ジョン・デバリー氏が米ニューヨーク市でバーテンダーとして働き始めた2008年頃、ノンアルコール飲料(アルコールテイスト飲料)の提供は珍しく、味もそれほど良いとは言えなかった。しかし最近では、人気ビールの低アルコールまたはノンアルコール版や、洗練されたノンアルコールカクテルの種類が増え、人気が急速に高まっている。そのうえ、ノンアル飲料の提供で飲酒量を減らせることを世界で初めて示したとする論文が10月2日付で医学誌「BMC Medicine」に発表されるなど、健康に役立つ可能性も明らかになりつつある。
昨今の人気の秘密は何なのだろうか。ノンアル飲料が人の飲酒習慣に与える影響や、アルコール入りカクテルにも引けを取らないノンアルコールカクテル、いわゆる「モクテル」(「モク(mock)」は「偽の」という意味)を生み出す方法などを、専門家に聞いてみた。
ノンアル人気上昇の背景
ニューヨーク市の伝説的なカクテルバー「プリーズ・ドント・テル」で働き始めたデバリー氏は、時折客からアルコール抜きのカクテルを注文されるのに応えて、モクテルのレシピをいくつか考案した。しばらくすると、モクテルの提供でドリンクの売り上げが増えたことに気づいた。
当時の成功の理由は、単純な経済学だとデバリー氏は言う。「需要はすでにありました。私はそれに応えただけです」。何らかの理由でアルコールは飲まないものの、炭酸飲料水や水よりも洗練された飲み物を楽しみたいという客が少なからずいたのだ。
2020年に始まった新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的流行)以降、ノンアル飲料への関心はますます高まったとデバリー氏は言う。その要因として、氏をはじめとする専門家は、アルコールが健康に与える悪影響が広く知られるようになったことや、パンデミック中の飲酒習慣を修正したいという思い、健康に対する関心度が高まっていることなどを挙げている。
「一般的に、健康への意識が高まっています」と語るのは、英シェフィールド大学教授で、アルコール使用を研究しているジョン・ホームズ氏だ。
肝疾患など、アルコールが健康に与える長期的な影響を避けたいという思いもあるかもしれない。だが多くの人にとって、飲酒量を減らしたい主な動機は、健康を実感しながら毎日を過ごしたいからだとホームズ氏は言う。「誰でも体の調子が良い方がいいと思っています。ですから、翌日に響かない大人のドリンクという選択肢があるだけでも、喜んでもらえます」(参考記事:「寝酒がダメな理由」)
ホームズ氏らは、多くの人がノンアル飲料を利用して飲酒習慣を改善しようとしていることに気づいた。「ノンアル飲料を飲むこともあれば、アルコール飲料を飲むこともある、というようにハイブリッド方式を取り入れることで飲酒量を調整し、時間をかけて減らしていこうというのです」。今のところ、この方式がうまくいくことを示す研究がある。
日本発の最新研究
筑波大学の吉本尚准教授らは、ノンアル飲料が本当にアルコール摂取量の低下につながるのかどうかを調べ、冒頭に紹介した論文を発表した。研究は飲酒量が中程度以上の123人を対象に行った。実験期間中、参加者は意識して飲酒量を減らすことはせず、飲んだ量を毎日記録した。
集めた参加者の飲酒量は平均よりも多く、純アルコール量で男性は40グラム(500ミリリットル入り缶ビール2本分)以上を週に4回以上、女性は20グラム(同1本分)以上を週に4回以上摂取していた。(参考記事:「お酒が女性をかつてないほど死なせている、男性に迫る勢い」)
12週間の実験期間中、54人の参加者には4週間ごとにノンアル飲料が提供され、残りの参加者には何も提供されなかった。すると、12週目の時点で、ノンアル飲料を提供されなかった方は1日の純アルコール摂取量が平均2.7グラム減った一方、提供された方は平均11.5グラム減少した。これは、350ミリリットル入り缶ビール約1本分に相当する。さらに、提供を受けた参加者は、1日あたり平均314.3ミリリットルのノンアル飲料を飲んだと申告した。
「ノンアルコール飲料がアルコール飲料に置き換わって摂取された可能性が考えられました」と、吉本氏はプレスリリースに書いている。また、実験終了から8週間たっても、ノンアル飲料を提供された参加者の飲酒量は、提供されなかった参加者に比べて平均して少ないままだったという。