court:裁判官弾劾裁判の傍聴
70年余りの歴史でわずか10件しか事件を処理せず、前回の事件からもう10年ぶりという裁判官弾劾裁判が開かれているので、傍聴希望を出してみた。
すると、
このたびは罷免訴追事件(令和3年(訴)第1号第3回公判 令和5年2月8日
午後2時00分開廷)の傍聴に御応募いただきまして、ありがとうございました。
厳正な抽せんの結果、当せんされましたので、お知らせいたします。
当せん番号は3です(この番号は傍聴券番号ではありません。)。
第3回公判期日当日(令和5年2月8日)、午後零時45分から同1時00分(
時間厳守)までの間に、参議院第二別館東門までおいでください。
時刻に遅れると当せんが無効になります。
とのメールが来た。
喜び勇んで、最高裁の近くにある参議院第二別館東門に行ってみた。地下鉄出口は東門のすくそばにあるのに、なぜか遠い出口で出てしまったので到着したのは既に12時50分くらい、既に10人以上の先客があり、私の傍聴券番号は12番となった。
それから金属探知ゲートなどないので手持ちの金属探知器を使ったすごーく念入りなボディチェックを受けた。左腕が今持ち上げると痛いのだが、それでも許してはくれなかった。
荷物を筆記用具、メモ、携帯電話、貴重品などを除いて預けると、9階にエレベータで上り、すぐに法廷へ。番号で指定された席に着くと、傍聴人の心得みたいなのを説明されて、それから同じ階の傍聴人控室が開放されたので、そちらに移って待機。そこではスマホも使える。
案内してくれた廷吏の女性は、割とフレンドリーで、質問しても答えてくれる。第一回は10倍を超える競争率だったのが、第三回の今回は4倍超の競争率で抽選が実施されたのだという。初めて申し込んですぐ当選したので、実はそれほど倍率は高くないのかと思っていたが、単純に運が良かったらしい。
開廷20分前くらいに傍聴席に戻らされ、それからメディアが入廷、その中には個人のフリージャーナリスト浅野健一さんもいた。
それから弁護人が入廷。全員ではないが、伊藤真弁護士と小倉秀夫弁護士が並んでいる。
そして訴追委員会の委員が5名入廷した。顔で分かる人としては柴山昌彦委員がいる。その後ろには、陪席者が数名いたが、これは秘書だろうか、それとも弁護士などの法律専門職が補助者に付いているのであろうか? 時折メモを出したり訴追委員とのやり取りがある。
メディアの写真撮影が2分間。その間に裁判員が入廷し、我々は起立して迎えた。
その後で、本日の主役岡口判事が、大賀弁護士など数人の弁護人とともに入廷した。
かくして開廷。開廷後はまず、裁判員の交代に伴う更新手続、前回の求釈明とその回答について書面があるので省略、そして訴追委員側からの書証提出と弁護人側からの不同意ないし異議が述べられ、それぞれその趣旨を述べた。
そもそもこの岡口判事の弾劾裁判は、罷免事由とされている13件のSNS書込みのうち、女子高生被害者の描写が問題となった書込みと犬置き去り書込みは3年を経過して訴追されていて、裁判官弾劾法12条の訴追期間が経過している。訴追の対象となった書込みは、3年以内のものに限ると、そのあとに厳重注意されたり訴追委員会からの事情聴取を受けたりなどの後に岡口さんが行なった書込みのみなのだが、訴追委員会側は一連の書込みを全体として一個の行為と捉えて、訴追期間が経過していないと主張している。
このような、3年以上前の書込みも含めた全体を一個の行為とするという理解が妥当なのかどうかは、証拠の採否の問題に直結すると思うのだが、その点をはっきり裁定することなく審理が進んでいるようなので、証拠請求に異議を言っても留保されたまま、審理に使われていく。
その後、訴追請求をした女子高生遺族の代理人が、代理人自身として証人に立ち、岡口判事と遺族、代理人とのやり取りや東京高裁を通じたやり取りがどのような経過のものだったのか、遺族とその代理人との間での相談とアドバイスの内容について証言があった。なんとなくワークプロダクトそのものの感じの内容だが、遺族が同意すれば証言拒絶する必要もないのであろう。
注目だったのは、遺族から最初に相談を受けた時に、岡口さんに損害賠償請求訴訟を起こせないかと問われて、代理人の先生はそれには否定的だったということと、その後に何度か、遺族がもうクレームを付けるのは止める、埒が明かないし、問題を長引かせるばかりと代理人に意思表明したにもかかわらず、その後の岡口さんの書き込みを見て再びクレームを付けるに至ったという経緯があり、あるいは分限裁判で戒告となった後にさらに書込みをしたのに対して東京高裁にクレームを付けたところ、こちらではもうやるべきことはやったのでこれ以上は何もできないという返事だったこと、その後代理人に損害賠償請求を相談したらお勧めしないと言われ、遺族が自ら弾劾訴追請求に至ったことなどが明らかにされたことだ。
弁護人の反対尋問では、遺族の提起した岡口さんへの民事訴訟がどのような判決に至ったのか、刑事訴追はしなかったのかなどが問われ、洗脳書込みだけは不法行為の成立が認められたこと、女子高生被害の判決文へのリンク書込みは裁判官としての公法上の義務には違反するが不法行為は構成しないこと、刑事訴追はしていないことなどが明らかにされた。
傍聴記は以上。
最後に、この弾劾裁判は、これまでの明白な犯罪行為が対象であった先例と異なり、刑事犯罪には該当しない行為を捉えて弾劾の訴追がされたという点で、極めてユニークである。
昭和の弾劾訴追事件は、無断欠勤や商取引介入、捜査情報漏えい、刑事手続の濫用、当事者からの酒食饗応、ニセ電話、ゴルフ収賄といった内容であり、無断欠勤や商取引介入の件と捜査情報漏えいの件だけが不罷免、後は罷免となっている。
また平成の弾劾訴追事件は、全部シモネタ系で、児童買春、ストーカー、スカート内盗撮であり、ほとんど審理の必要もない事件であった。
このことは、審理期間にも現れており、罷免となった事件のうち半年を超える審理期間を要したのは刑事手続濫用の件とゴルフ収賄の件のみであり、半年以内、短いものでは1ヶ月で罷免の裁判が出ている。それくらい明々白々な事例である。
それに対して岡口事件は、あくまでSNS上の書込みであり、職務に関係する内容でもなく、プライベートな表現行為が弾劾の対象とされている。そして、SNSのトラブルでよくある二大テーマの誹謗中傷・名誉毀損・プライバシー侵害と著作権等知財侵害のいずれにも直接は該当しない。公表された判決を紹介したり、報道された事件を紹介したに過ぎない。ただ、不幸なことにその事件関係者にとっては感情を刺激されることではあるし、しかもそれを裁判官が行なったということで余計に反発を招いた。
それでも、それが「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」に該当するかどうかの解釈論としては、当事者が反発したというだけでは十分でなく、その行為が裁判官の地位と職務遂行にふさわしくないと言えるほどに重大なものでなけけばならない。このように厳密に解すべき理由は、訴追委員会も弾劾裁判所もともに立法府にあり、弾劾法の規定を拡大して適用すれば裁判官の言動を理由に訴追したり罷免したりすることが簡単にできてしまうようになり、日本国憲法が前提とする三権分立を空洞化することにつながるからである。
そして、裁判官が自己の関与していない事件の結論や判決理由について、意見をいい、場合により当事者の一方の言い分に対して否定的な評価を明らかにするということは、法律事件についての専門家としての意見を言うのであれば当然のことでもあるし、また裁判制度への国民の理解を得るためという啓発目的でも、有り得べきことである。そのような真面目かつ職務関連的な場合だけでなく、一市民として裁判の内容について意見を言うこともまた取り立てておかしな事ではない。同僚のした裁判に異を唱えたり賛同したりすることはあり得る。そのいずれの場合も、当事者の少なくとも一方の言い分はネガティブに評価されるのであるが、それを目的にした言動ではなく、あくまで訴訟という形で公共の場に出てきた法律問題について市民としての意見を述べたに過ぎない。
訴追状では岡口さんの一連の書込みが「刑事事件の被害者道族の感情を傷つけるとともに侮厚し」とか、「裁判を受ける権利を保障された私人である訴訟当事者による民事訴訟提起行為を一方的に不当とする認識ないし評価を示すとともに、当該訴訟当事者本人の社会的評価を不当におとしめた」と評価するのであるが、女子高生殺害事件の冒頭の判決紹介文自体はあくまで判決文紹介であるし、その後の言動は抗議を受けた当事者の一方としての発言であるから、行き過ぎた表現はあれども、基本的に正当な反論である。捨て犬事件についてもニュース記事への誘導のために一定の見方を提示して、さあどうなったか、という問いかけをしたものに過ぎず、捨て犬返還請求原告に対するネガティブな評価を示したということもできない。
刑事犯罪としては問題にならず、民事責任としても成立するかどうかが微妙な岡口さんの書込みについて、「裁判官としての威信を著しく失う」と評価するのであれば、SNSにおいて具体的な事件についての法的議論をすることはもうできないということになりかねない。それは、ただでさえ意見を言うことに萎縮しがちな裁判官にとって、過度の規制となって働くであろう。
訴追委員会は残念ながら、こうした慎重姿勢を執らなかったわけだが、弾劾裁判所の議員先生たちは、ぜひとも、今回の件で罷免することが前例に比較して著しく均衡を失している上、その弊害が大きいと思われる点を考慮して慎重に判断してもらいたいところである。
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コメント
町村先生、弾劾裁判の傍聴にいらっしゃったのですね。
詳細かつ正確な傍聴記をありがとうございます。
投稿: がおお | 2023/02/10 17:57