バニラアイスクリームにビーバーの分泌物が入っている?
ニュース記事やソーシャルメディアのフードインフルエンサーは、「ビーバーの肛門の近くにある香嚢(こうのう)から分泌される黄色いシロップ状のカストリウムが『天然香料』としてバニラ風味の商品に使われている」と言っているかもしれない。こうした情報源の一部によると、アイスクリームからイチゴ味のオートミールまで、カストリウムはあらゆるものに入っているそうだ。(参考記事:「エンジンとアイスクリームの共通点とは? 身近な物質の意外な歴史」)
ただし、答えは、おそらく「いいえ」だ。
専門家に言わせれば、これは事実から懸け離れている。確かにカストリウムは古代から薬用、そして、香水や食品の香り付けに使われてきた。しかし、現在、食品スーパーではカストリウムを含む商品はまず見つからない。
「現在、カストリウムは希少で、驚くほど高価です。アイスクリームに入っているはずがありません」と米ブリンマー大学で食品科学の研究を行う化学者のミシェル・フランクル氏は話す。フランクル氏は国際連合食糧農業機関のデータとして、バニラから抽出されるバニラエキスは2020年、全世界で約7250トンも生産されていると述べる。バニラはラン科バニラ属の広く栽培されている種だ。(参考記事:「脇役から主役へ、バニラの下剋上な歴史」)
とはいえ、フランク・ローゼル氏とロイシン・キャンベル・パーマー氏が2022年に出版した『Beavers: Ecology, Behaviour, Conservation, and Management(ビーバー:その生態、行動、保全、管理)』によれば、カストリウムは今も、スウェーデンの酒「ビーバーシュナップス」のようなニッチな商品に使われている。『Fenaroli's Handbook of Flavor Ingredients(フェナローリの香料ハンドブック)』最新版によれば、米国ではカストリウムとカストリウムエキスやカストリウムリキッドを合わせて、年間消費量は130キログラム足らずだ。
カストリウムを得るにはまず、ビーバーを殺して香嚢を取り出し、乾燥させて粉砕する。その後、アルコールを使ってカストリウムを抽出する。「これはバニラエキスを抽出する方法と似ている」とフランクル氏は説明する。
治療薬として珍重される
カストリウムは2000年以上にわたり、発熱や胃腸障害、精神疾患など、あらゆる病気の治療薬として利用されてきた。また、せっけんやクリームにも使われ、タバコの香りを高めるために添加されていた時期もある。ヒポクラテスも紀元前5世紀に、カストリウムが持つ治癒力についての記述を残している。(参考記事:「ヨーロッパで大流行した『ミイラ食い』のおぞましい歴史」)
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