思考で物事を改善させようとしない
山上容疑者の犯行によって、宗教の問題がクローズアップされています。
今日は宗教に関して、思うことをツラツラと。
前提として、信仰心によって救われている人は大勢いると思うし、信仰の自由はある。
その上で、自分としては、宗教に限らず、思考によって物事の改善を目指さないこととしています。
神とか壺に念じれば・・・とかは、論外としても。
○○のように考えると、イライラしなくなる、心が軽くなる、幸せになれるみたいな話が多く存在します。
思考や考え方、捉え方だけで、物事が改善すれば、それが1番手っ取り早い。
しかし、そんな上手くいくものでしょうか?
考え方だけで、物事を改善しようとしてきましたが、ま~上手くいきません。
人に期待しなければいいとは思いますが、遅刻してきたらイラッとする。
人と比べなければいいと思いますが、リゾバでいけ好かない男が、女の子と一緒に遊びに行ったと知れば、想像してゴソって情けない気持ちになってしまう。
仕事で失敗しても別に大したことないと思いますが、やっぱり眠れなくなってしまう。
もちろん、これらの思考法を改善することで、上手くいっている人もいるんでしょうが。
思考で物事を改善させるのは、相当高度な方法で、一見近道に見えるけど、往々にして遠回りになると捉えています。
逆に、行動で現状を打破することは、大変そうに見えて、実は1番の近道。
現状に満たされないことがあるならば、それを埋めるために行動しないといけない。
金を稼ぎ、旨いものを食い、いい女を抱くという目標から決して目を背けてはいけないと考えます。
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