jugement:発信者情報開示請求認容例
珍しい判断をしたものではない。今年相次いで出された最高裁判例が実務に根付いた例という位置づけである。
事案は、大学の准教授が、所属校で准教授がセクハラで懲戒処分されたという新聞記事と自己のプロフィールとを一緒に掲示板に書き込まれたことで、自分がセクハラで懲戒されたかのように思われ名誉を毀損されたと主張し、アクセス・プロバイダに対して発信者情報開示を求めたものである。
この事件ではアクセス・プロバイダが任意開示しないことを不法行為だとして損害賠償も求めている。
先例を踏まえたというのは、まずアクセス・プロバイダが発信者情報開示義務を負うという点で、これは最判平成22年4月8日(判決全文PDF)で以下のように示されたものを踏襲している。
最終的に不特定の者に受信されることを目的として特定電気通信設備の記録媒体に情報を記録するためにする発信者とコンテンツプロバイダとの間の通信を媒介する経由プロバイダは,法2条3号にいう「特定電気通信役務提供者」に該当すると解するのが相当である。
また、発信者情報開示義務を怠ったことによる損害賠償は、法文上重過失に限られるところ、本件事案では裁判所の強い指示があったためか弁護士が当事者を説得したのか、以下のような経過となった。
原告は当初,被告には裁判外において原告からされた開示請求に応じなかったことにつき重大な過失があると主張して,不法行為に基づく損害賠償(慰謝料)も求めていたが,平成22年9月2日の本件第2回弁論準備手続期日において,被告の同意を得て,同請求に係る訴えを取り下げた。
これは、最判平成22年4月13日(判決全文PDF)の判断を前提としたものであろう。
開示関係役務提供者は,侵害情報の流通による開示請求者の権利侵害が明白であることなど当該開示請求が同条1項各号所定の要件のいずれにも該当することを認識し,又は上記要件のいずれにも該当することが一見明白であり,その旨認識することができなかったことにつき重大な過失がある場合にのみ,損害賠償責任を負うものと解するのが相当である。
この事件では、障害児向けの学園運営者個人に対して「気違い」と書き込んだ点が名誉毀損だとされた事例だが、その1つの書き込みがあるというだけでは名誉毀損が明白などの要件に一見明白に該当するとは言いがたいということである。
後者の点は、単に書き込みの内容だけから判断するのではなく、発信者、開示請求者、そしてプロバイダの間の交渉過程を子細に検討し、プロバイダとしてもここまでひどい状況だったら任意開示すべきとか判断すべきだ。
例えば、発信者が執拗に誹謗中傷を繰り返しているとか、意見照会に応えないとか、応えても全く非合理な対応に終始するとか、さらには時間稼ぎをして追及を免れる意図が明らかに見えるとか、そのような状況であれば開示しないことが重過失と評価されてもやむを得ない。
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