食糧費の軽減税率は、富裕層ほど恩恵


消費税が、8%、10%に引き上げられる際に、食料品などの税率を低くしようという、「軽減税率」の導入が目標とされたようです。(決定ではなく、目指すというものです)
年収の低い人ほど、食糧費(生活費必需品)の支出が相対的に多くなる、金持ちほど、だから、生活必需品には軽減税率を!という考え方です。
『アクセス現代社会2009』帝国書院 H21.2.25 p128
消費税は、商品・サービスに対して一律に同じ税率が適用されるという公平さがある。しかし、所得が低い人であっても食品などの生活の基礎的商品の購入にあたって消費税を負担しなければならず、所得が低い人ほど相対的に負担が重くなるという逆進性がある。そのためイギリスでは、消費税率は17.5%と高いものの、食品、住居の建築、交通費など生活必需品には課税しない措置をとっている。
「ヨーロッパでも、軽減税率は当たり前だ!」と主張の根拠にします。
北海道租税推進協議会『わたしたちの生活と税』H21年p19


で、経済学者は、この軽減税率には反対です。なぜなら、実は高所得者の方が、優遇される結果になるからです。「弱者を救う目的」ではじめても、「強者が笑う」ことになります。
ヨーロッパで導入されている「軽減税」は、結果的には失敗だったことがすでに実証されています。なので、日本は、ヨーロッパで「失敗だった」とされる軽減税率を、20年もの周回遅れで、導入しようとしています。
軽減税については、以前、このブログで扱いました。
クリック
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大竹文雄 阪大教授 『経済教室:消費税と所得税 どう違うか』
もう一度、検証してみましょう。
日経ビジネス オンライン
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20120629/233963/?rt=nocnt
軽減税率は「民意のバイアス」が生じる典型例
国会の参考人質疑の中で考えたこと(下)
小峰 隆夫
消費税は、必需的な財・サービスにも同じようにかかる。しかし、必需的な支出が所得に占める比率は低所得層ほど高くなるため、消費税の負担も低所得層ほど重くなってしまう。これが逆進性の議論である。そこで、必需的な色彩の濃い食料品は税率を低くすべきだという考えが出てくる。これが軽減税率の議論である。
ところが、私の知る限り、この軽減税率の導入に賛成する経済学者を見たことがない。この点は、一般の人々の考えと経済学者の考えが大いに食い違うところである。
では経済学者はなぜこれに反対するのか。今回出席した参考人4人は、一人ずつ反対を表明したのだが、全員が異なる理由を述べた。最初に答えた小塩氏は「公平性の追求という政策目的から見て効果的でない」という観点から反対であると述べた。五十嵐氏は「税制はシンプルな方が望ましいから」反対だと述べた。村岡氏は「10%程度の税率であれば、逆進性はそれほど大きくないから(10%を超えた段階で考えるべき問題であるから)」反対と述べた
実は私も「公平性のための政策としては非効率的だ」という理由が最も重要と考えていたのだが、小塩氏に先を越されてしまったので、あえて別の理由を述べたのだ。政策として非効率というのは、次のようなことである。表の数値例を使って説明しよう。
年収300万円の世帯の食料支出が100万円としよう。食料は必需的な性格が強いので、年収が増えてもそれほど食料への支出は増えないはずだ(年収が2倍になったからといって、ご飯を2倍食べるわけではない)。ここでは、年収が100万円増えるごとに、食料支出は20万円増えるとする。年収1000万円の世帯の食料支出は240万円となる。
消費税を10%にすると、年収300万円世帯の税負担額は10万円であり、1000万円世帯の負担額は24万円となる。年収に占める比率は、300万円世帯が3.3%であり、年収1000万円世帯では2.4%となる。所得が低い層ほど、所得比で見た税負担が高くなる。これが逆進性である。
この逆進性をなくすために、食料品の税率を5%に据え置いたとする。税金を払わないで済んだ金額だけ補助金を受け取ったと考えると、300万円世帯への補助は5万円、1000万円世帯への補助は12万円となる。高所得層の方が多くの補助を受けることになる。確かに低所得層を補助してはいるのだが、それは高所得層により大きな補助を行った上で低所得層を補助しているのだ。いかに非効率的な分配政策であるかが分かるだろう。
なお、ここでは簡単な数値例を使って説明したが、家計調査などを使って実際の所得階層別の消費を調べれば、より厳密な計算をすることができる。そのような計算は既に各方面で行われているのだが、結論はここで示した数値例と同じである。
そこで、実際の年収と、消費額、食料品支出額(外食も含む)、消費税額を検証してみましょう。
すごいのは、このようなデータが、わが国の場合、簡単に手に入ることですね。総務省が「全国消費実態調査」をきめ細かく行っています。この統計は、先進国でしか行えません。コストのかかる「検証」はできないからです。
なおかつ日本のように、こんなに詳細に、丁寧に行われている例はありません。これは、政府の存在意義の一つです。毎月行われています。
あるアフリカの国の政治家が、「我が国を経済発展させるにはどうしたらよいか」について、アメリカの経済学者にアドバイスを求めました。経済学者は、「きちっとした統計を取ることだよ」と回答したとのエピソードがあります。
出典
平成21年全国消費実態調査から見られる高齢者の業態使い分け
http://www.dei.or.jp/opinion/staff_pdf/yamazaki01.pdf#search='%E6%89%80%E5%BE%97%E5%88%A5+%E9%A3%9F%E6%96%99%E5%93%81+%E6%94%AF%E5%87%BA%E9%A1%8D'

これを、年収の少ない順から、多い順に並べます。

そうすると、「60歳以上の女性の独り暮らし」が最も年収が少なく、「定年退職前の50台後半」の世帯が、最も年収の多い層だということが分かります。
次に、消費と収入の関係を見てみます。

低収入だと収入のうち、消費に回す割合が多くなり、高収入だと貯蓄に回す割合が多くなるということが分かります。いわゆる、「消費税は逆進的だ」の根拠とされるグラフです。
次に、世帯年収と、食料支出額を見てみます。

予想通りです。
①年収増→食費増
②ただし、年収増加割合に比例して、食費が増えるわけではない。
「年収が多くなると、その年収増加に比例して食糧費支出が比例する」わけではありません。年収が2倍に増えれば、2倍食べるようになるわけではないからです。
次に、年収と、食糧費の消費支出に占める割合です。

意外ですが、「年収に関わらず、消費額に占める食料費支出割合は、一定」だということが分かります。「年収増→食費割合減」にはなっていません。
つまり、高所得者の人たちは、その所得に見合う食費をかけていることが分かります。

ですから、年収とともに、食糧費の消費税額も、当然ですが、上がります。これを見ると、「2人以上の70歳代」の食糧品消費税がポンと跳ね上がっています。また、「2人以上60~69歳代」も、食費にお金を使っています。つまり、「ちょっと贅沢に消費している」ことが分かります。
リタイアしたり、子どもがいなくなると、同じコメでも、いいものを消費します。量としては食べられなくなりますが、質は上げています。リタイア世代・シニア世代の方が「食欲旺盛?」なんですね。
高所得世帯の方が、食費支出を増やしているので、一番所得が少ない層と、多い層の食糧品消費税額を比較すると、次のようになります。

もしも、食料品に軽減税率を採用すると、このグラフの差の部分が、「減税」ということになります。

年収230万世帯の減税額は20932円、年収837万世帯の減収額は44673円になります。
減税の絶対額は、高所得者ほど多くなります。高所得者に「有利」なのが、軽減税率なのです。

だから、経済学者は、「食料品の軽減税率」に反対するのです。実際に、軽減税率を導入しているイギリスでは、「望ましくなかった」というレポートが発表されています。
<大竹文雄 阪大教授 『経済教室:消費税と所得税 どう違う』日経H22.9.6
…消費税には「低所得者の方が税負担が重くなるという逆進性がある」との批判が根強い。…①一方、消費税の逆進性については、最近の経済学ではかなり懐疑的な意見が多い。消費税に関する②食料品への軽減税率や非課税も、研究者の間では有効性が低いとされる。
同記事は、『マーリーズ報告』2010年(英)』にもとづいて解説しています。
…結局、食料品への軽減税率は、分配面でも、効率性の面でも優れているとはいいがたい。英国は既に軽減税率を採用しているが、同報告はその問題点を指摘しているのだ。
軽減税率よりも、低額所得者への現金給付の方が、より、「逆進性」なるものを解消するには有効ですし、「高所得者から低所得者への所得移転」が出来ることになるのです。
井堀利弘 東大 『先送りは将来に思いツケ』日経H22.3.8
…消費税は…弱者をいじめる冷たい税だと批判する人もいる。だが再分配政策を財政調達面だけで評価するのは無理がある。…広く薄い課税で、はじめて再分配への財源をきちんと確保できる。消費税は一律税率とし、弱者への再分配は給付でしっかり行うのが望ましい。
ただ、ここからは、価値判断の領域になります。年に2万円~4万円の話です。これを、「高額」と見るか「その程度の額」と見るかで、話は違ってきます。
「その程度の額」と見れば、「低額所得層のために食料品は5%に据え置く」と言った方が政治家としては、有権者に誇りやすいのでしょう。
いやいや、「高額」だと考えれば、2万円の差と言っても制度上は、きっちりしたほうが良いとなるでしょう。
あと、①軽減税率を導入するためのコストと、②現金給付をするために所得を正確に把握するためのコストの、どちらがより多くかかるかという視点も必要です。
①には、対象・品目、軽減するときの税率、財源確保、インボイスなどの制度の整備、業者の負担増などがあります。②には、納税者番号の導入があります。
マンキュー著『経済学Ⅰミクロ編』東洋経済新報社2004 p337
所得の増加につれてどれくらい急激に税が増えるかという点は、制度によって異なる。第1の制度はすべての納税書が所得の一定割合を支払うために比例税といわれる。第2の制度は、高所得の納税者が高額の税金を支払うが、所得に占める割合が小さくなるために逆進税といわれる。第3の制度は高所得の納税者ほど所得の大きな割合を支払うために累進税といわれる。
この三つの制度のなかで、最も公平なものはどれだろうか。明らかな答えはなく、経済理論はそれを見つけるのには役に立たない。美しさと同様、衡平はそれを見る人の目によるのである。
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genre : 学校・教育