テレビドラマ「西部警察2003」の撮影中に、俳優の運転する車が見学者に突っ込み、5人に重軽傷を負わせた事故のニュースがこの2、3日テレビを賑わしているが、他局に失策があると鬼の首を取ったように騒ぎ立てる2つの放送局(言うまでもないが読売資本と産経資本)のニュースを見ていて、一人のクルマ好きとして、もの凄く不愉快になった。
「ためにする報道」って言葉がある。事実関係を事実のまま伝えるのではなく、一定の方向に世論を誘導するような意図をもって、内容にバイアスをかけた報道のことを指して言うのだが、今回の事故で大はしゃぎした2社のニュース(ワイドショーではなく、れっきとしたニュース番組だ)からは、そのニオイがぷんぷん臭って来たのだ。
ありていに言って、初めに結論ありき。要するに「安全への配慮を全く欠いたまま『無謀な』アクションシーンの撮影を強行したために事故が起きた」っていうシナリオがあって、その筋書きに合う部分だけを意図的に強調して見せている。
車が好きで運転が好き(得意かどうかはともかく)な者が見れば、大体どういう状況で事故に至ったのか判るし、そこから一般的な教訓や注意喚起をすることだって可能なはずなのに、それをする代わりにしたり顔で「いやですねーこわいですねーひどいですねー」の三連呼しかしないニュース番組なんて、不快以外の何者でもない。
繰り返し繰り返し見せてくださった事故の映像と、会見で明らかにされたバックグラウンドから見えてくる事故の実像は、こんな感じじゃないだろうか。
・撮影していたのは、自動車用品店のサービスピットに停まっている2台のTVRが事件現場(?)に急行すべく発進するシーン。
・事故を起こしたのは後ろを走るTVRタスカンで、運転していたのは免許取得からほぼ2年半の、新人俳優。
・TVRタスカンは3.6リッター、約350馬力の最高出力を誇る軽量な後輪駆動スポーツカーで、手動変速装置を備える。
・TVRタスカンには、ABSやTCSなどの電子制御の運転補助デバイスは搭載されていない。
・事故車両を運転した俳優は、このシーンのリハーサルは行っていないが、少なくとも前日まである程度、タスカンの運転に習熟するための練習はしているらしい。
・このシーンでは、ピットを出た車は駐車場内のレーンに沿って約15メーター直進したあと右に曲がる。
・先行したTVRタモーラは問題なく予定通りの走行ルートを通過したが、タスカンは事故を起こした。
次に映像からなにが推測できるかをまとめてみると、
・事故車両は発進直後から後輪を空転させている。この時点でハンドルは中立よりやや右に向いているように見える。
・事故車両は発進直後から後輪が進行方向左に向けてスライドしており、運転者が左に修正舵を当てている。
・その後、事故車の鼻先は本来向かおうとしていた左に緩やか~に転進し始めるが駆動輪の空転は続いており、運転者がアクセルをほとんど戻していないことが伺われる。
・事故車両は、駐車区画に停車している青のスカイラインに向かって斜めに進み始める。前輪に与えられた左の舵角は、進行方向よりもかなり深く切り込まれている。
・事故車両の運転者は、駐車車両に接触する前に、ステアリングをさらに左に切っている。この時点ではアクセルを緩めるか、完全に閉じているものと推測される。
・運転者がステアリングを左に切り増し、アクセルを閉じたことに加え車体右側を駐車車両に接触させたため事故車両の進行方向は観客に正対する形になった。
・事故車両はブレーキによる減速をほとんど行わないまま観客に突入した。急ブレーキを踏めばフロント側が沈むはずだが、そうした挙動は映像からは確認できない。
・観客に突入した際の速度が比較的低い(ように見える)のは、ギアを1速に固定したままアクセルを閉じたため、エンジンブレーキが強力に掛かって減速したためと思われる。
ウダウダ書き連ねてきたが、この状況から判るのは大パワーの後輪駆動MT車に不慣れな初心者ドライバーが、いきなりのテールスライドでパニック状態に陥り、進行方向に現れた駐車中のスカイラインを避けようとしてブレーキを踏む代わりに観客のいる側にハンドルを切ったせいで事故になった、と言う図式じゃないのだろうか。
発進時にアクセルを開けすぎているのは、マニュアル車の運転に不慣れでエンストを避けようとして回転を上げすぎていたせいだろう(訂正。後日、本人の口からかっこいいシーンにするため意図して回転を上げていたとの発言があった)。
ニュースでは、発進から事故まで7秒と報じているが、あの状況で7秒もあれば、人垣に突っ込むなんて言う最悪の事態を避けるチャンスは少なくとも2回あった。
リアが滑って車が予定進路より右に向いた時点で停止させようとしていれば、あるいはスカイラインが衝突コースに現れたとき、あえてTボーン衝突するように(つまり客を避ける右側に)ハンドルを切っていればあそこまでのことにはならずに済んだはずだと思う。
テレビ各社のうちフジテレビ系は事故発生当初から(つまり事実関係が明確でないうちから)制作会社の安全管理に問題があったに違いない、人と車が近すぎる、危険性を軽視しすぎだったというニュアンスを強調しつづけてきたが、ごく普通に考えて「駐車車両を発進させるだけ」のシーンに、一体どれだけの危険性があると事前に予測するだろう。まして、観客に突っ込んでいくなどと。
柵やロープで規制してなかったとかしたり顔のコメントを幾度も見たが、それがあれば車を阻止できたとでも言いたいんだろうか。
観客と車が近すぎたと言うが、発進した車が(予定通りなら)観客の前を横切っていくだけなのに、10メーターも20メーターも走路と観客を引き離さないと危険だったんだろうか?
記者もキャスターもニュースデスクも、おかしいこと言ってるなとチラリとでも思わないのだろうか。
撮影中に事故を起こしたこと、しかも関係者外に怪我を負わせたことについては微塵も弁護の余地はないが、的外れの批判(僕に言わせれば、そういうのは「言いがかり」である)に肩入れすることはできないし、そんな姿勢でニュースを流した局の「報道」なんぞ、これっぽっちも信頼できない。
大体、タスカンがAT車だとかABSが利いてないとか、スポーツカーは小回りが利かないとか、よくまあそんな出鱈目をニュースで流せるもんだ。
この図式、どっかで見たと思ったら、ペルー日本大使公邸人質事件でテレビ朝日系列の記者が公邸に入って取材したときの反応にそっくりなんだ。
あの時も読売資本と産経資本はヒステリー起こしたように騒ぎ立てたんだっけ。
Posted at 2003/08/14 16:43:34 | |
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