臨床試験で渡されるプラセボ(偽薬)には、薬としての有効成分が何も含まれていないはずなのに、それを服用した被験者に症状の改善が見られることがある。これは、「プラセボ効果」と呼ばれる現象だ。プラセボ効果を得るには、それがプラセボであることを被験者に知らせないことが重要であると考えられてきた。
ところがここ数十年の間に、最初から被験者にプラセボであることを知らせるオープンラベル(非盲検試験)の有効性を検証する研究が複数実施され、多くの場合症状が緩和したという結果が出ている。
米マサチューセッツ州に住むベティ・ダーキンさん(73歳)は、自宅で転倒して首の骨を折り、頚椎を損傷し、ひどい痛みに悩まされていた。しかし、依存性のある強い鎮痛剤を使うことには抵抗があったので、入院先の病院でオープンラベルという治験があると聞き、参加することにした。彼女の受け取った薬瓶には、「オープンラベル・プラセボ」と明記されていた。
ダーキンさんは、最初の3日間、カルダモンという香辛料の香りを嗅いでからプラセボを飲み、その後強力な鎮痛剤であるオピオイドを服用した。目的は、プラセボを服用するという経験を、オピオイドによる鎮痛効果と関連付けるよう脳を訓練することだった。4日目、それまでと同じように香辛料の香りを嗅いでプラセボを服用したが、オピオイドは服用しなかった。鎮痛剤が必要であればいつでもリクエストできると言われたが、その必要はなかった。(参考記事:「慢性的な痛みとその治療:研究室に行ってみた 牛田享宏」)
「まさか、本当に効くとは思いませんでした。有効成分が入っていない偽物の薬だって知ってましたから。でもなぜか、私の脳は違いがわからなかったようです」と、ダーキンさんは語る。
これまでのところ、どの治験も小規模なものばかりだが、結果は少しずつ積み上がっている。2021年2月16日付で学術誌「Scientific Reports」に発表された総説論文は、計800人近い被験者が参加した13の治験を評価し、オープンラベル・プラセボが優れた有効性を示しているという結論に達した。どんな分野でも初期の研究は有効性を示す発表が多いと、論文の著者は注意を促しているものの、予想外の結果に多くの専門家が関心を寄せている。
ただの錠剤ではない
昔から、医師は時に応じて有効成分の入っていない治療法を利用してきたが、プラセボを使った臨床試験が本格的に始まったのは、1960年代に入ってからだ。
従来の臨床試験では、被験者は本物の薬を受け取るのか、それともプラセボを受け取るのかを知らされない。治験データを評価する科学者にも知らされないため、結果を直接比較することができて、偏見の入り込む余地が少ないとされている。
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