判決文をNetに掲載したら名誉毀損?
毎日jp:名誉棄損:「ネットに判決文掲載」と提訴 長崎の医療法人
提訴したというニュースであり、そのような判決が出たということではない。
しかし提訴するということ自体、かなり驚くべき出来事であろう。
この事件、記事では福岡高裁判決文が掲載されたとあるが、問題の記事を見に行ってみても、それは見つからなかった。また関係者の名称も微妙に異なるので、この報道されたケースがこの関係かどうか、今ひとつ曖昧だが、見つかった事例は以下の通り、
訴えられたのは、全国一般労働組合長崎地方本部であろうか。
訴えたのは、はっきりしないが、上記組合のウェブページでは次の事件が掲載されている。
光仁会 組合旗掲揚事件 中労委勝利!(PDF)
光仁会との関係では、平成18年の中労委決定も示されており、そちらは中労委のページに命令の概要等がアップされている。
これらによれば、光仁会病院で組合活動を行い、その組合旗を掲示したことについて、トラブルとなり、懲戒処分として停職処分がなされ、それに関連しての団交にも応じなかったことについて、初審地労委は不当労働行為でないとしたが、中労委は不当労働行為であるとして、平成19年に救済命令を出した。
組合と光仁会病院とは、これ以前にも病院側は組合の団交申し入れを拒んでおり、平成18年に救済命令が出ていた。
その後の経過ははっきりしないが、おそらく平成19年の救済命令に対する取消訴訟で、「同年6月26日に福岡高裁が出した、損害賠償と懲戒処分無効確認を求めた控訴審の判決文」というのがあり、これを「組合は08年6月29日~同年7月29日、組合ホームページ上に」全文掲載したということのようである。
元となる中労委決定は今なお全文掲載されているのに、判決文だけは1か月しか掲載しなかったのかよく分からないし、会員ページというのが登録制で開かれているので、その閉じた環境に今もあるのかもしれない。
それはともかく、訴訟の一方当事者が判決文をネット上に全文掲載し、これに相手方当事者が嫌がるという構図はよくある。とりわけ不都合なこと、信用が落ちるようなことが認定されていれば、それを出したくない、出されたくないということは良くあり、最高裁のウェブページでも当事者の抗議が来るらしく、それに屈して出したものを引っ込めるという醜態をさらしたこともあった。
→「消えた判例」の怪 最高裁HPの浅知恵参照。
判決文だからといって一切の配慮は必要ないか、すべて公開でよいかというと、現在ではそうはいえない。プライバシーや営業秘密として保護されるべきものはある。しかし他方で判決文が重要な公共財であることも変わらぬ事実であり、両者の利害対立が先鋭化しているので、問題は難しくなっている。
この問題に関連しては、かつて書いた民事裁判とプライバシー保護に関する論文(以下の文献に掲載されている)を参照されたい。
本件については、名誉毀損ないしプライバシー侵害を理由とする判決文掲載の差止めや損害賠償が認められるかというと、落合先生が分析されているようにほとんど困難であろう。名誉毀損に関していうなら、公益目的の有無を問題とするしかないが、それも本件事例では組合活動による労働現場の適正化を図るとか、組合活動の内容報告を目的とするとか、公益として認められるべき目的が容易に思い浮かぶし、手段としても相当であろう。
プライバシーについては、内容によっては微妙な判断もあり得るところだが、単に病院の運営に支障になるという理由では保護に値するものではない。
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コメント
労働運動、大衆運動といった流れで考える方が現実的でしょう。
まあ、チラシに「なんの誰それ糾弾」ぐらいのことはちょくちょく書かれているわけで、そういう歴史的事実に比較してこんな裁判が起きるというのは「ネット特別視」だからこそじゃないかと思うところです。
投稿: 酔うぞ | 2009/02/04 02:10
実際、この病院と労働組合は不当労働行為をめぐる法的手続合戦をやっているようですから、今回の提訴は単なるジャブなのかもしれませんね。
投稿: 町村 | 2009/02/04 11:26