arret:信義則新判例
事案は、簡易保険金の不正取得と、それに郵便局員が手を貸したというものである。
本来の受取人は、ます郵政公社に支払を求めたが、不正取得をした人への支払を有効な弁済と見るべきだとして、支払いを拒絶した。
そこで、本来の受取人が不正取得した者と、それに手を貸した郵便局員に対して、損害賠償を請求した。
不正取得者と郵便局員は、保険金支払を担当した当の郵便局員に過失があるので、郵政公社の支払義務は消滅しておらず、従って損害は発生していないと主張した。控訴審はこの主張を認めたのである。
これに対して最高裁の鉄槌が下った。
最高裁は、以下のように判示した。
被上告人Y1及び同Y2が,依然として本件保険金等請求権は消滅していないことを理由に損害賠償義務を免れることとなれば,上告人は,同被上告人らに対する本件保険金等の支払が有効な弁済であったか否かという,自らが関与していない問題についての判断をした上で,請求の内容及び訴訟の相手方を選択し,攻撃防御を尽くさなければならないということになる。本件保険金等請求権が本来上告人に帰属するものであった以上は,被上告人Y1及び同Y2は上告人との関係で本件保険金等を保有する理由がないことは明らかであるのに,何ら非のない上告人がこのような訴訟上の負担を受忍しなければならないと解することは相当ではない。
以上の事情に照らすと,上記支払が有効な弁済とはならず,上告人が依然として本件保険金等請求権を有しているとしても,被上告人Y1及び同Y2が,上告人に損害が発生したことを否認して本件請求を争うことは,信義誠実の原則に反し許されないものというべきである
ここで最高裁は、最判平成16年10月26日裁判集民215号473頁を引用しているが、これば極めてよく似たケースである。相続人の一人が共同相続した預金債権を全部不正に引き出しておきながら、金融機関に過失があるから引き出された被害者には損害がないと不正引き出し者が主張したというもので、信義則違反だとされた。
本判決はこの先例の延長線上にあるものである。
さて、ロースクール生に宿題。
この判決が確定した後、本件上告人が改めて郵政公社に保険金支払を請求したら、それは認められるだろうか?
判決文をよく読んだ上で考えてみよう。
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コメント
上告人は、改めて郵政公社に保険金支払いを請求すれば認められる。
一方で、郵政公社は、被上告人Y1及び同Y2に対し、不当に取得した保険金の返還を求めることが出来る。
投稿: うさぎ | 2011/02/20 15:25
7年前の元学部生には意外に難問に感じます(涙)
まぁ学部生と法科大学生の間にはザクとグフぐらいの差があるのでしょうが...
普通に考えれば、本判決の論拠は「訴訟上の負担」という手続上の煩雑さ回避の問題だけを挙げていますし
効果も信義則上争えないとしただけで
別に実体法上、支払の有効性を積極的に宣言するつもりはなさそうです。
ですので当事者でないので既判力が及ばないのはもちろん、判決の効力(この辺の用語法は人それぞれ?)として信義則上の制約を今度は本訴原告が保険金請求の別訴で負うということにもならなさそうな気がします。
そして、おそらく2つの請求権は(不真性?)連帯債務になるのでしょうか
ただ、このような形で直接請求を認めた判断の根拠となっている「訴訟上の負担」の軽減を
本訴Xから保険会社、保険会社から本訴Yらという2つの請求にすることによる社会全体での訴訟不経済の防止とまで
強く読み込めれば、本訴Yらに無資力等の事情がない限りXの保険会社への請求を遮るということも理論上はありうるのかもしれません。
ただ、本判決の「訴訟上の負担」とはあくまで原告の負担のみが指摘されていて、社会全体の負担といっているようにはよめないのでそこまで読みこまないのだと思いますが...
ということで「請求できる」に一票
投稿: 故元助手A.T.@元学部生 | 2011/02/20 15:52
うさぎさん、A.T.さん、お付き合いいただいて有り難うございます。
判決が確定しただけでは、もちろん信義則上損害が無いことを主張できないということで損害賠償責任が認められただけなので、保険金請求権の消滅事由にはならないですから、請求は出来ますね。
そして損害賠償債権を本件被告らから現実に取り立てたときに、保険金請求権が消滅するのかどうかは、A.T.さんご指摘のような不真正連帯の関係には当然にはならないと思うので、微妙です。
もちろん二重取りするのは正当化できないので、例えば保険金を日本郵政から受け取ってしまえば、確定判決の基準時後に損害消滅ということで本件被告らに対する請求権が消滅するのでしょう。
しかし損害賠償金を本件被告から受け取ったら、保険金請求権が消えるのか?
今度は本件原告が信義則上、日本郵政に請求できないとするか、あるいは、本件被告から原告への金員支払いを損害賠償金ではなくて、(無権)代理受領していた保険金の本来の債権者への引き渡しと構成して、保険金債権は弁済が完了したため消滅したと解するか、いずれかではないでしょうか?
はい、実体法の問題なので実体法の先生の方がお詳しいと思います。
投稿: 町村 | 2011/02/20 19:06