jugement:羊水検査結果の見落としによりダウン症児が生まれた際の賠償責任
本件は,被告法人が開設する診療所において被告αによる羊水検査を受けた原告β及びその夫である原告γが,その検査結果報告に誤りがあったために原告βは中絶の機会を奪われてダウン症児を出産し,同児は出生後短期間のうちにダウン症に伴う様々な疾患を原因として死亡するに至ったと主張して,被告らに対し,不法行為ないし診療契約の債務不履行に基づき,それぞれ損害賠償金の一部である500万円及びこれに対する不法行為の日である平成23年5月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。
この判決では、羊水検査の結果が明らかにダウン症の可能性を示していたのに、被告医師がこれを見落として陰性であると説明し、出産に至ったというもので、過失は重大だと指摘されている。
しかしながら、ダウン症の可能性が高いとの告知がなされても直ちに妊娠中絶を選択したかどうかは必ずしも明らかでないとし、過失との出産との因果関係を否定し、また出産後に子供がダウン症関連の疾病で亡くなったことやその病気と上記の過失の因果関係も否定した。
その上で、以下のような損害については賠償責任を認めた。
原告らの選択や準備の機会を奪われたことなどによる慰謝料 それぞれ500万円原告らは,生まれてくる子どもに先天性異常があるかどうかを調べることを主目的として羊水検査を受けたのであり,子どもの両親である原告らにとって,生まれてくる子どもが健常児であるかどうかは,今後の家族設計をする上で最大の関心事である。また,被告らが,羊水検査の結果を正確に告知していれば,原告らは,中絶を選択するか,又は中絶しないことを選択した場合には,先天性異常を有する子どもの出生に対する心の準備やその養育環境の準備などもできたはずである。原告らは,被告αの羊水検査結果の誤報告により,このような機会を奪われたといえる。
原告らは,被告αの診断により一度は胎児に先天性異常がないものと信じていたところ,δの出生直後に初めてδがダウン症児であることを知ったばかりか,重篤な症状に苦しみ短期間のうちに死亡する姿を目の当たりにしたのであり,原告らが受けた精神的衝撃は非常に大きなものであったと考えられる。
このように選択の機会や心の準備期間を奪われたことにより増大した精神的苦痛について、金銭的にはそれぞれ500万円として、合計1000万円の賠償を医師らに命じたのであった。
このケースは、障害を持って生まれてきた子ども自身が原告となったケースとは異なり、子供は既に死亡しており、親の精神的苦痛に限定した賠償を認めたので、法的構成としては真っ当といえる。
また、因果関係がないにもかかわらず期待権喪失という形で慰謝料を認めたケースとも異なり、誤った診断により精神的苦痛が増大したという関係はあまり無理なく認められるので、この点でも落ち着きが良い。
以上は法的構成の話であって、事件として落ち着きのよい話というわけではもちろんない。
落ち着かなさは、生まれてきた子どものこともあるが、医療や科学技術の進歩により昔は知り得なかった事実を知ってしまったことによる悩ましさに起因するものだと思う。
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コメント
この判決のうち、人工妊娠中絶を選択することもできたのにその選択する機会が奪われたというところには、若干の違和感があります。
判決も触れているように、胎児の異常を原因とする人工妊娠中絶は、母体保護法の要件を弾力的に解することで事実上行われていることであって、胎児の異常を正面から理由とした人工妊娠中絶は法律上認められないはずですからして。
にもかかわらず、選択の機会を法律上保護される利益として認めてしまうことには、どうも・・・。
投稿: えだ | 2014/06/13 08:27