遠くから、重く湿った空気を感じながら、リュートは城の大門をくぐった。
かつて王国の栄光を象徴していた巨大な城壁は今やひび割れ、苔に覆われていた。
彼の足音は、湿った石の上で響き、周囲の静けさを一層際立たせる。
「どうしてこんなことに…」
心の中で、リュートは何度も呟いた。
王国の北部で異国の軍勢が侵攻し、南では反乱者たちが蜂起しているという報告が、連日、白鷹軍に届いていた。
しかし、リュートの心の中には、今もその希望を信じ続ける気持ちがあった。
それは、彼がかつて父から聞いた言葉、「誇り高き軍を守れ」という言葉から来ていた。
「…信じなきゃ。」
父が命を懸けて守った白鷹軍、その誇り高き歴史を守るために、リュートは今日もまた、心の中で誓いを新たにしていた。
しかし、その誓いが日に日に彼を苦しめる。
時折、彼の心には疑念が芽生えた。
父のように誇り高くあろうとすればするほど、この国が抱える腐敗や無力感が彼を圧し、彼の信念は徐々に揺らいでいった。
城下町を歩くと、そこにはかつての活気が消え失せていた。
広場には、空虚な表情の市民たちが歩き、商人たちもかつての賑わいを取り戻すことなく、ひっそりと店を構えていた。
もし白鷹軍が守り続けていたなら、こんな町にすら人々の笑顔が戻っていただろう。
数年前、まだ若かったリュートが王宮で聞いた父の言葉が、今でも耳に残っていた。
「リュート、お前もいつか、白鷹軍の誇りを守る者となるだろう。その時、どんな困難が待っていようとも、必ず信じ続けろ。」
父はそう言い、戦場で剣を交えたその眼差しに、確かな誇りと強い信念があった。
しかし今、リュートはその言葉を守れずにいる自分に苛立ちを感じていた。
廊下の向こうから、重々しい足音が響いてくる。それは、長らく顔を合わせていなかったマグナスの足音だった。
マグナスはかつて白鷹軍の中でも最も信頼されていた将軍だったが、今ではすっかり冷徹な男となり、軍の指揮権を手放していた。
扉が開き、マグナスの姿が現れる。
かつての輝きはもはや感じられず、冷たい視線をリュートに向けるその姿は、まるで遠くから見ているかのようだ。
「リュート、まだ信じ続けているのか?」
マグナスの声は低く、冷徹だった。その言葉にリュートは答える前に、一瞬息を呑んだ。
マグナスの目には、かつての誇りが消え失せていた。
彼はもう、白鷹軍を信じることはなかったのだ。
「信じなきゃいけないんだ、マグナス。父が言ったんだ。誇り高き軍を守れって。」
リュートの声には、切実さがこもっていた。それでも、彼はどこか不安げだった。
もしこの国が滅びるとしたら、それは自分が信じてきたものの敗北を意味する。
だが、それでも彼は諦めたくなかった。
「お前が信じている間に、この国は滅びる。」
彼の中で何かが音を立てて崩れ落ちたような感覚を覚えた。
だが、それでもリュートは立ち上がり、強く言い返した。
「…お前だ。」
その言葉には、長い間抱え続けた重みが込められていた。
リュートはその一言に、これまでの自分がどうしてこの道を選んだのかを思い出した。
父の言葉、白鷹軍の誇りを守ること。それが彼の使命だと信じてきたはずだった。
しかし、現実は厳しい。理想だけでは、この国を守ることはできない。
「でも、戦わなきゃいけない。」
「信じるものがなくなっても、戦うべきだ。白鷹軍のために。」