魔法の力をもち、時には長い白ひげをたくわえた賢い老人は、魔法使いの典型的な姿だ。このような神秘的な男性は、シェイクスピアの『テンペスト』から『オズの魔法使い』『指輪物語』、そして『ハリー・ポッター』シリーズまで、多くの文学作品に登場する。
しかし、なぜこういう姿が定番になったのだろうか? それは、アーサー王伝説の中心人物であり、最も魅力的な人物の一人「マーリン」のせいだ。中世文学に初めて登場して以来、マーリンは何世紀にもわたって進化し続け、ウェールズの詩人から変幻自在の魔法使いへと変貌を遂げたのだ。
森に逃げ込んだ詩人
マーリンは最初は魔法使いではなかった。6世紀にスコットランド南部とイングランド北部にわたるウェールズ語圏のグウェンゾレ王の宮廷に住んでいた、メルジン・ウィストというウェールズ人の吟遊詩人あるいは詩人がモデルと考えられている。
中世の伝承によると、573年にグウェンゾレはアルフデリッズの戦いで殺され、この戦いにおける大虐殺により、メルジンは気が狂ってしまった。彼はスコットランドの森に逃げ込み、以後50年間狂った世捨て人として暮らし、暗号のような詩で自らを表現し、予言の才能を身につけた。
ケルトの伝統では、詩人は未来予知と結びついている。メルジン・ウィストは、10世紀の詩『ブリタニアの予言』に予言者として登場する。彼は、ケルト人とアイルランド北部のバイキングが同盟を結べば、アングロサクソン人をブリタニアから追い出せるだろうと予言した。
魔法使いとしての登場
マーリンは、12世紀にウェールズの作家ジェフリー・オブ・モンマスが書いた本の中でよりなじみのある姿で登場するようになった。ジェフリーは、ウェールズの伝承を巧みに改訂し、『マーリンの予言』、詩『マーリンの生涯』、最も有名な『ブリタニア列王史』の3冊でマーリンを中心人物にした。
『マーリンの生涯』の主人公は、ウェールズ伝承のメルジン・ウィストに似ているが、「新たな」マーリンが『ブリタニア列王史』の第7巻に登場する。この改訂版では、マーリンは強力な魔法使いで、アーサー王をイングランドの王位につかせしめる。このマーリンを生み出すために、ジェフリーは9世紀頃のウェールズの修道士ネンニウスが書いたとされる『ブリトン人の歴史』からインスピレーションを得た。
ネンニウスの本は、サクソン人がブリテン島に定住することを許した邪悪な王位簒奪(さんだつ)者ヴォーティガンについての物語だ。ヴォーティガンは城を建てようとするが、そのたびに城の土台が消えてしまう。家臣の魔法使いたちは、城を守る唯一の方法は、父親のいない少年を見つけ出して生贄に捧げ、その血を城の土台に浴びせることだとヴォーティガンに助言する。
そこで、魔法使いたちは自分は処女だと主張する尼僧の息子である少年アンブロシウス(マーリン)を捕まえる。少年は魔法使いたちに対峙し、城土台が不安定なのは、その下に2匹の巨大な虫(1匹は赤い虫、もう1匹は白い虫)がすんでおり、戦闘状態にあるからだと主張する。アンブロシウスによると、2匹の虫の争いはブリトン人とサクソン人の争いの前触れだという。
血統の誕生
12世紀に生まれたアーサー王伝説のルーツは、政治的なプロジェクトだった。この時代、イングランドに君臨しながらもブルターニュ、ノルマンディー、アンジューにルーツを持つプランタジネット朝の王たちは、イングランドだけでなくフランスの大部分を含む大王国を建国していた。イングランドからフランスまで及ぶこの王朝は、英仏海峡の両側の血統を結びつけ、高貴にした前例を、島国のケルト人とノルマン人の両方から見つける必要があった。この前例は、キリスト教を信じていた古代ケルト人の王たちの中で見つかった。彼らの帰還をブリトン人は待ち望んでいたという。英国サマセットにあるグラストンベリー修道院には、アーサー王のための聖地も作られた。その場所は、伝説の島アバロンと同一視された。
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