新型コロナウイルス感染症から回復した後も、脳に霧がかかったようになってぼんやりとしてしまい、日常生活に支障をきたす「ブレインフォグ」と呼ばれる症状を訴える人が増えている。まだわかっていないことが多いものの、この後遺症について判明したことのいくつかは、長い間研究者を悩ませてきた別の疾患の研究に新たな洞察をもたらす可能性が出てきた。
現在、600万人近い米国人を苦しめているアルツハイマー病だ。その患者の数は、2060年までに3倍に増えると予測されている。
コロナ後遺症患者に見られる認知的症状は、アルツハイマー病の症状にとてもよく似ているという。
アルツハイマー病が、なぜ容赦なく患者の記憶を奪っていくのかに関して、科学者は様々な原因を検討している。最も広く受け入れられている仮説は、ベータアミロイドとタウタンパク質という2つの異常なタンパク質が患者の脳で増えてしまうというものだ。ベータアミロイドは神経細胞の合間に凝集し、通信を遮断する。タウタンパク質は、神経細胞の中に溜まって細胞を死滅させる。
2019年までに臨床試験が実施された2000以上のアルツハイマー病治療薬のうち、4分の1近くは、ベータアミロイドを脳から除去するとされていた。実際、その薬でベータアミロイドの量は減ったものの、患者の症状は改善せず、認知機能の衰えを遅らせることはできなかった。なかには失敗に終わり、メディアに大きく取り上げられたものもあった。また2021年には、アデュカヌマブと言う新薬が米食品医薬品局の承認を受けたが、実際の有効性はまだ議論の対象になっている。(参考記事:「アルツハイマー新薬、米当局の承認に異論噴出」)
アルツハイマー病の原因については、ウイルスか細菌、または真菌の感染が引き金となって体内で様々な異変が起こり、神経変性を引き起こすのではないかという仮説もある。アミロイド仮説よりは支持されていないものの、以前から提唱されており、新型コロナウイルスのパンデミックが宣言される直前の2020年3月9日にもこれを示唆する論文が学術誌「nature reviews neurology」に発表され、再び注目を集めていた。(参考記事:「「睡眠薬で認知症にかかりやすくなる」は本当か」)
「この10年以上、脳炎や脳と免疫系の関連への興味が高まり続けています」と、米マウントサイナイ医科大学の神経科学者で毒物学者のショーン・ノートン氏は言う。
新型コロナウイルスの脳への影響
重度の新型コロナ感染症で死亡した患者の病理解剖をしてみると、様々な結果が返ってくる。脳にウイルスの痕跡が全く見られない患者から、脳血管の中に少量のウイルスが隠れていた患者、さらに脳全体にウイルスが広がっていた例もあった。
2021年6月に学術誌「Nature」に発表された論文によると、新型コロナにかかって亡くなった8人の脳サンプルを調べたところ、ウイルスは発見されなかったものの、脳の免疫系の一部として機能するミクログリアという細胞が、アルツハイマー病患者と似たような病理変化を見せていたという。
ウイルスがもっと直接脳に影響を与えているとみる科学者もいる。
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