マスクは子どもに害? 米国で根強い「有害論」の現在地

呼吸の妨げ? 言葉の発達を阻害? 心の健康を損なう? 科学者に聞いた

2022.02.23
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
2020年10月1日、米ニューヨーク市で登校時に体温をチェックされる6年生。米国ではこの数週間で学校でのマスク着用義務を解除する州が相次いでおり、ニューヨーク州も3月の解除を検討している。(PHOTOGRAPH BY TODD HEISLER, THE NEW YORK TIMES VIA REDUX)
2020年10月1日、米ニューヨーク市で登校時に体温をチェックされる6年生。米国ではこの数週間で学校でのマスク着用義務を解除する州が相次いでおり、ニューヨーク州も3月の解除を検討している。(PHOTOGRAPH BY TODD HEISLER, THE NEW YORK TIMES VIA REDUX)
[画像のクリックで拡大表示]

 この数週間で、米国のいくつかの州がマスク着用義務を解除する計画を相次いで発表し、規制緩和のドミノ倒しが始まっている。米国の新型コロナウイルス感染対策の中でも、学校でのマスクの着用義務は、政治的立場の異なる人々が特に激しく衝突してきた論点だ。

 親や教師の中には、マスクは子どもの呼吸を妨げたり、社会性や情緒の発達を遅らせたり、不安を与えたりするので有害だと主張する人々もいる。だが専門家らは、こうした懸念には科学的根拠がないと指摘する。(参考記事:「学校でのマスク義務化めぐり対立が激化、新学期迎え、米国」

 米エール大学医学部の小児科医トーマス・マレイ氏は、混乱が起こるのは無理もないと理解を示す。マスクの着用が病気のまん延を防ぐことは間違いないが、2歳以上の子どもの感情や発達に及ぼす影響については、厳密な証拠はないからだ(編注:2歳未満の子どもについては、正しく着用するのが難しく、また窒息の危険があるため米国でも日本でも着用を推奨していない)。この点について明確に答えるためには、人々にマスクを外してもらって無作為化比較対照試験を実施しなければならないが、これには倫理的に問題がある。

 しかし、子どもたちの観察研究から得られた証拠のほとんどが、マスクは子どもに害を与えず、多くの点で利益をもたらすことを示唆していると、米小児科学会(AAP)呼吸器・睡眠医学部門のメンバーである小児呼吸器専門医のテリーザ・ギルバート氏をはじめとする専門家は説明する。

 以下では、就学年齢の子どもとマスクについて、これまでに明らかになっている科学的知見を紹介する。

マスクは呼吸の妨げになる?

 子どもが1日中マスクを着用することについて、親たちが当初懸念していたことの1つは、呼吸への影響だった。つまり、十分な酸素を吸えるのか、二酸化炭素を過剰に吸い込んでしまわないかという懸念だ。ギルバート氏によると、子どもは大人よりも呼吸が速いため、この点を心配する人が多かったという。

 しかし、マスクを着用することで呼吸が著しく困難になるという証拠はない。6〜17歳の子どもがマスクを着用すると、許容できない濃度の二酸化炭素を吸い込んでしまうことが明らかになったとする研究論文が2021年6月に小児科学の医学誌「JAMA Pediatrics」に発表されたが、測定の正確さと結論の妥当性が疑問視され、最終的に撤回された。

 ギルバート氏は、代わりに10本の論文を総合的に分析した研究(メタ分析)を挙げ、大人と子どもの両方で、マスクを着用した場合の二酸化炭素と酸素の濃度の変動は「正常範囲内」であることが示されていると説明する。重いぜんそくをもつ子どもは、ときどき廊下に出てマスクを外す必要があるかもしれないが、大半の子どもはマスクの着用に耐えられるという。この論文は2021年2月21日付けで医学誌「Acta Paediatrica」に掲載されている。

 氏は、この結論は妥当だと考えている。二酸化炭素や酸素の分子は、布やサージカルマスクの穴よりもはるかに小さいため、自由に通り抜けられる。それに、新型コロナのパンデミック(世界的大流行)が始まって2年になるが、マスクのせいで酸素レベルが低下したり二酸化炭素レベルが上昇したりした子どもたちが続々と病院に運び込まれるような事態は起こっていないと指摘する。

次ページ:マスクは言葉や社会性の発達を阻害する?

ここから先は、「ナショナル ジオグラフィック日本版」の
会員*のみ、ご利用いただけます。

会員* はログイン

*会員:年間購読、電子版月ぎめ、
 日経読者割引サービスをご利用中の方、ならびにWeb無料会員になります。

おすすめ関連書籍

2022年1月号

写真が記録した2021:辛抱の日々/コロナ禍/気候変動/対立・紛争/保護・保全

気候変動、紛争、コロナ禍、そして私たちに勇気をくれる保護活動。2021年に撮影され、ナショナル ジオグラフィックのアーカイブに加わった膨大な写真から、この1年の出来事を振り返ります。

定価:1,210円(税込)

おすすめ関連書籍

ディープフェイク ニセ情報の拡散者たち

人類 vs AI。バイデン、マクロン、ラスムセンら世界の要人に助言を与えてきた著者が書き下ろす、あらゆる情報が信用できなくなる未来。

定価:1,870円(税込)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加