英米系地政学と大陸系地政学の対峙 | |
第2章 地政学理論の対立の構図 ~マッキンダーとハウスホーファー~ | |
第3章 対立する地政学理論の展開 ~スパイクマンとシュミット~ | |
第2部 地政学から見た戦争の歴史 | |
第4章 ヨーロッパにおける戦争の歴史 | |
第5章 地政学から見た20世紀の冷戦 | |
第6章 冷戦終焉後の世界と ロシア・ウクライナ戦争 | |
第3部 地政学から見た日本の戦争 | |
第7章 英米系地政学から見た戦前の日本 | |
第8章 大陸系地政学から見た戦中の日本 | |
第9章 戦後日本の密教としての地政学 | |
第4部 地政学から見た現代世界の戦争 | |
第10章 現代世界の武力紛争の全体構図 | |
第11章 世界各地域の戦争の構図 | |
第12章 自由で開かれたインド太平洋と一帯一路 | |
おわりに 地政学という紛争分析の視点 |
ただ、こちらはナチズムとの関連が強く、ある意味不幸な批判も受けることになる。
日本国は、大陸侵攻以前はシーパワーのネットワークにある国と位置付けることができ、日英同盟もそうした地政学的意味をもったものと理解される。ただしそれはイギリスでの理解であって、日本側が地政学を意識したかどうかはあやしいという。
それが日本が大陸侵攻をすすめることで、ランドパワーへと変身する。日英同盟が更新されなかったのもそうした日本をランドパワーを封じ込めるシーパワーネットワークではなく、ランドパワーへと変わったという評価があったという。
その時期、日本国内では大陸系地政学が主導的な世界観へとなり、ナチズムと同盟していくのである。
日本における大陸系地政学の到来
国内で統帥権干犯を唱え、ワシントン海軍軍縮条約、不戦条約、ロンドン海軍軍縮条約を通じた政府の一連の対米協調路線を批判し続けた勢力は、マッキンダー理論ではない地政学理論を自然に欲していた。すでに1920年代にチェーレンの著作が翻訳され、その大陸系地政学の理論が「ゲオポリティーク」として日本で紹介され始めていた。
学術研究の領域で、小川琢治や飯本信之らが、有機的国家論を、世界的規模での白人と有色人種の間の対立に結び付けて理解する議論を展開する際に、「ゲオポリティーク」への関心を強めた。その関心は、小牧実繁や村上次男ら京都帝国大学の皇道主義的な地政学研究者へと受け継がれていく。
軍部とも通じ、しかも多作だった小牧は、『日本地政学宣言』(1940年)、『日本地政学』(1942年)、『世界新秩序建設と地政学』(1944年)などの著作や、「大東亜の地政学的概観」(1942年)、「皇国日本の地政学」(1942年)、「カール・ハウスホーファー論」(1943年)、「大東亜結集の本義」(1944年)などの論文で、「皇戦地誌」の議論を展開し、啓発・啓蒙運動家としても、大きな影響力を持った。小牧は、終戦とともに京都帝国大学を辞職したが、GHQによって公職追放対象に指定され、地政学が日本で禁止された、という印象を広めるのにも一役買った。
国内で統帥権干犯を唱え、ワシントン海軍軍縮条約、不戦条約、ロンドン海軍軍縮条約を通じた政府の一連の対米協調路線を批判し続けた勢力は、マッキンダー理論ではない地政学理論を自然に欲していた。すでに1920年代にチェーレンの著作が翻訳され、その大陸系地政学の理論が「ゲオポリティーク」として日本で紹介され始めていた。
学術研究の領域で、小川琢治や飯本信之らが、有機的国家論を、世界的規模での白人と有色人種の間の対立に結び付けて理解する議論を展開する際に、「ゲオポリティーク」への関心を強めた。その関心は、小牧実繁や村上次男ら京都帝国大学の皇道主義的な地政学研究者へと受け継がれていく。
軍部とも通じ、しかも多作だった小牧は、『日本地政学宣言』(1940年)、『日本地政学』(1942年)、『世界新秩序建設と地政学』(1944年)などの著作や、「大東亜の地政学的概観」(1942年)、「皇国日本の地政学」(1942年)、「カール・ハウスホーファー論」(1943年)、「大東亜結集の本義」(1944年)などの論文で、「皇戦地誌」の議論を展開し、啓発・啓蒙運動家としても、大きな影響力を持った。小牧は、終戦とともに京都帝国大学を辞職したが、GHQによって公職追放対象に指定され、地政学が日本で禁止された、という印象を広めるのにも一役買った。
そうした経緯もあってか、戦後の日本では、岡崎久彦「戦略的思考とは何か」がアングロサクソンとの協調を重視する考え方が強いようだ。
この本は随分前に上司から読んでおけと言われて読んだ。そのときは戦略的思考というのはstrategicということかと思って読み始めたのだけれど、内容は今思えばまさに地政学的なものだった。正直言って、何かの陰謀論に類するものではないかという感想を持ったけれど。
と2つの地政学を紹介してきたけれど、著者はこれらは世界観の違いであって、どちらが正しいというようなものではないとする。
地政学をめぐる葛藤は、むしろ人間たちはこの世界をどう見るかという世界観のレベルにおける人間の闘争を映し出している。地政学をめぐる争いは、人間の世界観をめぐる争いである。
このような率直な思いから執筆したのが、本書である。この問題意識をはっきりさせるため、英米系地政学と大陸系地政学という全く異なる世界観の上に成立している二つの異地政学の間の葛藤に焦点をあてることにした。地政学をめぐる議論の中で露呈している人間の世界観をめぐる闘争を把握することこそが、 現代世界の紛争の状況を構造的に理解するための鍵になる。という視点を強調することにした。
地政学の視点が明らかにする国際紛争の構図は、どのようなものか、という問いに対して、二つの美なる地政学の世界観がせめぎあう構図だ、という一つの答えを示した。
二つの異なる地政学は、異なる世界観を持つ人間たちこそが、争いを起こしている様子を描き出す。地政学は、共通の世界観を持つ人々が、単なる利益計算にしたがってのみ争っているような世界だけを描写しているのではない。むしろ根本的に異なる世界観を持つ人々が、世界観をめぐるレベルにおいてこそ争っている様子を、明らかにするのである。
地政学とは 運命論的な性格を持っているという。地理的条件などの人間にとっては外在的な要素が、人間の運命を決定しているかのように考えるからだ。これは英米系地政学にも、大陸系地政学にも、あてはまる。ただ、異なる世界観を持つ人々は、異なる運命を見出す。同じ一つの世界を見て、運命に翻弄されている同じ人間たちを見ながら、その人間を翻弄している運命を異なる様子で描写していくのである。
このような率直な思いから執筆したのが、本書である。この問題意識をはっきりさせるため、英米系地政学と大陸系地政学という全く異なる世界観の上に成立している二つの異地政学の間の葛藤に焦点をあてることにした。地政学をめぐる議論の中で露呈している人間の世界観をめぐる闘争を把握することこそが、 現代世界の紛争の状況を構造的に理解するための鍵になる。という視点を強調することにした。
地政学の視点が明らかにする国際紛争の構図は、どのようなものか、という問いに対して、二つの美なる地政学の世界観がせめぎあう構図だ、という一つの答えを示した。
二つの異なる地政学は、異なる世界観を持つ人間たちこそが、争いを起こしている様子を描き出す。地政学は、共通の世界観を持つ人々が、単なる利益計算にしたがってのみ争っているような世界だけを描写しているのではない。むしろ根本的に異なる世界観を持つ人々が、世界観をめぐるレベルにおいてこそ争っている様子を、明らかにするのである。
地政学とは 運命論的な性格を持っているという。地理的条件などの人間にとっては外在的な要素が、人間の運命を決定しているかのように考えるからだ。これは英米系地政学にも、大陸系地政学にも、あてはまる。ただ、異なる世界観を持つ人々は、異なる運命を見出す。同じ一つの世界を見て、運命に翻弄されている同じ人間たちを見ながら、その人間を翻弄している運命を異なる様子で描写していくのである。
やはり地政学は一つの学とかではなくて、世界観のフィールドという感じである。
統一された理論ではないけれど、そこでどんなゲームが行われるのか、その面白さかもしれない。