米ジョンズ・ホプキンス大学の幻覚剤研究者マシュー・ジョンソン氏は、うつ病や依存症に苦しむ患者にマジックマッシュルームの有効成分であるシロシビンを投与する治療法を研究している。
2022年2月15日付けで医学誌「Journal of Psychopharmacology」に発表された研究では、重いうつ病の患者24人に対して、心理療法と併用してシロシビンを2回投与したところ、1年後の寛解率は58%だった(心理療法のみによる寛解率は3分の1程度とする研究結果がある)。
また、米非営利団体「幻覚剤学際研究学会(MAPS)」 は、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の患者に合成麻薬のMDMAを投与する実験で、治療開始から18週間後には参加者の67%がPTSDの基準を満たさなくなったと、2021年5月に医学誌「Nature Medicine」で報告している。MAPSは、数年後には米食品医薬品局(FDA)がMDMAを用いた治療法を承認することが期待できるとしている。
「今後、大規模で信頼できる研究を行う必要がありますが、幻覚剤がうつ病や依存症などの一般的な精神疾患をもつ人々に非常に有益であることが明らかにされつつあります」と、米エール大学幻覚剤科学プログラムの責任者であるクリストファー・ピッテンジャー氏は言う。
幻覚剤には、LSD(リゼルグ酸ジエチルアミド)、アヤワスカ、メスカリンなどの意識を変容するタイプの薬物と、MDMA(俗に「エクスタシー」と呼ばれる)などの共感を強めるタイプの薬物がある。専門家は、これらの物質は、正しく使用する限りは基本的に安全だと考えている。米疾病対策センター(CDC)によれば、多くの米国人が精神的な健康問題を抱えるなか、新しい治療薬の開発が急務となっていることが、幻覚剤の研究が進む背景にある。
しかし、幻覚剤には副作用もある。MAPSは、口の渇きや歯ぎしりなどの軽いものから、失神や血圧の急上昇などの深刻なものまで、複数の可能性を挙げている。ジョンソン氏も、シロシビンは心臓に害をなすおそれがあるため、心臓病の患者は実験から除外するようにしているものの、臨床試験(治験)では吐き気などの副作用が確認されているという。
人間ではなく植物のためのもの
幻覚剤にはLSDのように合成されたものもあるが、ほとんどは天然物だ。つまり、人間を治療するためではなく、植物が自分の身を守るために進化させた物質だと、創業2年の米新興企業エンベリック・バイオサイエンシズのジョゼフ・タッカー最高経営責任者(CEO)は言う。この点で、幻覚剤は他の多くの薬物と同じだ。(参考記事:「米国で幻覚キノコ狩りが静かな人気、都会の庭や植え込みに自生」)
「製薬業界の歴史は、天然の物質をヒントにして、より安全で、効果的で、副作用が少なく、簡単に製造できる物質を研究室で作ることなのです」と話すタッカー氏は、ヤナギの樹皮に含まれる成分をモデルにして作られたアスピリンを例に挙げる。
製薬会社は、幻覚剤の効果が現れるタイミングや強さ、持続時間も改善したいと考えている。幻覚剤は効きはじめるまでに1〜2時間かかることがあり、いったん効果が出るとLSDでは約10時間、シロシビンでは約6時間も持続する。これは、医療従事者の監視下に置くには長すぎる。また、幻覚体験は強烈になる場合があるので、統合失調症などの既往がある人は、基本的に幻覚剤の治験から除外されている。
「幻覚剤を投与してから5〜10分程度で効きはじめ、1回の治療が1〜2時間程度で終わり、不快な胃腸症状もなければいいと思いませんか? これはすべて可能なことなのです」とタッカー氏は言う。
おすすめ関連書籍
おすすめ関連書籍
新型コロナウイルスのワクチン開発や、遺伝子解析技術を使って個々の患者に合わせた治療を行う精密医療など、今、医療の世界で起きている様々なブレイクスルーを解説。 〔全国学校図書館協議会選定図書〕
定価:1,540円(税込)