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    時間がない人のためのまとめ

    short_fingermethod.png






     二足直立歩行の適応によって手が解放された人間にとって、道具は人体の感覚器官や運動器官の延長であり、拡張であった。「はかる」行為も同様であり、その道具は、まずもって人体寸法を基準に創りだされた。
     古代オリエントにおける長さの基礎はひじの長さに始まるキュビト(約50cm)で、のちにイギリスのキュービット cubitに引き継がれ、またその2倍に相当する単位(イギリスのエル ell、ドイツのエルレElle など)やさらに2倍に相当する単位(イギリスのファゾム fathom、ドイツのクラフテル Klafter、フランスのブラッス brasse など)をもたらした。
     他にも、4本の指を並べた幅(日本のつか、イギリスのパーム palm)、親指の幅(中国の寸、ドイツのダウメン Daumen、オランダのドイムduim )、人差指または中指の幅(イギリスのディジット digit、フィンガー finger など)、げんこつの大きさ(ドイツのファウスト Faust)を元にするものがあり、さらに指を広げて事物にあてがうという動作から、イギリスのスパン span、ドイツのシュパンネ Spanne、中国の尺、日本のあた(咫)などの単位が生まれた。
     特に指の幅に由来する身体尺は、古代エジプトではdjeba、メソポタミアではubānu、古代ギリシアではδάκτυλοςと呼ばれ、ローマのdigitusを経て、ディジットdigitとなり、10本の指が算術の指=数字の呼び名ともなる。
     
     自然物による度量衡の標準とするメートル法が席巻して久しいが、今回はどんな原始的な測定器も持たずに、この身一つで離れた場所との隔たりを測る技を思い出すことにする。



    手の分度器で天を測る

     天体観測の経験のある人なら、腕をいっぱいに伸ばした時の、手や指の幅がつくる角度がどれくらいか知っているだろう。

     もちろん、おおよそだが

    ・親指一本分の幅が2度(小指なら1度)
    ・握りこぶしの親指から小指までの幅が10度
    ・親指と人差し指をいっぱいに開いた幅が15度

    hand_ang.png

    である。

     星や星座の位置を大まかに伝えるのに「地平線から20度、つまり握りこぶし2つ分上がったところ」といった具合に使うことができる。
     北斗七星が、こぶし3つ分=角度でいって30度の大きさがある、なんてことが言えるようになる。
     星座盤で分かった角度を使って、空を探すのにも、もちろん利用できる。

     この方法の利点は、道具いらずで簡便なところ、そして腕の長さと手/指の幅の比率をつかっているので、一応は体の大きさに関わらず使えるところだ。
     これは「体の大きな人は、その分腕は長くて、手も大きいだろう」という、大らかな前提に基づく。
     もちろん指や手の大きさ、腕の長さ、そしてその比率は個人差があるが、それ以外の原因からくる誤差の方が大きいので、そこにこだわっても見返りが少ない。
     という後ろ向きな理由から、一応は体の大きさに関わらず使えるのである。



    手の分度器で地上を測る

     正確さを求めない用途であれば、この「手の分度器」は他にも利用できる。

     たとえば、川向こうに乗用車が止まっている。腕を伸ばして人体分度器をやってみると、ちょうど指一本(の幅)で車の全長が隠れた、とする。
     乗用車の大きさは、もちろん車種によって異なるが、いまの文脈に照らしてお雑把に言うと、おおよそ全長4m、正面から見た幅は2m、高さは1.5mである。

     1/tan 2° = 28.63……だから、大雑把にいって4m×30=120m離れたところに、その車はあることが分かる。

    calc_trig.png

     この方法の欠点は、誤差が大きい(桁数と四捨五入した最初の数字くらいが分かる程度、と思っておけば腹も立たない)という最大のものを除くと、対象の実際の長さを知っていないと距離を導けないところだが、逆に言えば、街でよく目にするものについていくつか覚えておきさえすればいい、とも言える。
     細かい数字は必要ない(どうで誤差のなかに掻き消える)のと、こういう遊びを何度か実際にやってみると、意外と覚えていられるものだ。
     
     街で見かけるものの大雑把な長さと、指・手の幅に対応させた、〈手の距離計・早見表〉を挙げておこう。

    quick_dist2.png

    hand_mult.png

     対象までの距離(単位:m) = 対象の大きさ(単位:m) × 倍率



     例えば、電柱がちょうど親指一本分の幅なら、大雑把に言って0.3m×30=9mぐらい離れたところに、その電柱はあることになる。
     早見表で言うと、「親指の幅」の行と「電柱の幅」の列がクロスしたところ「9」(m)が、対象との距離である。


     同じく、電線の高さがちょうどこぶし一つ分なら、大雑把に言って5m×6=30mぐらい離れたところにある。
     早見表で言うと、「にぎりこぶし」の行と「電線の高さ」の列がクロスしたところ「30」(m)が、対象との距離である。



    ふたたび天の仰ぎ見る

     もう少し遠くのものについても、手の距離計で測ってみよう。

     月の直径は、この方法だと小指のちょうど半分ぐらいに見える(五円玉の穴とちょうど同じくらい)。

     月の直径は約3500kmだから、115倍すると、ざっと40万kmとなる。

     地球の中心と月の中心との間の平均距離は38万4400kmというから、正確ではないが、絶望するほどひどい結果ではない。



    手の分度器の軍事利用

     ご存じの方はうずうずしているはずだから申し添えておくと、主として軍事関係で使われるmil(angular mil)という角度の単位を、手や指の幅で測る方法がある。

     mil(angular mil)は、円周を6400に分割した角度単位で、1milは、ほぼ1km先の1m幅の物体を見るときの角度(視角)にあたる(もう少し正確には1kmで0.982mほど)ので、距離を計算するのに便利である。次の式で計算できる。

     対象までの距離(単位:km) = 対象の大きさ(単位:m) ÷ mil

     先ほどと違って、割り算であることと、対象までの距離と対象の大きさで単位が違っていることに注意。


     ライフルスコープや軍事用/海事用の双眼鏡等には、Mil-Dotというmilを目で測るための目盛り(reticle)がついている。

    traditional_mildot.png

     身長180cmの人をスコープで見るとこんな感じになる。

    mildot_man.gif



     しかし、こうしたものが手元になくても、腕を伸ばして指や手の幅を使うやり方が使える。

    Mil_estimation.jpg
    (出典)Figure 8-7. Hand and fingers used to determine deviation. in Army Field Manuals
    FM 3-21.94 The Stryker Brigade Combat Team Infantry Battalion Reconnaissance Platoon
    CHAPTER 8 COMBAT SUPPORT


    同じものが https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Mil_estimation.jpg にあり。


     これで先程の例である、川向うの乗用車(全長4m)が指1本の幅だった場合の距離について再び計算すると

     4m ÷ 30mil(指1本の場合) ≒ 0.133kmで、およそ130mということになる。



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