court:法廷通訳の減少
法廷通訳が減っている一方で、外国人を被告人とする刑事裁判は増加を続けており、適切な通訳に事欠いたまま裁判が行われている。
朝日新聞の上記記事によれば、
外国人が起訴される刑事事件も増えている。一審で通訳が付いた被告は13年に2272人だったが、18年は3757人になった。
一方、全国の裁判所には20言語以上に対応する通訳が登録されているものの、人数は下降傾向で、13年の3965人(4月1日現在)から、19年は3586人(同)まで減った。
問題点は2つある。とてもシンプルなことだ。
一つは、司法通訳の養成過程が不十分であって、適切な通訳を行う人材が不足していることである。もちろん英語とか中国語、韓国語、そしてスペイン語くらいまではメジャーな言語であって通訳はたくさんいるが、法廷通訳という特殊技能を身に着けている人はほとんどいないと言っても過言ではなかろう。
ほとんどいないと断じるのは法律体系の違いと用語の対応関係の正確さというレベルの問題と、それを被告人となる一般の人に分かりやすく伝えるという技能との両方が要求されるからである。
まず前者の要求は、それ自体、独、仏、そしてアメリカくらいが学術レベルで高度に蓄積があるだろうし、逆に実務的にはアメリカ、韓国、そして中国くらいが十分な理解の可能な下地があろうと思われる。それ以外の言語は、メジャーな言語であっても、ましてやマイナーな言語であれば、そもそも法律の理解が相互に覚束ない。
後者の要求は一般の通訳のレベルではできることだが、法廷通訳は法律概念の正確性を犠牲にせずに分かりやすく伝えることが求められるので、困難を極める。日本語の中でだって困難な課題であることは、日々一般人を相手にする弁護士さんなら身にしみているだろうし、裁判員裁判を経験されてようやく裁判官もおわかりになったことだろう。
もう一つは、法廷通訳の待遇が悪いという点で、これは記事の中でも一般社団法人「日本司法通訳士連合会」の天海浪漫(ろまん)・代表理事が指摘することの一つで、次のようにも書かれている。
報酬は事件ごとに裁判所が決め、1回の公判で数万円が相場とされる。しかし、事前の準備で起訴状や判決文を翻訳する作業は対象外で「割に合わない」という声もある。
上記の法廷通訳養成過程の整備とともに、司法予算が乏しいのが諸悪の根源である。
司法予算の乏しさは、しばしば法律扶助の乏しさに関係して取り上げられるが、裁判所の所管する予算の国家予算に占める割合は2018年度でわずかに0.329%であり、割合として減る傾向にある。
仕事の割り振りとしては、司法委員や調停委員のような非常勤公務員として常時リスト化され、有給で研修を継続的に実施されること、その上で配点は機械的に行い、常時二人体制とすることが必要である。二人の通訳担当者が、通訳とそのチェックとをリアルタイムで交代で行うのである。
上記のような、訴訟記録の翻訳も、もちろん適正な報酬を与えるべきである。
さらに、通訳の養成課程は、一方ではマイナー言語について対応できるように複数言語が習得できること、他方では法律概念の相互理解と素人向けの説明能力の養成が必要である。
そこにも、司法予算が注ぎ込まれるべきことはいうまでもあるまい。
上記の記事に出ているような青学と東京外大のコラボが、他の地域にも広がってほしいし、そうしたコースを維持するところに補助金が必要であるほか、法廷通訳の待遇の目に見える改善があってはじめて、法廷通訳のなり手も、そしてその志望者も、膨らんでいく。
そうでないと、また外国から日本の刑事司法は中世レベルだと言われてしまう。実際、まともな通訳がつかないまま言葉のわからない外国で刑事裁判を受けるなんて、カフカの審判とどっこいどっこいの悪夢であろう。
なお、司法通訳の問題は、刑事だけでなく、民事司法についても課題である。法廷通訳はともかくとして、十分な法律知識をもって外国語と日本語との翻訳作業をこなせる信頼性の高い人材は、民間法務にも、それから司法の国際化を進めなければならない仲裁業界にとっても、裁判例の国際的な発信をすすめるべき裁判所にとっても、必要であるのだ。
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