日本経済新聞の暴走その3
日本を代表する?経済紙が、18世紀の「重商主義」思想にそまり、暴走しています。2011年1月1日の社説や、特集記事で主張しているのですから、「一番主張したいこと」であるのは間違いありません。
ですが、完璧に間違いです。日経の主張は、すでに200年も前の、アダム・スミスによって否定された「重商主義」 そのものです。
岩田規久男(学習院大学教授)『日本銀行は信用できるか』講談社現代新書2009 p34,36
「政治家…世論をリードする大新聞や主要雑誌の経済担当記者などは…最低限,経済学の知識を持って仕事をしてもらいたいものである」
「日本は,正統派経済学の知見なしには書けないはずの記事が新聞・雑誌に満載されている不思議な国である」
本当に、情けなくなります。
日経H23年1月1日 一面トップ記事 『先例なき時代に立つ』
…19世紀半ばまで「世界の工場」だった英国は、米独の追い上げで貿易赤字となった。それでも、海外からの利子や配当で貿易赤字を補い、20世紀初頭まで経常収支の黒字を維持した。
日経H23年1月1日 社説 『先例なき時代に立つ』
…なすべきことが見える。…貿易自由化で外の成長力を取り込む。
…日本は貿易立国のはずだが、GDPに占める輸出の割合は、10%台と、30%台のドイツ、40%台の韓国に比べ、今やかなり低い。
日経H23年1月1日 特集 『経常赤字転落を避けるカギは』
輸出立国・日本は、長い間、多額の貿易黒字を稼いできた。ただ、新興国の追い上げなどで輸出競争力が低下すると、貿易収支の黒字が減少したり、赤字になったりする可能性が高まる。これを補うのが海外からの利子や配当など所得収支。同収支で黒字を稼ぐことができれば、経常収支の赤字転落を避けられる。
…日本は中国など新興国の追い上げに直面しているものの、まだ貿易赤字には転落していない。
…こうした状況下でも所得収支の黒字を拡大できれば、経常黒字も維持できる。05年度からは貿易黒字より所得収支の黒字の方が大きい。09年度の所得収支の黒字は貿易黒字の2倍近い12兆円余りに達した。
…中国などに追い上げられ、貿易赤字が大きくなれば、所得収支の黒字では埋めきれずに経常赤字に転落するとの予測もある。
…経常収支の赤字転落は日本全体に無視できない影響を及ぼす。
どうですか?「経常黒字至上主義」「貿易黒字至上主義」に凝り固まっているのが分かりますか?
この 「経常黒字至上主義」「貿易黒字至上主義」を「重商主義」といいます。経済学的には、200年以上も前に、とっくに否定されたトンでも論です。
竹中平蔵『経済古典は役に立つ』光文社新書2010
P37
…アダム・スミスは邦訳『国富論』全体の約2割に相当する200ページを割いて、重商主義攻撃を展開している。
…重商主義とは、「貿易黒字を出すことが富を築くことである。貿易にあたっては、外国製品の購入以上に国産品を海外で販売することを旨とすべきである」という考え方だ。つまり、ひとことで言えば、重商主義とは、貿易黒字至上主義だと考えればいい。
アダム・スミス『国富論』山岡洋一訳 日本経済新聞出版社 2007 p1
どの国でも、その国の国民が年間に行う労働こそが、生活の必需品として、生活を豊かにする利便品として、国民が年間に消費するもののすべてを生み出す源泉である。
重商主義=貿易黒字至上主義は、「海外資産増至上主義」です。
注)H23.1.19 ブログ 日本経済新聞の暴走その 参照
アダム・スミスが、「そうじゃあないだろう」と批判しました。そして、「富=労働=生産量=消費量」として、GDP(国内総生産)=GDI(国内総所得)が富だ!と、もっともまともなことを主張したのが、1776年です。
現代風に言えば、「貿易黒字なんてどうでもいい、GDP(国内総生産)=GDI(国内総所得)が大事だ」ということです。
<貿易赤字だろうが、黒字だろうが、豊かさには無関係>
豊かさの指標は、GDP(国内総生産)=GDI(国内総所得)です。GDPがなぜ大切かと言うと、GDIその国の国民の総所得、つまり簡単に言えば私たちの給料の総額だからです。
これが伸びない=成長率0%ということは、「誰かの所得が増えれば、誰かの所得が減る」という、ゼロ・サムゲームを続けることになります。
一方、高度経済成長時のように、成長率10%ということは、我々の給料も毎年10%ずつ増えるということです。
日本の場合、貿易黒字なんて、このGDP成長に全く関係ありません。
注 純輸出(貿易黒字)は、GDPの構成要素の一つです。ですから、GDPに関係しています。ですが、「純輸出が伸びれば、GDPが伸びる」ということではありません。「純輸出が減れば(貿易赤字になれば)GDP減少ということでもありません。
<高度経済成長>

日本が、平均で、10%以上も経済成長を達成した、高度経済成長期のGNP(当時の指標)と、貿易黒字です。このグラフを縦に大きくしたのは、「貿易黒字」が小さすぎて、見えないかったからです。
どうですか?GNI=我々の給与総額は、恐ろしいほどの伸びを示しています。一方、貿易黒字はGNPに比べ、「ごみ」みたいな数値です。加えて、1961年と、1963年は、「貿易赤字」です。貿易赤字なのに、経済成長しているのです。
でも、反論がありそうです。「当時は1ドル=360円」の固定相場制だった。だから、「国際収支の天井」があって、日本は「外貨準備以上」に輸入額が大きくなろうとすると、「為替制限=資本制限」をして、輸入量を規制し、その結果、材料を輸入して製品を組み立て「加工貿易」をした日本は、「輸出」が伸びず、「貿易赤字」になったのだと。
それでもけっこうです。でも事実は、「貿易赤字」でも、国民が豊かになっていることです。どうしてでしょう?
このあと、日本は、1973年から、完全変動相場制に移行します。

どうですか?日本は確実にGNP増=我々の給与増しています。
しかも、1973年、1974年は、オイルショックで、貿易赤字です。1979年、1980年も、第2次オイルショックの影響で「貿易赤字」です。
相変わらず、貿易黒字なんて、GNPに比べたら、「ゴミ」みたいな数値です。そうです、新聞が力説する「貿易黒字」なんて、日本経済にとって、この程度の数値なのです。しかも「黒字」だろうが、「赤字」だろうが、給与総額に全く関係ありません。
日経H23年1月1日 特集 『経常赤字転落を避けるカギは』
輸出立国・日本は、長い間、多額の貿易黒字を稼いできた。ただ、新興国の追い上げなどで輸出競争力が低下すると、貿易収支の黒字が減少したり、赤字になったりする可能性が高まる。
この記事が「うそ」なのがわかりますか?「輸出立国・多額の貿易黒字」は神話なのです。
日経H23年1月1日 社説 『先例なき時代に立つ』
…なすべきことが見える。…貿易自由化で外の成長力を取り込む。
…日本は貿易立国のはずだが、GDPに占める輸出の割合は、10%台と、30%台のドイツ、40%台の韓国に比べ、今やかなり低い。
これも「うそ」です。
そもそも、GDPに占める、輸出額は、どのようなものなのでしょう。
出典内閣府 国民経済計算

この上のほうの赤い部分が、日本の「輸出額」です。こうみると「輸出立国」なるものに見えそうです。ですが、輸出額/GDP比は、下記のグラフ程度です。
ドイツや韓国の30%とか、40%になったことなど、一回もありません。


「今やかなり低い」ではなく、そもそも「貿易立国」だったことなど、ないのです。

このグラフで分かるように、輸出が伸びれば、輸入も伸びます。例の「輸出増=輸入増」という、貿易の黄金律です。
ブログカテゴリ:リカード比較生産費説 14 >「輸出増=輸入増」参照
竹中平蔵『経済古典は役に立つ』光文社新書2010
P37
…アダム・スミスは邦訳『国富論』全体の約2割に相当する200ページを割いて、重商主義攻撃を展開している。
…重商主義とは、「貿易黒字を出すことが富を築くことである。貿易にあたっては、外国製品の購入以上に国産品を海外で販売することを旨とすべきである」という考え方だ。つまり、ひとことで言えば、重商主義とは、貿易黒字至上主義だと考えればいい。
輸出を伸ばし、輸入を抑え、貿易黒字を稼ぐなんて言うことは、原理上「無理」なのです。だから、アダム・スミスが、「重商主義」を批判したのです。
ブログカテゴリ アダム・スミス 「自由放任・見えざる手」 (3)参照
以下は、経済学の黄金律=絶対的な事実:経済学者が100%同意する事実です。
N・グレゴリー・マンキュー『マンキュー経済学』東洋経済新報社 2008 p18
第8原理:生活水準は財サービスの生産能力に依存している
世界全体を見渡した時、生活水準の格差には圧倒されるものがある。2000年のアメリカ人の平均所得は約34100ドルであった。…ナイジェリア人の平均所得は800ドルであった。平均所得に現れた、この大きな格差が、生活の質を測るさまざまな尺度にされているといっても驚くには当たらないだろう。
…国や時代の違いによって生活水準に大きな格差が変化があるのはなぜだろうか。その答えは驚くほど簡単である。生活水準の格差や変化のほとんどは、各国の生産性によって説明できる。生産性とは1人の労働者が1時間あたりに生産する財・サービスの量である。労働者の1時間当たりの生産量が多い国ではほとんどの人々が高い生活水準を享受している。労働者の生産性が低い国ほとんどの人が、最も低い生活水準を甘受しなければならない。同様に、一国の生産性の成長率は平均所得の成長率を決定する。
…アメリカの所得が1970年代と1980年代に低成長だったのは、日本をはじめとする外国との競争のせいであると主張する評論家たちがいる。しかし、本当の悪者は海外との競争ではなく、アメリカ国内における生産性の成長率の低下なのである。
生活水準の向上は、「貿易黒字」ではなく、GDP成長なのです。そのGDPは3つの要素で構成されます。①労働力投入×②資本投入×③生産性(技術力)です。これが、その国の「豊かさ」を決定します。

ブログカテゴリ 2010-04-25 5 GDP 経済成長 参照
我々の豊かさは「貿易黒字」にはありません。「GDP(GNI)」にあるのです。
<経常赤字になると>
日経H23年1月1日 特集 『経常赤字転落を避けるカギは』
輸出立国・日本は、長い間、多額の貿易黒字を稼いできた。ただ、新興国の追い上げなどで輸出競争力が低下すると、貿易収支の黒字が減少したり、赤字になったりする可能性が高まる。これを補うのが海外からの利子や配当など所得収支。同収支で黒字を稼ぐことができれば、経常収支の赤字転落を避けられる。
…日本は中国など新興国の追い上げに直面しているものの、まだ貿易赤字には転落していない。
…中国などに追い上げられ、貿易赤字が大きくなれば、所得収支の黒字では埋めきれずに経常赤字に転落するとの予測もある。
…経常収支の赤字転落は日本全体に無視できない影響を及ぼす。
経常赤字になると、「無視できない影響」が起きるのでしょうか。

これらの欧米諸国は、すべて「経常赤字」です。これらの国は、大変なことになっているのでしょうか。
さらに、これらの国どころではない、大変な赤字国があります。アメリカです。

アメリカは、大変なことになっているようです。経済崩壊の「国際収支赤字」ですね。
ところが、これらの国は、日本よりも豊かなのです。

一人当たりのGDP(GDI:国民所得)です。日本は、米国にはもちろん、英国にも、フランスにも、オーストラリアにも、イタリアにも抜かれてしまいました。
これこそ、「豊かになっていない」証拠です。アジア一豊かな国は、「シンガポール」です。
おかしいですよね。米国、英国、フランス、オーストラリア、イタリアは「国際収支」赤字の国でしたよね。日本は「黒字の国」でしたよね。





これらの国は、みな「経常収支赤字」国です(フランスは2005年~)。
でも、リーマン・ショック後を除き、みな成長しています。一人当たりGDPも、日本より上です。一方日本です。

なぜ、「経常黒字」を出し続けているのに、GDP(GDI:国民所得)は伸びないのでしょう?。
「経常黒字・赤字」など、その国の豊かさに、全く影響はないのです。
アダム・スミス『国富論』山岡洋一訳 日本経済新聞出版社 2007 p1
どの国でも、その国の国民が年間に行う労働こそが、生活の必需品として、生活を豊かにする利便品として、国民が年間に消費するもののすべてを生み出す源泉である。
重商主義=貿易黒字至上主義は、「海外資産増至上主義」です。アダム・スミスが、「そうじゃあないだろう」と批判しました。そして、「富=労働=生産量=消費量」として、GDP(国内総生産)=GNI(国内総所得)が富だ!と、もっともまともなことを主張したのが、1776年です。
現代風に言えば、 「貿易黒字なんてどうでもいい、GDP(国内総生産)=GDI(国内総所得)が大事だ」ということです。
theme : 間違いだらけの経済教育
genre : 学校・教育