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ビール瓶に発情しすぎて、あやうく絶滅の危機となったニセフトタマムシの本当にあった話

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 オーストラリアに棲息するタマムシ科の甲虫の一種、ニセフトタマムシのオスにはちょっとした黒歴史がある。

 彼らは茶色の光沢があってボツボツとしたくぼみのあるメスを魅力的に感じるのだそうだが、当時オーストラリアで飲まれていた「スタビー」というビールの瓶が、まさにその条件を満たすものだった。

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 そのビール瓶を人間がポイ捨てすると、ニセフトタマムシのオスたちは、「超セクシーなメスがいるぜ!」と勘違いして交尾を試みようとするようになったのだ。

 この意図せぬ「ビールボトル効果」により彼らは絶滅の危機に追い込まれる。ここではそんなニセフトタマムシの歴史に迫ってみよう。

若い生物学者がビール瓶から離れようとしない甲虫を発見

 それは1981年の9月始めのことだった。西オーストラリア州では春の季節だ。

 ふたりの若い生物学者、ダリル・グウィンとデヴィッド・レンツは、野外調査旅行に出て、高速道路近くの土の道を歩き回って、昆虫を探していた。

 すると、捨てられたビールの空き瓶が地面に転がっているのに気がついた。当時、通りがかりのオーストラリア人が、車の窓からビール瓶を投げ捨てることはよくあることだった。

 それは、オーストラリアでスタビーと呼ばれる、370ミリリットル入りのずんぐりした茶色のビールの小瓶だった。

 ふたりが近づいてよく見てみると、瓶の下のほうになにやら、ぶら下がっているものが見えた。それは甲虫で、懸命に瓶にくっついている。

 振り払おうとしても、落ちない。死んでも離さないというような固い意志がうかがえた。

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ニセフトタマムシのオスがビール瓶に発情、交尾を試みていた

 よくよく観察してみると、それはニセフトタマムシ(julodimorpha bakewelli)で、あろうことか生殖器を露わにして先端の挿入器を懸命に突っ込もうとしている。

 つまり、この御仁が、一生懸命ガラス容器と交尾しようとしているということで、これは、明らかにかなり不可解な状況だった。

 それから、ふたりはさらに3本のスタビーが捨てられているのを見つけた。

 驚くことに、そのうち2本にさらにたくさんのオスのタマムシが同じように群がって、コトに及ぼうとしていた。ふたりはこの光景に唖然とした。

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生殖器をアリに噛みつかれても瓶から離れない

 う~ん、これはいったいどういうことだろう?

 好奇心に駆られたふたりはさらに歩き回って、4本のスタビーを見つけた。それを頭上を飛ぶタマムシのオスが見つけられるように、空地に並べておいてみた。

 すると30分もたたないうちに、ふたつの瓶がオスたちを引き寄せ、全部で6匹のオスが瓶に群がったという。

 よほどこの瓶が魅力的なのだろう。一度、瓶に取りつくと、無理やり引きはがそうとしない限り、彼らは決して離れようとしないのだ。

 グウェンとレンツがもっと驚いたのは、1匹のタマムシが、無数のアリにむき出しの生殖器の柔らかい部分に噛みつかれているにもかかわらず、あくまでも瓶に執着していることだった。

 もうこれは、単なる行動パターンというより、使命といってよかった。いったいなぜ、ニセフトタマムシは、このビール瓶に入れ込んでいるのだろうか?

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ビール瓶の底がオスにとっては超セクシーなメスに見えていた

 まさか、ビールが飲みたいわけではないだろう。オスたちは、瓶の注ぎ口のほうではなく、底に近いほうに群がっていたのだから。しかも、長い間放置されたビンはすっかり乾ききっていた。

 答えは、ニセフトタマムシのメスの姿を見ると明らかになった。

 オスよりも体がかなり大きいメスは、ゴールドがかった茶色をしていて、しかも重要なのは、メスの体が小さなボツボツに覆われていることだ。

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 実は、タマムシのこの奇妙な行動が観察された1980年代当時の、スタビーのビール瓶も、大きく、ゴールドがかった茶色で、底に近いほうに小さなボツボツが並んでいて、メスの体そっくりだったのだ。

 グウェンとレンツは、明らかにオスたちは、ビール瓶とメスを区別できなかったと論文に書いている。ちなみにこの論文は2011年にイグ・ノーベル賞を受賞した。

 オスたちは、自分たちが魅力的なメスと交尾しているとすっかり信じ切っていたのだ。というか、自分たちの本能の配線がそう彼らに告げていたのだ。

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生物たちの進化の罠

 これは、生物学者たちが、”進化の罠”と呼ぶものだ。

 鳥、亀、蛾、甲虫、あらゆる種類の生物の本能は、自然界の特定の合図に反応するように配線されていて、人間が作り出した人工物に出くわすと、混乱してしまい、こうしたことが起こるという。

 彼らは子孫を作ろうと、正しいことをしているのに、結局はガラスにスリスリするだけで何時間も過ごすことになってしまっているのだ。

Tiny Beasts – Part 1 Jewel Beetle

ビール会社がビール瓶を変えたことで彼らの受難は終わりを告げる

 当時このビール瓶がポイ捨てされたことで、交尾を試みる多くのニセフトタマムシのオスたちは、 無為な交尾に時間を浪費したあげく、オーストラリアの灼熱の太陽の下で死んでしまうことが多かった。

 さらにはアリにより生殖器を食い取られ、子孫も残すことができない体になってしまった個体も多い。それでも彼らはビール瓶に執着した。

 このままでは個体数が減少し、絶滅の危機が迫ってくる。

 だが幸いなことに、タマムシくんたちの受難も終わりを迎えた。

 オーストラリアのビール会社が、ビール瓶がタマムシたちに悪影響を与えていることを知り、瓶の形状を変えることを決めたのだ。

 瓶の下部の小さなボツボツは取り除かれて滑らかになった。すると、オスたちは瓶にまったく興味を示さなくなり、オーストラリア西部での彼らの生活は正常に戻った。

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 本当の問題は、これで事態は終わりにならないということだ。人間は、どんどん新たなものを作り出し続ける。生き物は、相変わらずこうした混乱に遭遇し続け、時にそれが悲惨な結果を招くこともある。

 私たち人間は、引き続き間違いを探し、それを正していかなくてはならない。それが、私たち人類が、知らず知らずのうちにやってしまっている多くの過ちを元に戻すに役立つ、大きな脳を与えられている理由のひとつだろう。

References:The Love That Dared Not Speak Its Name, Of A Beetle For A Beer Bottle : Krulwich Wonders… : NPR / Why The Australian Jewel Beetle Love Beer Bottles | Amusing Planet / written by konohazuku / edited by / parumo

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この記事へのコメント、57件

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    1. >>2
      生殖行動に限らず、超正常刺激に関しては、
      熟した果実や脂ののった肉の獲得を頑張るための報酬系本能が
      精白糖や搾油の塊みたいなジャンクフード爆食いへ走らせ
      糖尿や高脂血症など健康に害が出てもなかなかやめられない、
      意欲を刺激したり鎮痛のための脳内物質の受容体が
      似た成分の合成薬物にも反応して依存から抜け出せなくなる、
      ―― 等々、いろいろな例がある。

    2. >>2
      世界中に広く知られた
      白地に赤いストライプの入った筒状の物体とかですね

  1. まあ人間もPCモニターに発情しすぎて先進国じゃ出生率が2切ってるところばっかりだけどな。

      1. >>20
        そういやライブ配信で稼ぐのは男向けしか成立しとらんな
        どういうカラクリなんやろね

        1. >>29
          男性向けは唐揚げorカレーorラーメンみたいに料理名(ジャンル)さえ裏切らなければ割と大雑把なのに対して、女性向けは細分化(唐揚げなら南蛮風、にんにく醤油漬、甘酢あんかけetc…な感じ)に加えて少しでもズレると「ノットフォーミー」でお金を出さなくなるので採算が合わないのでは、というのを見た事がある(R18ゲームの話だけど)。

        2. >>29
          男性は体とか性的なものにお金をかけるけど、女性は心とか情緒的なものにお金をかけるとか聞いたことある。たぶんライブ配信でもガチ恋向けの配信は女性多いと思うけど、セクシー系は男性ばっかだね。

  2. 災難だったなニセフトタマムシくん達…
    こればっかりは何がどう影響するか起きてみない事には判らんもんなぁ
    発見したら片っ端から改良していくしか無いわ

  3. 上位存在の捨てたゴミに群がって絶滅する人間ってSF小説みたいな話だな
    現実でも板に映ったモノと恋愛して結婚して繁殖した気になってるのはいるわけだし本能に従い過ぎるのは危険だわ

  4. 面白いねぇ~!
    脳科学の本で親鳥と雛の関係でも同じようなことが起こると読んだ記憶があるな

    口をより赤く、より大きくデフォルメして視覚効果を強めたスーパー雛の口元に親鳥は優先的にエサを運ぶのだとか

  5. 地球さんにも今後は人類に大きな被害をもたらすような間違いを探して正していってほしいところだね。

    1. >>15
      タマムシは瓶をメスだと思って交尾するが、人類は瓶は瓶だと理解した上で交尾する。そこが命運を分ける。

  6. 例えばハダカマッチョが
    道端のドラム缶に群がってるみたいな

  7. セクシー?なメスと瓶を並べたらどっちを選ぶんだ?
    かなり視覚情報に頼ってる虫なんだね…この彼女は冷たいなあとか思わなかったのか

  8. 超正常刺激ってやつか

    人間もあんまり虫のことをバカにできないかも知れない
    そのうち見た目全くエロくないのになぜか興奮する絵をAIが描くようになるかも

  9. 別に性衝動に限らない
    地位やお金や名誉なんかのような、価値があると思いこんでいるものに必死になっていると
    次に絶滅するのは我々かもしれない

    1. >>31
      次に、ってニセフトタマムシくん別に絶滅してないだろ!!

  10. 瓶底のボツボツって滑り止めのナーリングだよね(にしては申し訳程度だが)
    取っ払ったらどうなったのかな?

    1. >>33
      本文に取り除いた後の結果も書いてあるよ
      タマムシ♂にとっては、あの滑り止め用の模様が惹かれるポイントだったらしい

      1. >>54
        >>33は「滑り止め加工を無くしてツルツルになったら、
        ビール瓶としての利便性は損なわれてないんだろうか?
        (棚陳列時の取り落とし事故など)」
        という意味かと思ったんだが、どうなんだろう?

  11. なる早で対応したようで安心した。
    タマムシを笑うのは簡単だけど、もし人間がこの深刻な状況が理解できず何もしないような存在だったらその無駄にでかい脳は飾りか?って話になる。

    一体どれだけのオスが非業の死を遂げたのか分からないけど、人間もわざとやったわけじゃないので許してほしい…とりあえずポイ捨てはダメ絶対。

  12. オロナミンCとか、エナジージムの瓶でも件の虫は
    普通に反応して群がるのかな?と、思いましたよ💧

  13. これは
    ・生物の生態に関する知的なビックリ度の高さ
    ・ほのかな艶笑味
    ・人類の社会問題にも通じる含蓄の深さ

    で近年のカラパイアでも有数の名作記事だわ

  14. そもそも捨てんなよ、と思ったがオーストラリアくらい広いと問題になりにくいのかな
    飲みかけのも捨てるんだろうし、自然界にアルコールや土に還らないもの放置するのは絶対よくないと思うんだが
    デザイン変更したビール会社が殊勝すぎる

  15. こういう
    「騙されて交尾させることで繁殖を防止できる」
    何らかの特徴が害虫について見つけられれば
    害虫駆除に使えるかもしれない

    殺虫剤を使わなければ環境リスクも軽減できるし
    オーガニック系でも使えるので真面目な研究の余地はあると思う

    1. >>46
      全然関係ない場所に誘引して一網打尽にするパターンとかもありだな

    2. >>46
      真っ先に連想するのがグッピーの雄によるカダヤシの繁殖干渉だよなあ。
      (とはいえ、グッピーもまた外来種になるので放流は絶対だめだが)

    3. >>46
      沖縄県のウリミバエ根絶のためガンマ線で不妊化した雌を大量に放した事業では週1-2億匹、累計625億匹放虫してやっと根絶したから
      繁殖力の高い害虫だとちょっと減らすならともかく
      家にわいた小バエも

      1. >>62
        途中で投稿してしまった。続き↓

        繁殖力の高い害虫だとちょっと減らすならともかくその場にほぼいない状況にしたり根絶するのは生半可な予算だと難しいと思う。
        家に湧いた小バエも誘引系トラップだと結局誘引されない一部がいて消え去らないから殺虫剤系の方がいい

  16. いやまぁ…こんなことで絶滅するなら自然淘汰ってことで良いんじゃないかな…

  17. 人間界にもデカければ他の事は気にしないという個体もいますね

  18. BingGTPによると「超正常刺激とは、現実にはあり得ないのに、その動物に特定の行動を引き出す刺激のことです。例えば、鳥の場合、自分の卵よりも大きく、赤い色が強調された卵を見つけると、自分の卵よりもその卵を温めることが多くなります。人間で言えば、カロリーや塩分の多い食べ物を食べすぎてしまったり、かわいい/かっこいい商品に「目がなく」、飛びついたりしてしまうというようなことが、「超正常刺激」の例としてあげられます」

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