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 宇宙航空研究開発機構(JAXA)の小型月着陸実証機「SLIM」(スリム)は2024年1月20日午前0時ごろに、月面の高度15km付近から着陸に向けて動力降下モードに入った(図1)。このときSLIMは旅客航空機の約7倍の秒速1.7kmという超高速で航行していた。

 図1 JAXAの小型月着陸実証機「SLIM」
図1 JAXAの小型月着陸実証機「SLIM」
世界初となる100m以内の精密着陸に挑戦した。質量は打ち上げ時に710kg、推薬なしで190kgと、従来の着陸機と比較すると大幅に小型軽量である。寸法は高さ約2.4m×縦約1.7m×横約2.7m(写真:JAXA)
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 それからSLIMは、テレメトリー(遠隔制御用のデータ収集)画面上の基準軌道をなぞるよう順調に降下を続け、わずか20分後の午前0時20分ごろ、画面では無事に着陸したように見えた(図2図3)。

図2 SLIMのテレメトリー画面
図2 SLIMのテレメトリー画面
午前0時12分時点の画面。SLIMは動力降下モード(PDM)にあり、基準軌道を正確になぞって降下していた(出所:JAXAの公式YouTubeからキャプチャー)
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図3 着陸時のテレメトリー画面
図3 着陸時のテレメトリー画面
左上の文字が「MLM」に変わり着陸したことを示している。バッテリーは77%、燃料と酸化剤は合計で43.7kg分が残っている(出所:JAXAの公式YouTubeからキャプチャー)
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 そこから待つこと約2時間。JAXAは午前2時10分に記者会見を開き、着陸の成功を伝えた。月面着陸の成功は、旧ソビエト連邦(現ロシア)、米国、中国、インドに次いで世界で5番目となる。JAXA理事長の山川宏氏は「着陸して通信が確立したことを確認できたので、最低限の成功は得られた。今後、様々なデータを評価することで新しいことが分かってくる。月面へのアクセスの道が開けたことには意義がある」と話した。

 今回、SLIMが世界で初めて挑戦したのが、これまでの数km~十数kmと比較して桁違いに高い100m以内という「精密着陸」である。JAXAは「降りやすいところに降りるから、降りたいところに降りる探査へのゲームチェンジ」とそのインパクトを表現する。

 月面という重力天体への精密着陸は、探査において大きな意味を持つ。月の極域で水資源探査を行う場合、持続的な探査に有利な場所は非常に狭い領域に限定されるとみられており、この技術は資源がありそうな場所に正確に着陸するのに役立つ。

 SLIMのミッションの1つは、月の形成と進化の謎を解く鍵を手に入れること。月の90%を占めるとされるマントルの成分を分光カメラで分析し、そのデータを地球に送信することを目指している。

 そのために月の東側、赤道のやや南に位置する「神酒(みき)の海」にある「SHIOLI(しおり)」というクレーター付近の傾斜地(斜度15度)を、着陸場所にあえて選んだ。マントル由来と考えられる物質が露出しているとみられているからだ。

 JAXA理事兼宇宙科学研究所長の國中均氏は記者会見で「精密着陸の成否については今後1カ月ほど分析の時間が必要だが、テレメトリー画面で見たように基準軌道をトレースしていたので、個人的には100m以内の精度は実現できたと考えている。これは探査の観点で大きな一歩だ」と話した。

 精密着陸を実現する鍵となる技術が「画像照合航法」である。着陸フェーズにおいてSLIMが搭載する航法カメラで月面を撮影し、搭載するフライトコンピューターで画像に映ったクレーターを抽出。それをクレーターの情報を含む地図と照合して正確な自己位置を割り出す技術である(図4)。

 図4 SLIMが月面着陸するまでの流れ
図4 SLIMが月面着陸するまでの流れ
月周回軌道から着陸降下を開始し、航法カメラによる画像照合航法を行って高精度に自己位置を推定しながら、自律的な航法誘導制御によって月面上の目標地点に接近する。目標地点上空からは、着陸レーダーによる高度・地面相対速度の精密な計測も開始して航法誘導に反映。着陸地点上空では画像ベースの障害物検出・回避を自律的に行い、危険な岩などを避けて着陸(出所:JAXA)
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 ただし、月面を目前にした上空で撮影した画像から、最も安全な地点を選んで着陸するには、画像をほぼリアルタイムに処理する必要がある。これまで宇宙機で使われてきたCPU(中央演算処理装置)は、一般に地上用と比較して100分の1程度の能力しかない。そこで、SLIMは宇宙用のFPGA(Field Programmable Gate Array)上でも数秒で処理ができる計算効率が高い画像処理アルゴリズムを開発することで、画像照合のリアルタイム処理を可能にした。

 「昨今、月面探査に関して世界中で激しい競争が起きており、精密着陸の技術が求められている。今回100m以内を実現できていれば、持続的な月探査に向けて重要な技術になる。こうした技術を持っていることは、国際協力をする上で大きな意味を持つ」(山川氏)